去年の春に知り合ったロシュの友達の遠野という奴に誘われて、俺達はこの旅行へやって来た。
始めは行くのを躊躇っていた銀華を、俺は毎日のように何度も頼んでなんとか説得することが出来た。
「あー、海の匂いが気持ちいいなー…。」
夜になって部屋へ移動した俺達は、いくつかのスイートから和室タイプの部屋を選んだ。
銀華は多分畳のある部屋の方が落ち着くと思ったからだ。
建物自体は洋風のホテルなのに、自分達の部屋だけ雰囲気がまるで違っていて、なんだか別の場所にいるみたいだった。
窓を開けるとそこには海が広がっていて、ひんやりとした風に混じって潮の香りが鼻を掠めた。
「やはり夜は涼しいのだな。洋平、身体を冷やさぬようにな。」
「あ、うん…。」
俺の独り言を聞いていた銀華が部屋の隅でぼそりと呟いた。
昼間はあの青城という神様と言い争いをして怒ったりしていたみたいだったけれど、夜になれば銀華はこんなにも穏やかな表情を見せてくれる。
俺と一緒にいるから…なんて思い込みもいいところかもしれないけれど。
「んじゃあ風呂でも入るか?」
「私はよいからお前が先に…。」
「え…、一緒に入ろうって言ってんだけど。」
「ば…、馬鹿者っ!そのようなことを平然と言う者があるかっ!」
銀華は未だにこういうことを嫌がる。
俺の言うことが素直過ぎてダメだとか、恥ずかしいことを言うなだとか。
俺にとっては普通だと思っていても、銀華にとっては普通ではないらしい。
シロや志摩が遊びに来た時なんかも二人の前でイチャつくのは嫌だと言う。
それは確かに恥ずかしいかもしれないけれど、二人きりの時にもそうらしいのだ。
俺だっていつでも物分りのいい奴というわけじゃないんだ、時々我儘を言ってみたくなったりもする。
「まぁ見てみろよ、檜風呂だぜ。すっげーいい匂い。」
「人の話は最後まで…。」
もちろん部屋の中にも備え付けの風呂場があったけれど、この部屋にはもう一つ外にも風呂があったのだ。
バルコニーと面した露天風呂は、そこだけで温泉にでも来たような気分になれそうだった。
俺がこの部屋を選んだのは、それもあったからだ。
「だってせっかく来たのに…。」
「そういう問題では…。」
「何?そんなに嫌なのか?俺と入るの。」
「そうではなくてだな…。」
銀華は俺のことを時々ずるいと言う。
それは俺がこんな風に、銀華の気持ちを利用する時だ。
俺のことを好きっだという銀華の純粋な気持ちを利用して、俺は我儘を通そうとしてしまう。
そういうところが自分でも子供だというのはわかっている。
わかっていてもなお、譲れない時だってあることを逆にわかって欲しい。
「嫌なら仕方が…。」
「わ…わかった…。」
「え?いいのか?」
「お前が言ったのだろう。」
その拗ねた表情が可愛いなんて言ったら銀華は真っ赤になって怒るだろう。
兄貴や水島くんや青城様に言わせれば自分達の恋人のような小さい奴が可愛いのかもしれない。
だけど俺の恋人だって十分過ぎるほど可愛い。
ただそれを言ったら銀華が余計怒りそうだから言わないだけだ。
「あー…気持ちいー…。」
銀華がどうしても嫌だと言うから、脱衣の時だけは別々にした。
檜の香りが漂う風呂は家のよりも随分と大きくて、大人の男が二人で入ってもまだ余裕があるぐらいだ。
ぼんやりと点った天井の灯りが湯気を照らして、幻想的な世界を作り上げていた。
「良い香りだな…。」
「うん、気持ちいいだろ?」
「あぁ…。」
「よかった。」
先程まで拗ねていた銀華も、いざ風呂へ入ると再び穏やかな顔つきに変わった。
少しでも喜んでくれたなら、しつこく誘った甲斐があったというものだ。
「その…洋平…。」
「んー?」
俺は一安心して、今日の疲れを取るかのように深呼吸をしながら身体を伸ばした。
檜と海の匂いが混じって、心から安らぎを与えてくれていた。
「すまない…。」
「え?何が?」
銀華が俯きながら口にした謝罪の意味がわからなくて、俺はぽかんと口を開けていた。
俺には謝られるような覚えもないし、銀華がなぜそんなに気まずそうにしているのかがわからない。
「その…、昼間は青城とのことを誤解したかと…。」
「あぁ、あれか。別に本気で疑ったりなんかしてねーって。」
「それならばよいが…。」
「何?そんな気にしてたのか?」
「そういうわけではないが…。それから…。」
「え?何?まだあんのかよ?別に何もしてないだろ?」
こんな銀華を見るのは滅多にあることではない。
それはもちろん謝ることぐらいはあるけれど、原因がはっきりしていることがほとんどだ。
こんな風にされたら俺の方が戸惑ってしまう。
「いや…その、すまない。」
「だから何って…。」
「本当は皆と飛行機で行きたかったのではないかと思ってな…。」
「え…?何?そんなこと気にしてたのか?!」
俺達は皆とは別に、船でここまで来た。
兄貴には「なんでだ」と詰め寄られたけれど、俺はその理由を隠し通した。
「お、お前にはそんなことかもしれないが…!」
「うん?」
「な…っ、何を近寄って…。」
「え…、なんか可愛いなーって思ったら近寄りたくなった。」
俺は以前銀華が言っていたことをしっかり覚えていた。
もしかしてそれが原因で行くのを躊躇っていたんじゃないかとも心の奥底で思っていた。
せっかく黙っていようと思ったのに、それをわざわざ口にする銀華がなんだか可愛くなってしまって、俺は湯船の中を進んですぐ近くまで近寄った。
恥ずかしがっている銀華をもっと間近で見たくなってしまったのだ。
「馬鹿者…っ。あれほどそういうことは言うなと…っ。」
「そうだよな、飛行機が恐いなんて言えないもんな?」
「私が今言っているのはそのことではない…っ。」
「うん。わかってる…。」
シロや志摩、桃や紅には決して見せない銀華を、俺だけが見ることが出来る。
飛行機が恐いというのも、俺以外は誰も知らない。
いや、俺は誰にも教えたくなかったんだ。
俺だけが知っている銀華を、他の人間には知られたくなかった。
「洋平…っ、離れ…!」
「やだって言ったら?」
「何を我儘を…。」
「俺我儘だもん、離れたくない。やなんだ、離したくないんだ。」
顔を覆おうとする銀華の手を取って手首に口づけると、濡れた皮膚が唇に吸い付くように重なった。
このままこの身体をめちゃめちゃにしてみたくて、俺は強く抱き締めた。
「わかった…っ!わかったからここでは…っ!頼む…っ。」
さすがの俺もここがどこなのかはわかっていた。
それでもいつもならこのまま行為を続けていただろう。
だけどこの時はどうしてなのか、銀華の言うことを聞きたくなってしまった。
銀華を誰にも見せたくない、その思いが俺の中で膨らんで止まらなくなったのだ。
「はぁ…っ、ん…っ!」
すぐに風呂を出た俺達は、きちんと身体を拭かないまま布団に雪崩れ込んだ。
シーツが濡れてしまうからと銀華は言っていたけれど、どうせこの先することで濡れてしまうのはわかっている。
それを言うと銀華はまた怒ったけれど、改めて身体を拭くことはしなかった。
「は……っ、ふ…ぁ…っ。」
銀華の身体からは檜の香りがして、肌が熱を帯びていた。
胸の突起を執拗に舐めた後、変化を遂げた下半身を口に含む。
お湯ではない別のものがそこを濡らしていて、俺はそれと唾液を絡めながら愛撫した。
「ん……っ!」
一度そこから口を離して、俺は銀華を後ろに向かせた。
銀華は震えながらも肘で自分を支えて腰を高く上げる。
俺だけが知っている部分を目の前にして、自分の下半身も変化をするのがわかった。
「あ…はぁ…っ!」
銀華の後ろが伸縮しながら俺の指を飲み込んで、ひどく濡れた音をたてる。
もっといやらしい銀華が見たくて、もっといやらしい音をたててみたくて、俺はそこに舌も一緒に挿入した。
「…っく……っ、ひぁ…っ。」
内壁に俺の指が当たる度に、銀華は声を上げて全身を震わせた。
前からは溢れ出した先走りが雫となってシーツにぽたりと落ちる。
そこから白濁したものが噴出するまではあと少しだ。
それならば俺も一緒に……そう、俺の我慢も限界に来ていた。
「あ……もう…っ。」
「もう?」
「もう…駄目だ……っ、洋平…っ!」
「何が駄目?ちゃんと言ってくんないとわかんないぜ?」
限界まで来ていると言うのに、俺は意地悪をしたくなってしまった。
普段はあんなに冷静な銀華が、俺を欲しがっている姿をもっと見たい。
普段は見せない熱い銀華が見たい。
そんな一心で銀華に辱めるのは申し訳ないけれど、そこは我儘だとわかった上で許して欲しい。
「もう……れてくれ…っ。」
「欲しい?」
「あ…欲し……っ、洋平…っ、洋平が欲しいのだ…っ!」
「そういうことも…誰にも言えないよなぁ…っ?」
皆の前ではいやらしさの欠片も隙も見せない。
そういうことに興味がまるでないような顔をしておきながら、実際はこうだ。
俺が欲しいと強請り、自ら腰を突き出す。
そんな銀華を俺以外の誰に見せるもんか。
「当たりま……ああぁっ!!」
「うん…俺も言いたくない……っ。」
俺は銀華よりも随分と年下だ。
まだ世の中も知らない甘ったれの子供だ。
あと一年…三年…、いや、それ以上かかるかもしれない。
俺がもう少し大人になるまで、物分りがよくなるまで、待っていて欲しい。
俺の傍で…、俺の隣で待っていてくれるよな…?
ずっと一緒にいてくれるって思ってもいいよな…?
俺はこの先何年経っても銀華が傍にいることを脳内に描きながら、目の前にある身体を突き続けた。
「あぁ…っは…!洋平───…っ!!」
俺の思いに応えるかのように銀華は身体を捩り腰を振り続け、シーツの上に勢いよく放った。
それでも俺はもっと、と望んでしまった。
そんな俺の我儘にも銀華は一晩中応えてくれた。