「ほら、ご飯だよ。」
それでも僕は、虎太郎にお仕置をすることは出来なかった。
本当は志摩から預かったご飯は与えずに捨ててしまおうと思っていた。
だけど志摩と隼人がどれぐらい可愛がっているか知っていたし、もしここで餓死なんかされたら僕の責任になるのは決まっているからだ。
「にゃ~う。」
別に情が湧いたわけなんかじゃない。
僕は元々動物が好きというわけでもないし、虎太郎みたいな凶暴な猫なんか嫌いだ。
そんな風に甘えられても、僕は何もしてやらないんだから。
志摩や隼人みたいには…。
そういえば志摩と隼人は…。
志摩も隼人も、今頃美味しいものを食べているのかな…。
僕の目なんか気にせずに、イチャイチャしているのかな…。
「いただきます…。」
僕は買って来たお弁当を広げて、それを口に運んだ。
この家に住む前も、仕事が忙しいお父さんとご飯を一緒に食べることは少なかった。
お弁当を買って来たり出前をとったりして一人でご飯を食べていたんだ。
だから今更こうして一人になることなんて、慣れていたはずなのに…。
「…美味しくない……。」
いつも行っていたコンビニのお弁当って、こんなに美味しくなかったっけ…。
ちゃんと電子レンジで温めたはずなのに、どうしてこんなに冷たいの?
「ご馳走さま…。」
志摩のご飯が特別美味しいなんて思ったことはなかった。
ただ作るのが面倒だったから食べに行っていただけ。
コンビニのお弁当じゃ栄養が偏ると思って食べに行っていただけなのに。
それだけなのに、どうして…。
「にゃう?」
「な、なんでもないよっ!こっち見ないでよ!」
僕は変だ…。
僕は別に志摩と隼人が羨ましいなんてこれっぽっちも思っていなかったのに。
本当にどうしちゃったんだろう…?
結局僕は、お弁当を全部捨ててしまった。
虎太郎が時々気にしていたみたいだったけれど、所詮相手は猫だ。
僕の考えていることなんかわかりっこない。
そんな諦めなのか何なのかわからない気分で一日を終え、眠りに就こうと布団に入った。
「にゃ~ん…。」
電気を消そうと立ち上がると、床で寝ていた虎太郎が見ていた。
大きな目を光らせて、まるで僕の心の中まで見られているみたいだった。
やましいことがあるわけでもないのに、なんだか気まずくなってしまう。
「あっ、こら!布団に入って来ちゃダメだってば!」
虎太郎は僕をじーっと見つめた後、布団の上にジャンプして乗った。
あんなことをされたんだ、布団になんか入れてやるもんか。
それに毛だらけになったらまた掃除をしなくちゃいけないんだから。
そう言って追い出すつもりだったのに、僕はなぜか出来なかった。
ぐるる~…。
「にゃう~?」
「わっ!こ、これはその…!」
「にゃー!」
「な、何?!どこ行くの…っ?!」
実はお弁当を一口でやめたせいで、僕のお腹は空っぽだった。
寝れば忘れられると思っていたけれど、気になって眠れそうになかった。
それを虎太郎はわかっていたって言うの…?
ただの猫なのに?
何それ…変なの…!
「にゃーう。」
「な、何これ…。虎太郎のおやつでしょ…。」
「にゃうっ!」
「こんなのでお腹いっぱいになるわけないのに…馬鹿じゃないの…?」
台所へ行った虎太郎は、おやつにと預けられた魚肉ソーセージを咥えて帰って来た。
僕が志摩のところに行った時も、よく食べているのを見かける。
志摩にもう一個、とおねだりするような仕草を見せているのもよく見ていた。
そんなに好きなものを僕にくれるって言うの?
僕にあげたら自分の分が一個減るのに?
「にゃう~ん…。」
僕はそれを握り締めたまま、暫くの間虎太郎を撫でていた。
猫が僕の気持ちなんかわかるわけがない。
でも僕は誰かにわかってもらいたかったんだと思う。
本当に「誰もいない」のは、志摩じゃなくて僕なんだということ。
志摩が一人ぼっちだったのは過去の話で、今はあんなに幸せなんだ。
僕はそんな志摩が、本当は羨ましかった。
意地悪ばっかりしてるけれど、本当は志摩みたいに素直になれたらいいのに…と思っていた。
そして僕は、志摩や隼人とご飯を食べているのが当たり前になっていて、気付かなかったんだ。
志摩のご飯には心が籠もっていたから美味しかったことにも、誰かが傍にいることが楽しくて幸せだということにも…。
「にゃあぁ~ん…。」
「きょ、今日だけだからねっ。トイレここでしたら許さないんだからね。」
僕は虎太郎を抱いて、自分の布団に入れてやった。
もらったおやつは握ったまま、訪れる眠りに身を預ける。
本当は志摩に虎太郎が部屋を散らかしたことを言ってやろうと思っていたけれど、僕はそれもやめることにした。
「いい子にしてたよ」と言おうと思う。
仕方がないから、お土産ももらってあげようと思う。
果たして僕が少しでも素直になれるかどうかは、その時になってみないとわからないけれど。
END.
※志季と虎太郎の話の続きは、novels 2「MY LOVELY CAT」で読むことが出来ます。