午後になってから俺達はまた海に行き、あと一日だけの休日を楽しんだ。
今度はシロや志摩だけでなく、洋平や猫神、その他の奴らも一緒だった。
さすがにシロはまだ回復をしていなかったせいか、前の日よりはおとなしくしていた。
それがシロだけでなくシマもそうだったのが少しだけ可笑しくなってしまった。
「オレまた魚食いたいぞ!なぁなとる!」
「あー…うん…っていうか俺の名前…ま、まぁいいか。」
「ねーねー、今日もバーベキューやるの?」
「いや、今日はちょっと…そうだな、もう少ししたらホテルに戻ろう。」
前の日と同じように外でパーティでもやるのかと思っていたら、そうでもないらしい。
一体何が起きるのか、遠野の言葉だけでは読み取れない。
とにかく心臓に悪いことだけはしないでくれればいいけれど…。
シロとシマはそういう遠野の本性までわからないのか、二人でまたはしゃいでいた。
「あぁ、うん…そうか、わかった。じゃあ後で。」
その時ちょうど遠野の傍で電話が鳴り、一回目の着信音が鳴り終わる前に奴は電話を取った。
そういう細かいところがいちいち恐いんだよな…。
この一緒にいる恋人なんてどこがよくてそういう関係になったんだろう…?なんて失礼なことまで考えてしまう。
「どうしたんだ?具合でも悪いのか。」
「……うわあぁっ!!び、びっくりすんだろうが!!」
「いや、何か悩んでいるようだったから心配になったんだ。」
「あー…、悩んでるってわけじゃ…。きょ、今日はどういうイベントがあるのか気になってな。」
その遠野が突然俺の顔を覗き込んで来て、俺は叫び声を上げる。
それこそ心臓に悪いと言った感じだ。
すると遠野は微かにニヤリと笑って、俺は悪寒のようなものに震えた。
「プレゼントと言ったところだな。」
「な、何をだ…?」
「それは後でわかる。」
「へ、へぇ~…。」
俺は腑に落ちない生返事をして、とりあえずその場は無事に納まった。
一体この後何が待っているのか…それは遠野しか知らない。
海から戻った俺達は、前の日パーティーをした中庭に来るように言われた。
そこにはパーティーの会場はもうなくて、代わりに立派なステージが組み立ててあった。
「2周年おめでとう。今夜は楽しんで行けよ?」
真っ暗な世界の中、眩しい照明に囲まれた人影が見えると、近くにいたシマが驚愕と歓喜の悲鳴を上げていた。
マイクを通して聞こえた透明感があって色っぽい男の声は、俺にも聞き覚えがあった。
ただし生ではなく、ブラウン管を通してだ。
「すっごーい!隼人、ミヅキだよー!!後でサインもらってもいいのかなー?」
「いや…やめとけよ…。」
「亮平亮平っ、オレも知ってるぞ!この間テレビに出てた!」
「あ、あぁ…。」
それは芸能界にそこまで詳しくない奴でも知っている、ミヅキという男性ミュージシャンだった。
本名はもちろん、年齢や出身地に至るまで詳しいプロフィールは一切明かしていないという、
そういうところからしても手の届きそうにないような存在だった。
テレビに出ても口数も少なく、一時期は外国人じゃないかなんて噂まで流れたぐらいだ。
ライブ映像なんかではきちんと喋っていたし、テレビでも喋るようになってからはその噂は消えていたけれど。
それにしても芸能人っていうのは本当に人と違うのだということを目の当たりにしたような気がした。
顔は小さいし身体は細いし足は長いしで…あんな奴が普通に道端を歩いていたら誰だって振り向くだろう。
「やー!ミヅキカッコいいー!ねー?隼人ー?」
「あぁ…うん…。」
シマは元々ファンだったのかは知らないが、一人で大騒ぎをしている。
隣にいる水島はと言うとシマの発言に嫉妬でムッとしていて、この後部屋に戻った時にシマに何かするんだろうな…ということが安易に想像出来る。
「シマにゃんこー、俺だって負けてないだろ?」
「アオギ喋んないでっ!今聞いてるの!」
「お、お前俺よりあいつの方が…!」
「桃ちゃん紅ちゃん、すごいねー!ミジュキ?カッコいいのー。」
「ホントだねぇ、初めて見たー。」
「俺も初めて見たぞ!人間界の有名人なんて。すごいなー。」
青城を始めとする神界御一行は、人間界のことなんて知らないと思っていた。
ところが奴らは向こうでちゃんとそういうのを見ているらしい。
それも猫神がいなくなって青城が担当になってからだが、テレビだけじゃなくインターネットやメールまでするらしいのだから驚きだ。
「これはお前が前に歌っていた曲だろう?」
「あはは…やっぱ本物は違うなー。」
洋平がカラオケでミヅキの曲をよく歌うということは知っていた。
猫神とカラオケなんて行くわけがないから、きっと家の中で鼻歌でも歌っていたのだろう。
そりゃあ本物の比べたら違うのは当たり前だ。
とにかく俺の知っているミュージシャンの「ミヅキ」というのは、今の日本の音楽界を代表すると言ってもいいぐらい有名だ。
テレビをつければよく目にするし、街に出ればその曲が流れているのだ。
「ねぇねぇリゼ~、踊ろうよ~。」
「い、嫌だっ!お前一人でやってろよ!」
「王子、このファボルトがご一緒致します!」
日本だけじゃない。
海外でも日本に詳しい奴なら名前ぐらいは知っている。
特にリゼは元々日本人だし、ロシュの国も日本と友好関係にある。
だけどそんな凄い奴がどうしてこんなところに…?
遠野はプレゼントだと言っていたけれど、どうやってこんなことまで…。
「皆喜んでもらえたようだな。」
「つぅかさ…、なんでこんなところにミヅキが…。」
「あぁ、彼の所属事務所もレコード会社もうちのグループ会社なんだ。知らなかったか?」
「知らねー…。」
「半年前からスケジュール空けてもっらっておいたんだ。」
「うん…すげぇー…。」
俺はまるで夢の中にいるみたいな気分で、一時間ほどのステージを見つめていた。
ここまで出来る遠野は凄い奴なんだとわかって、ここまでやってくれたことに感謝をした。
色々あったけれど来てよかったと、心からそのステージを楽しんだ。
「はいっ!サインが欲しいですっ!!」
「サイン?いいけど書くモンが…あぁ若、明日使うのがあっただろ?色紙持って来い。」
ステージも終わり、ミヅキが降りて来たところに早速シマが駆け寄る。
俺はミヅキというのはもっと冷たい感じがする奴だと思っていたけれど、そうでもないらしい。
マネージャーらしき男に色紙を持って来るように命じると、嫌な顔せずにサインをしていたのだ。
「あの…!あのっ、俺、水族館で会ったことあるの…!」
「え…?」
「うんと、ミヅキもデートしてて…俺に内緒だって言ってて…。」
「あぁ!あの時の…!あれ?男だったのか?」
「えー!!俺男だよー!!」
「そうか悪ぃな。あの時は黙っててくれてありがとな。」
どうやらシマと水島は会ったことがあるらしい。
俺もシロもそんな話は聞いたことがなかったけれど、今の会話からすれば本当だろう。
これだけスターのくせに街で会った一般市民を覚えているなんて…。
そういうところも何というか…俺のミヅキに対するイメージは変わった。
「紫堂さんっ、お疲れ様です…っ。あの、タオル…。」
「おい悠真、名前で呼ぶなよ…。」
「あ…!ご、ごめんなさいっ!」
「お前ー、帰ったらお仕置きだからな?」
今度は先程色紙を取りに行った男とは違う、若い男が近付いて来た。
ミヅキの態度と言い、会話の流れからして恋人だろうか。
名前を知っているなんて相当近い立場の人間しか有り得ないことだ。
「えー!ミヅキは本当はシドーって名前なのですか?!シドーミヅキ?」
「こ、こら志摩っ!もうやめ…。」
すかさず食い付いた志摩が、水島に怒られる。
こういうプライベートなことをズカズカと聞いてはいけないものだというのは誰でもわかる。
だけど志摩の場合はわからなくて、しかもそれが嫌味ではないのが凄い。
人懐っこいというのは得だと思う。
「違うよ、ミヅキシドウって言うんだ、あ、内緒な?」
「は…はい…っ!」
芸能人っていうのはやることなすことがいちいちカッコいいものだと改めて思った。
内緒、なんて口元に指をあてるようなキザな真似をしてもちゃんと決まるんだから。
俺みたいな一般人がやったらお笑いそのものなのに…。
「あぁ龍之介、悪いな、これから戻らねぇと。」
「明日も仕事か。」
「午前からライブのリハが入ってんだよ。ホントはゆっくりして行きたかったんだけどよ、面倒くせぇ。」
「そうか…大変だな。」
「いや、気にすんな。約束だっただろ?」
「あぁ、今日はありがとう。気をつけてな。」
なんとミヅキはこれだけのためにここまで来たらしい。
すぐに支度を整えて、飛行機(もちろんチャーター)で戻ってしまったのだ。
一体遠野という奴はどれだけ凄いんだ…。
その凄い奴と知り合いになったのも考えてみると凄いことなのかもしれない。
遠野だけじゃない、ロシュだってそうだ。
一国の王子がこんなところまで来るなんて…。
俺達は周りにもっと感謝をしなければならないのかもしれない。
そしてシロと出会えたことも…物凄いことだと日々感謝をして生きて行こうと思った。
「亮平っ、楽しかったな!」
「あぁ、そうだな…。」
俺の隣で笑うシロを、絶対に手放さないように、ずっと一緒にいられるように。
俺はこの先3周年4周年…何年経ってもそうであるようにと祈った。