「シマ、早く行こう!」
「うんっ、シロー!」
荷物を置いてすぐに俺達はビーチに向かった。
シロとシマはこの旅行が決まったとほぼ同時に買い物の約束をして次の日には出掛け、新しい水着まで買って来たらしい。
それがお揃いでなかったのがせめてもの救いだが、もう少し仲の良さを自粛出来ないものだろうか。
たとえば俺の目の前で手を繋いだり、俺を置いて二人で海に入ったり…。
狭い俺の心の中はいつだってそんな嫉妬だらけだ。
俺だけじゃない、シマの恋人の水島だってそう思っているはずだ。
ただ水島は俺と違って人前でそんな素振りを見せないだけで…。
「俺達も繋ぎます?」
「は?何言ってんだ気持ち悪ぃ。」
俺がそんなシロとシマの仲を羨んでいることに水島は気付いたのか、手を差し出して来た。
なんで俺が水島と手なんか繋がなきゃいけねぇんだよ…。
「冗談ですよ。俺だって気持ち悪いです。」
「お前なぁ…ふざけんなよ…。」
水島が冗談を言うなんて驚いた。
いや、冗談じゃなければ困るところだが、以前のこいつなら冗談なんて言わない奴だったのだ。
それどころか出会った頃なんか人が話し掛けてやっても頷くだけで、会話だって続いたことなんかなかったぐらいだ。
それほどシマの影響力は強いということになる。
それに比べて俺は何をこんなことでモヤモヤしているんだか…。
「つぅかお前、ちょっとは妬けよ。」
「え…?」
シロとシマが海に入ってはしゃいでいるのを眺めながら、俺と水島は浜辺に座っていた。
ごみは散らかさないようにという看板を見て、持って来た灰皿に煙草の灰を落とす。
「だからシロとシマだよ、手なんか繋いでよ。ムカつかねぇのかよ?」
「あぁ…。」
「あぁって!もうちょっとなぁ、シマ、さぁ俺と手を繋ごうか!とか言えよ!」
「は?!なんで俺が…っていうか俺に八つ当たりしないで下さいよ!」
「へえぇ~余裕ってやつな?!それも愛しいシマたんのお陰か~?随分とラブラブだなぁお前ら。」
「ちょ…話がなんかズレてますよ?!」
水島が言った通り、それは俺の完全な八つ当たりだった。
シロとシマが仲が良いのは知っている。
前からそれはわかっていたことだ。
何度も疑っては違うとわかっておきながら、俺はまた疑惑を持ってしまった。
しかしそれには理由があった。
こんな些細なことで苛々して落ち着かない理由があったのだ。
「藤代さん…、なんかあったんですか…?」
「あー…実はな…、昨日…。」
何かを察した水島に向かって、俺は全部ぶちまける覚悟を決めた。
どうせ隠したって仕方のないことだ。
今は八つ当たりでもいいから話してスッキリさせようと思ったのだ。
そのとばっちりを食らう水島もいい迷惑かもしれないけれど。
出発を控えた昨日の夜、シロは一生懸命になって鞄に荷物を詰めていた。
それがだいたい終わったのを見計らって、俺はシロに声を掛けた。
「シロ、準備は出来たんだろ?」
「あっ、亮平~。うんっ、出来た!水着と~タッパと~…。」
「ぶっ…タッパなんて持ってくのか?」
「うん、だってシマが持ってくって言ってたぞ!」
荷物がびっしり詰まった鞄の中には確かにタッパが幾つか入っていて、俺は吹き出してしまった。
あんなところまで行って食べ物を持って帰る気なんだろうか。
シマもシマで面白いけれど、それを信じるシロも十分面白い。
面白いというか…可愛いんだけど…。
「まぁいいけどな。それよりシロ…。」
「ん?亮平は準備出来たのか?」
「そうじゃなくてシロ…。」
「どうしたんだ?亮平?」
本当は準備なんてちっとも出来ていなかったけれど、そんなものは明日の朝でいい。
だいだい適当に使う物を詰めればいいだけだし、何か必要になったら買えばいいだけの話だ。
俺はそんなことより、目の前のシロに夢中だった。
「シロ~…、まだ寝るには早いよな?」
「りょうへ…あっ!亮平っ、ダ…ダメだ…っ!」
「何がダメなんだ?シロ…。」
「ダメだったらダメだ───…!!」
まだ眠るには早い時間だったのは本当だった。
いや、早かろうが遅かろうが関係なくて、俺は久々にシロに触れたくて仕方がなかった。
それを一気にぶつけようとした瞬間、逆にシロに突き飛ばされてしまった。
「いって…!シ、シロ…?」
「だ、だって…!あ、明日は旅行なんだ…っ。」
「んなの関係ねぇよ!だってもう一週間ヤってねぇんだぞ?!」
「だ…だって明日立てなくなったら嫌だ…!!そ、それに亮平変な跡付けるからダメなんだ…っ!」
俺の欲望は、シロによってきっぱりと断たれてしまったのだった。
「あの…。」
「あ?なんだよ?」
すべて話し終わると、隣の水島は苦笑いを浮かべていた。
そんな水島に対して、俺は煙草を咥えながらギロリと睨む。
「それ…なんか惚気てるようにしか聞こえないんですけど…。」
「じゃあお前は我慢できるのかそこで!シマたん目の前にして一週間してなくてだぞ!」
「ちょ…、落ち着いて下さいよっ。」
「俺には無理だ…!あんな可愛いシロを目の前に一週間おあずけだったんだぜ…?!」
もはや俺の言い分は滅茶苦茶だった。
水島の言う通り惚気にも取れるし、やっぱり八つ当たりにも取れる。
そんな言い争いを二人でしていると、海の向こうからシロが手を振っている。
「亮平ーっ!気持ちいいぞ~。一緒に泳ごう!」
「隼人ー早くこっち来てー!」
水しぶきをあげながら、シロは楽しそうに笑っている。
もちろん隣にいるシマのおかげでもあるし、旅行というもののおかげでもある。
「亮平ー早くー!」
でも一番はその旅行に俺と来れたことだと、飛行機の中で言っていたのを思い出した。
大きな鞄を膝の上に乗せて、シマにこっそり耳打ちしていたのを俺は聞いていたのだ。
「あの…藤代さん、行きます?」
「当たり前だろ。お前もさっさとしろよ。」
俺は呆けている水島の隣で、羽織っていた服を脱いだ。
つまらないことは考えるのはもうやめよう。
そう思わせてくれるような綺麗な海の色とシロの笑顔を目の前にして、この旅行を楽しむことを改めて誓ったのだった。