ある日突然、兄貴がおかしな提案をした。
今度それぞれの相手を入れ替えて一日過ごしてみよう、なんて、また何か妙な遊びでもすんのかな、って思ったけど…。
まぁ別に絶対嫌ってほどでもなんでもないし、実はちょっと兄貴の言う通り、他の奴らがどんなふうなのか、気になっていたりした。
一日、いや半日ぐらいなら…、それに、完全に相手を変えるわけじゃないんだ。
だけどそれを銀華華に話した時はやっぱりいい顔はしなかった。
絶対そうなるとは思っていたけど。
いい顔はしない、というよりは呆れたように、怒ったように、お前の兄は何を考えているのだ、と。
それがあんまりにも俺の想像していたのと同じ過ぎて、銀華には悪いけどなんだか可笑しくなってしまった。
その当日になって、俺は同じ市内の兄貴の家に向かった。
歩いて15分程度のそのマンションに、兄貴の相手、シロは一緒に住んでいる。
「あっ、洋平~。」
「おっす。」
「おっす~。」
「んじゃお邪魔します。」
今の家に引っ越してから、俺はあんまり来たことはなかったけど…。
前よりも広いその家がちょっとだけ羨ましくなった。
俺もいつかもっと稼ぐようになったらこういう二部屋とかある家に住みたいよな…。
シロや隣の志摩っていうのはまだ身体が小さいけど、うちは俺よりちょっと銀華が小さいぐらいで、そんなに変わらないから、男二人で住むにはやっぱり狭い感じがする。
「洋平?どうしたんだ?」
「ん?あぁ、なんでもない、ごめんごめん。」
ぼけっと考え込んでしまった俺を心配してシロが顔を覗き込む。
そういえば、俺、一年ぐらい前シロに、俺にしとけ、みたいな台詞言ったんだったな…。
その後あれは恋心じゃないってわかったけど。
ただからかったっていうか、ちょっと言ってみただけだったんだ。
なんで俺はあの時そんなことを言ったんだろう…。
「あっ、これケーキ!昨日もらって来たんだ~。」
「おぉ、美味そうだな。」
「洋平ケーキ好きなのか?」
「甘いもの嫌いじゃないよ俺。」
シロはよかった、とホッとしたようにしてケーキを分け始めた。
そう、実は、甘いものは嫌いじゃない。
どちらかと言うと好きなほうだ。
前はそんなでもなかったけど、銀華が来てからだ。
シロにやるのだ、とか言って本当は自分が食べたいから、ドーナツとかお菓子を作ってることがよくある。
ついでで食べているうちに、なんだかその味が好きになってしまった。
「洋平、相談があるんだけど…。」
「何?どうした?兄貴のことか?」
もぐもぐとシロはケーキを頬張りながら、話し始めた。
相談っていうか、惚気の場合が多い気がするけど…。
でもまぁそんな幸せな二人を見ているのは結構好きだったりする。
「亮平の誕生日、何あげたらいいかな~、と思って。」
「誕生日?12月だろ?」
「うん!もうすぐだから。」
「もうすぐって…、今11月なったばっかりだぜ?」
甘いケーキを口に含むと、その味が一気に口内に広がった。
バニラの香りと砂糖の甘さが、シロの話によってもっと強くなって、なんだか心地いい味がする。
「え~、でも今から準備しないと!」
「俺なんかもうすぐなんだけど。」
「えっ、そうなのか?オレ知らない。」
「うん、今月だけど…、まぁ何もやらないだろうなぁ。」
銀華がそういうイベントとかっていうのは、あまり気にしない奴だっていうのはわかっている。
別に俺もこの歳で色々やって欲しい、なんて思わないし。
だけどこんなに前から考えているシロを見るとちょっといいな、とか思ってしまったりするよな…。
「じゃあなんかやろう!猫神様と考える~。あとシマも。もちろん亮平も、あとミズシマも!」
「いいよ、銀華はそういうのやらないから。」
「え~、でもやりたくないのか?」
「いや…まぁやりたくなくはないっていうか…。」
実はやってくれたら、ちょっとどころじゃなく嬉しいと思う。
だけど銀華が嫌いならわざわざ頼んでまですることじゃないから。
それをよそにシロによってそれはどんどん話が広まって、俺の誕生日パーティを開くとまで言い出した。
「いいな、兄貴は。シロがこういうの好きで。」
「え~、でもオレ、洋平と猫神様も羨ましいぞ。」
「え?そうなんだ?」
「うん、お似合いって感じするから、びなんびじょ、ってやつ。」
面と向かってお似合い、だなんて、あまり言われたことがないから、物凄く恥ずかしくなってしまった。
美男美女って…どっちも男で、しかも美男は銀華だけだけど、そう言われて悪い気はしない。
なんだか照れくさくて、どこかむず痒いような感じがする。
「オレも亮平とそうなりたいなぁ~…。」
「いや、なってるだろ、似合ってるって。」
「そうかなぁ?でも色々考える時あって…。」
「俺もだよ、わかるよそれ。」
それから延々、俺とシロはケーキを食べながら、お互いの恋の話をした。
来た時にはホールの半分もあったケーキはいつの間にかなくなっていて、時間ももう夕方を過ぎていた。
こんなに誰かと喋りまくったのは久々だった。
「ありがとう、洋平!オレ、洋平と友達でよかった~。今度メールする。」
「あぁ、うん……、あ…。」
今シロは俺のことを友達って言ったよな…。
メールもするって言った。
シロは俺と友達になりたかったんだな…そして俺もか…?
あれは恋とかいう部類の親しくなりたいっていうのじゃなくて、友達になりたかったってことで、そう思えばこの半日まったくドキドキしなかったのも納得がいく。
そんで恋の話で何時間もケーキ食いながらって…。
なんかこれって、まるで女子高生かOLじゃないか??
「?どうしたんだ?洋平??」
「…いや、うん、そうだな、俺もメールするよ。」
腹を抱えて笑うのを必死で堪えた。
でもそれでよかったと思う。
シロに恋してなくて、だから銀華と恋ができて。
一年も経った頃気付くなんて、案外、いやかなり鈍いけど。
「うん!じゃあな!」
「あぁ、またな、シロ。」
笑顔のシロに手を振って、玄関のドアを開けた。
その挨拶はやっぱり仲のいい友達って感じそのものだ。
できれば、親友ぐらいにはなりたい、とも思った。
それから秋の夕日が沈む中、走って自宅へと向かった。
友達じゃなくて、ドキドキする相手の待つ狭いあの場所へ。
「ただいま!銀華っ。」
今までにないぐらいあんまり俺が元気にそう言って勢いよく帰って来たから、銀華は瞳を丸くして、その後いつものように微かに笑みを浮かべた。
走って来たせいじゃないドキドキが、俺の胸の中で加速しながら弾けて響いた。