「あっ、亮平~!」
ある日家に帰ると、いつものようにシロが玄関まで走って俺を迎えに来た。
だいたいいつもこんな風に、俺よりもシロの方が先に帰っていることが多い。
猫だったシロが今では一人前にケーキ屋で働いていること自体、よく考えれば信じられない、物凄いことなんだろうけれど。
「へっへー、おかえり!」
「おう、ただいま。」
抱き付いてきたシロを強く抱き締め返して、キスを交わす。
シロと両思いになった直後はこういうことも恥ずかしかったのに、今では日課のように当たり前のことなっているのもまた信じられない。
今まで気付かなかった、俺が恋人に対する態度や熱い思いをシロは発見させてくれた。
いや、今までがシロほど本気になれる相手ではなかったんだろう。
「亮平っ、これ!これ!」
「ん?何だ?何持って…手紙?」
このままセックスに傾れ込んでしまおうと思うことは珍しくもない。
この日も俺はシロを目の前にしてそんな欲望が芽生え始めていたのだが、それを振り切るかのようにシロの身体が離れてしまった。
そしてシロの手には何から豪華な模様を施した封筒が握られている。
「これやる。」
「やるってなぁ…ん…?なんかこういう封筒見たことある気が…気のせいか?」
俺は少しだけ嫌な予感に駆られながら、シロからその封筒を受け取った。
そして中身を見て、それが気のせいではないことがすぐにわかった。
「これ…あれだろ、ロシュの友達とか何とかって…。」
それは去年のクリスマス、俺達を豪華なホテルでのパーティーの招待した人物だった。
ロシュというのは花見でたまたま出会ったどこかの国の王子で、その場でシロが仲良くなって、以来ちょくちょく連絡を取っていた。
そしてそのロシュの文通相手であった日本の友達というのがこの差出人だ。
日本を代表すると言ってもいい大企業の息子だかで、ちょっと変わった感じの奴だ。
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祝・魔法シリーズ2周年記念旅行ご招待!!
レッツエンジョイ・ラブラブバカンス
時:2006年10月~11月でご都合のよい日をご相談の上決定(皆様でご相談後当社までご連絡下さい)
場所:○○県△△町××島「Resort Island Tohno」
日程:2泊3日、期間内は島内貸切
交通:遠野国際空港より航空会社TAL直行便を貸切でご用意
参加費用:招待なのでもちろん無料
旅行会社:旅行のことならお任せよ♪のCMでお馴染みのTTC(遠野トラベル株式会社)
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「や…やっぱり…!」
この旅行の寒いサブタイトルと言い…。
何から何まで貸切と言い…。
この島の名前と言い、航空会社と言い、旅行会社の名前と言い…。
そして金色に光るこの文字!!
こんなことをするのはロシュかその友達の遠野グループの息子しかいない!!
「旅行~♪旅行~♪亮平、楽しみだな!」
シロは何も気にしていない様子で、封筒を持ってはしゃいでいる。
だけどここは一つ教えてやらないといけない。
そうしないとシロみたいな純粋な奴は悪い奴に騙されて大変なことになる。
「亮平?どうしたんだ?」
「いいか、シロ。これは行かないことにしよう。な?」
「えぇーっ?!なんでだ?!」
「あのな、タダより高いものはないって言うだろ?」
「なんだそれ?オレわかんない…。」
「とにかくこんな怪しいのはダメだっ。旅行なら俺がいつか連れてってやるから!」
いつか、なんてきちんと約束もできないくせに言うのはいい加減だとは思う。
だけどこんな怪しい旅行に行けるわけがない。
いくらシロの友達だからと言ってもタダで旅行までくれるほどいい奴なんかいないはずだ。
それが人間界での一般常識というやつなんだ。
「えー…でも志摩と明日買い物に行く約束しちゃったぞ…。」
「し、志摩にも来てたのか…これ…。」
「猫神様にも桃と紅にもシマにゃんにも来てる。亮平はりゅーのすけを信じないのか?」
「そういう問題じゃなくてな…。」
「そういう問題だっ!りゅーのすけは友達なんだぞ!」
「シロ~…だからなぁ…。」
このところシロは俺に歯向かうことも覚えた。
人間で言うと反抗期というやつだろうか。
だけどその歯向かうことを覚えられたなら、こういうことも覚えられるはずだ。
以前は人間の嫌な部分や汚い部分を出来るだけ見せないようにしてきた。
だけど今は違う。
シロはちゃんと働いて、ほとんど人間としてこの世界に暮らしているんだ。
それを俺はちゃんと認めた上で、教えて行こうと思っている。
それをすぐにわかってくれないのは仕方のないことかもしれないけれど…。
少しずつでもいい、今までだって俺は教えて来たつもりだ。
「オレの大事な友達疑うなんてひどいぞ…。」
「ごめん、そういうわけじゃねぇんだよ…。」
シロはすっかりしゅんとして落ち込んでしまっている。
やっぱりまだ早かっただろうか…。
俺が少しだけ後悔をし始めたと同時に、シロの携帯電話が鳴った。
「あっ、りゅーのすけー!うん、届いたぞ!」
な、なんつータイミングだ…!
まさかどこかで見てた、とか言わないだろうな…?
シロの電話の向こうには、ニヤリと笑う遠野の姿が見えた気がした。
「でも亮平が行くなって…うん、亮平がタダより美味いもの?がなんとかって…。」
「あー、シ、シロっ!ちょっとっ、ちょっと代わってくれ!!」
「…亮平?うん、わかった。」
「あー…も、もしもし…?」
シロのいいところは素直なところだ。
思っていることを素直に言えることはそれは素晴らしい。
だけどそんなことまで言われたら俺の立場ってもんがなくなる。
それが普通の相手ならいい、あの遠野という奴だと思うと…。
黒魔術か何かで呪われそうな気さえしてくるんだ…。
「シロを祝いたかっただけなんだ。ロシュとも話し合って…。」
「あ、あのー…。」
「そうか。俺の気持ちもロシュの気持ちもわかってもらえないのか…わかった…。よーーーーーーくわかった…。」
「い、いやっ、待ってくれ!!」
電話の向こうの遠野は、シロよりも落ち込んだ声だった。
今にも泣き出しそうで、しかも電話から出てきそうな勢いだ。
これが作戦なのかどうなのかはわからない。
だけどこの男に対して俺は、なぜか逆らうことが出来ない。
「いや、行く!!行くから!!シロの言ったことは気にしないでくれよ?な?喜んで行かせてもらうから!」
まんまと承諾してしまった俺に対して遠野は「そうか」と一言だけ残して電話を切った。
呆然とする俺の近くではシロが飛び回って喜んでいる。
そしてすぐに志摩にメールを打っているようだった。
こうして俺達は罠に嵌ったかのように、旅行へ出掛けることになったのだった。