「亮平、亮平…。」
「ん……?どうした…?」
明け方になってようやく布団に潜り込んだ俺達は、それはもう疲れ果てていたせいで、すぐに深い眠りに就いた。
それから時間にして数時間、さほど眠ってもいないのに隣でシロが目をごしごしと擦りながら俺の肩を突く。
普段早起きのくせが付いてしまっているのだろう。
「腹減った~…。」
「ぷ…。」
「あー!なんで笑うんだ?!」
「いや、色気がねぇなぁと思って…。」
シロは腹を鳴らしながら、エサを欲しがる猫のような目で俺を見ていた。
何があっても失せることがない食欲が、ある意味羨ましくもある。
そしてそういうところが可愛くもある。
「だってオレ…。」
「嘘だって。よしよし、取って来てやるからな、シロたん。」
「また子供扱いする~。」
「違うよ、可愛がってんだよ。」
俺はシロの頬に触れるだけの軽いキスをして、布団から出る。
その頬を膨らましているシロの身体には、いくつもの花弁のような鮮やかな赤い痣が残っていた。
同じように俺の背中にもシロの爪痕が残っているのはシャワーを浴びた時に気付いていた。
「亮平~…。」
「何だよ、すぐ帰って来るって。」
シャツを羽織って部屋を出て行こうとすると、シロがその袖を引っ張った。
たった少しの間でも離れたくない、それを態度に出されると俺まで寂しくなってしまいそうになる。
だけどシロが一緒に行けないのは明らかで、だからこそ俺に縋るように言ったのだ。
俺は名残り惜しみながらもシロの頭をぽんぽんと叩いて、部屋を後にした。
朝食はクリスマスの時と同じ、バイキング形式だった。
スイートまで用意してるんだから、ルームサービスにしてくれれば楽なのに…。
まさかとは思うけれど俺達が恋人同士だから必ずああいうことをすると見込んで、わざと次の日の反応を見るためにこういう形式にしているんじゃないだろうな…?
わざわざシェフに朝から豪華な料理を作らせて、「ここの朝食は評判が凄くいい」なんて上手いこと言ってるんじゃないだろうな…?
「ねーねー隼人ー、それ取ってー?」
俺がそこの場所に着くと、早速他の奴らが目に入った。
シマは朝から水島にべったりとくっ付いて、それじゃあ取れるもんも取れないだろうと突っ込みたくなる。
俺にからかわれるのが嫌で無理矢理シマを連れて来たまではいいけれど、フラフラして支えてやらないといけない状態だということは明らかだ。
「あ、銀華、これも食う?」
「あぁ。」
逆に猫神なんかはいつもと態度を変わらなかった。
周りにバレないようにしているんだろうけれど、洋平のしそうなことぐらいわかる。
記念日だとかイベント事が好きなあいつが旅行に来て手を出さないわけがないのだ。
それは血の繋がっている俺がよく知っている。
あの猫神のことだから強がって絶対にそれを表さないようにしているだけだ。
「ほらほらシマにゃんこー。これも美味そうだろ?ん?」
「うんー。」
「よちよち、んじゃ食わせてやるからな?あーんしろ。」
「あー。」
青城と猫のシマは昨日と同様、恥ずかしがることもなくイチャイチャしている。
膝の上に猫のシマを乗せて食わせてやるだなんて、見ているこっちが恥ずかしくなりそうだ。
その手下の桃と紅はと言うと、姿が見えなかった。
無理して二人で動けなくなるなんて、まだまだ若いなぁ…なんて勝手な想像をしては少しだけ羨ましくもなった。
「おはようシマたん。」
「あ!亮平くんっ、おはよーございますっ!」
「おはようございます…志摩、ちょっと離れ…。」
「まぁまぁそう言うなよ、シマたんが可哀想だろうが。さっきまでは自分だってべったりだったくせに。」
「やー!恥ずかしいー!べったりだなんてー。」
「な…!ち、違いますよっ!こらっ、志摩っ!!」
水島という奴は時々、物凄くわかりやすい人間だと思うことがある。
自分のしていたことを恥ずかしくて認めたくないもんだからシマを怒るようなことをして、それじゃあ好きな子に意地悪する子供と一緒じゃないか。
そういうところが面白くて、俺もついからかいたくなってしまうんだよな…。
「まぁ俺もべったりだったけどな。」
「わぁー、シロとラブラブだったんだねー。」
「はぁ…よかったですね…。」
「それが聞いてくれよ、昨日の夜はシロが積極的でよぉ…。」
「へぇ、それはよかった。」
目の前で二人にイチャつかれて、俺はまた妙な対抗心が芽生えてしまったのか、昨晩のシロのことを自慢してやろうと思った。
水島は呆れていたみたいだけど、乙女チックなシマはこういうラブラブ話が大好きなのだ。
調子に乗って俺もその先を続けようかと思った時、突然後ろから声がした。
「げ…!遠野…の坊ちゃん…!」
俺は焦っていたのか、坊ちゃんなどとわけのわからないことを言ってしまい、額からは冷や汗が滲み出していた。
いつも表情を変えない遠野だったが、そこでニヤリと珍しく笑って見せた。
「どうやら効いたみたいだな。」
「効いた…?効いたって何…?」
「部屋に入った時に何か匂いがしなかったか?」
「あぁ、あれだろ?お香か何か………ってもしかして…!!」
「あの部屋に合うと思ってロシュの国から輸入したんだが…。ちょっと面白そうな効果があるらしくて…効いたならよかった。」
「な……な…!」
そうか…あれのせいだったのか…!
旅の開放感のせいだなんて、俺ってば早とちりもいいところ…。
なんて感心をしている場合ではない。
確かにあれのお陰でシロが積極的になって、俺としても大満足だったかもしれないけれど…。
それにしたって黙って仕込むなんてひどいだろ?!
「な、なんで黙ってそんなことすんだよ…!」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。言うのを忘れただけだ。」
「忘れたってなぁ…。」
「すまない。俺としたことがそんなミスを…償いとして今すぐこの場で腹を切っても…。」
「あー!いいって!!いいんだって!!べ、別に悪いことがあったわけでもねぇしな…。」
「そうか。許してくれるのか。心の広い人間だな。」
果たして本当にミスだったのか、意図的なミスだったのか。
その真相は遠野本人にしかわからない。
だけど遠野に言った通り、別に悪いことがあったわけではない。
むしろ楽しいというか嬉しいことばかりだったんだから、感謝まではいかなくとも、絶対に許さないなんてことはなかったのだ。
こうして二日目の朝は無事(?)に明け、俺達は午前中のほとんどを部屋で過ごすこととなった。
それはもちろんシロが動けなかったせいだが、それが遠野のせいなのか俺のせいなのか…。
俺はシロが痛みで顔をしかめる度に、複雑な思いで苦笑いを浮かべていた。