ぼくたちは、初めて「旅行」というものに来た。
もちろん買い物で大きな市場まで出掛けることや、用事で人間界へ行くことは今までに何回もあっ た。
だけどこうして遊ぶことが目的で出掛けたのは初めてだった。
ぼくの大好きな、紅と一緒に…。
「桃、そっち危ないから。」
「あ…うん、ありがと、紅…。」
ぼくと紅は、魚を獲りに行くことにした。
こんな風に魚を獲るなんてことは普段は出来ないことだった。
他の皆は海に泳ぎに行ったり、プールに行ったりしている。
目を放すと青城さまが何か悪いことをしないか心配だったけれど、ぼくは紅の意見に快諾した。
魚を獲りに行こうと言った時の紅がとても楽しそうだったから。
それにその紅と二人きりになれると思ったんだ…。
そんなことを考えているぼくは、青城さまのことは悪く言えないのかもしれない。
「つかまって。」
「うん…。」
紅はあれから、また大きくなった。
身長も伸びたし、ぼくに差し出す手も大きくなった。
ぼくを抱き締める胸も広くなったし、ぼくの上に乗って来た時に感じる重みだって…。
「桃?」
「あっ、はいっ、ごごごめん…!」
「ぼーっとしてたのか?」
「う…うん…。ごめんね…!」
ぼくってば何考えてるんだろう…!
こ、こんな時に紅の身体のこと…ぼくしか知らないあの時のことを思い出してしまうなんて…!
こんなことが青城さまに知れたら何を言われるかわからないよ…!
ぼくはすぐにその考えを頭の中から消して、紅の手を取った。
「桃、ほら!魚がいっぱい!」
「うわー、ホントだ!美味しそうだねぇ紅ぃー。」
透き通った青い水の中には、色とりどりの魚が気持ちよさそうに泳いでいる。
なんだか食べるのが申し訳なくなってしまうぐらい、綺麗だ。
「どれが美味しいのかな?」
「うーん…そうだねぇ…。」
紅のこんなに楽しそうなところを、ぼくは久し振りに見た。
いつもは青城さまと言い争いだとかで怒っていることが多いから。
シマにゃんも一緒に暮らすようになってから、その回数も増えた。
だからこうして、紅が楽しそうにしているのが何より嬉しい。
それだけでも、この旅行に来てよかったと思う。
「桃…。」
「え…?何……っ、ん…っ!」
「桃…っ。」
「べ、紅ってばどうし…っ、んっ、んー…!」
そんな幸せに浸っていると、突然紅がぼくの唇を塞いでしまった。
もしかしてぼくがさっき考えていたことがわかってしまったの…?!
もしそうだとしたら、なんて恥ずかしいんだろう。
「桃、ちゅーしよ…。」
「えっ、あのっ……う、うん……。」
でもぼくは、紅がちゅーをしてくれたのが嬉しかった。
ぎゅっと抱き締めてくる紅に、ぼくはしっかりと掴まって答える。
恥ずかしくて、熱が上がってしまいそうで、出来るならこの水に入って冷ましたいと思った。
「桃と一緒に来れてよかった…。」
「紅…。」
抱き締めながら、紅はぼそりと呟いた。
耳元で聞こえるその声もなんだか前より低くなった気がする。
でも随分差がついてしまったけれど、思っていることは一緒なんだね…。
「ごめん、魚獲りに無理矢理誘って。」
「え…?」
「その…、おれ…、桃と二人きりになりたくて…ごめん。」
「べ、紅…!」
真っ赤になった紅が本当のことを言った時、ぼくの中で紅に対する愛しさが止まらなくなった。
やっぱりぼくは紅が大好き。
そうやって照れているところも、時々強引なところも。
全部大好きなんだ…。
「桃…?」
「あの…、ぼくも……ぼくも思ってたの…。」
「え…?」
「ぼくも…紅と…ふ、二人きりになりたいって…。」
ぼくたちは魚がたくさん泳ぐ水辺で、何度もちゅーを繰り返した。
普段だったらすぐに青城さまに見つかってしまうけれど、今ここには誰もいない。
泳ぎ回る魚たちと、僕と紅だけなんだ…。
「桃……いい…?」
「えっ、あの…でもここではやっぱりその…。」
「桃…好きだ…。」
「あっ、紅…っ!」
青城さま、いつも怒ってごめんなさい。
ぼくは青城さまのことを責める資格なんてありません。
だってぼくは今、紅とこんなところで交尾をしようとしているんだ…。
「そこだと危ないと思うけど。」
「え…う、うわっ!!」
「へ…?ひゃああぁっ!!」
ぼくの服の中に紅の大きな手が入り込んで来た瞬間、すぐ傍から声がした。
驚いたぼくたちは足を滑らせて、一緒に水の中に落ちてしまった。
「あぁ、すまない。邪魔するつもりはなかったんだ。バケツを持って来ただけで。」
「も、桃っ、大丈夫かっ?!」
「う、うんっ、大丈夫だけど…っ。」
それはこの旅行に招待してくれた遠野という人間だった。
魚を獲りに行くのに何も持って行かなかったぼくたちを心配してバケツを持って来てくれたらしい。
だけどこんなタイミングで現れるなんて…。
邪魔だなんて思っていないけれど、びっくりしちゃうよ───…!
「続きは海を上がってした方かいいと思うけど…。」
「つ、続きなんて…っ!」
「そ、そうですっ、ぼくたちは別に…ね、ねぇ紅?」
いつからその人間が見ていたのかはわからない。
ぼくたちは二人で真っ赤になって水に浮かんでいると、人間はすぐに行ってしまった。
「桃…ごめん…。」
「う、ううん…ぼくの方こそ…。」
続きなんて言われても、二人でびしょぬれになった今、そんなことをするつもりはなかった。
それは途中でやめてしまって恥ずかしくなってしまったのもあるけれど、ぼくたちの周りを囲む水中の魚に見入ってしまっていたのだ。
「あのさ…、やっぱり獲るのやめようか。」
「うん…そうだね…。」
あまりにも魚たちが綺麗で、透明な水の色も綺麗で、ぼくたちは魚を獲るのをやめることにした。
やっぱり実際目の前で食べるのは可哀想だったし、何よりも紅と二人きりになれただけで十分だったから。
「あ…、桃、見て。」
「わぁ…綺麗な貝だね。」
「桃にやるよ。」
「ありがと、紅。」
それは何と表現していいのかわからない、不思議な色をした貝がらだった。
濡れた紅の手の上で、キラキラと光っている。
ぼくの大切なお土産になりそうだ。
「バケツ、持って来てもらってよかったな。」
「うん、皆の分も拾って行こうね。」
ぼくたちは結局、魚ではなく貝がらを獲って行った。
色んな色の貝がらを皆に渡したら喜んでくれるかな…。
その時のことを想像して、わくわくしながら水の中を二人で過ごした。