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キリバン小説、シーズン企画など

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「the first star」-1

人を好きになって、その人が自分を好きになる可能性はどれぐらいだろう。
きっとそんなに高くないはずだ。
自分が好きな人が自分を好きだというのは、実はとても凄いことなのかもしれない。
片思いをして初めて、そのことに気が付いた気がする。
たとえば生まれた時から一緒にいるような、家族に近いような存在で、恋愛感情なんて湧かないような相手だったら。
そしてそれが同性だったとしたら。


「おーっす。」

玄関で待っていると、朝、彼は必ずやって来る。


「恒星、ちょっと遅い。」

春陽は壁掛けの時計を恒星が気付かないようにチラリと見ながら、靴を履いた。


「たいしたことないだろ。細かいなー春陽、女じゃあるまいし。」

正確には4分51秒。
細かいのは、お前のことだからだ。
お前だけ見ていて、見過ぎて、それでだよ。
自分でも時々嫌になる。女というか、女々しい。
そんな情熱的な思いとは裏腹に、春陽は靴を履き終わると、玄関のドアを開けて、恒星と一緒に家を出た。

家は隣、年齢も一緒。学校もずっと一緒。
遊ぶのも、悪戯するのも、怒られるのも。
それこそ双子の兄弟みたいに。
一緒ではないのは、春陽が恒星に対して恋愛感情を抱いていること。
こんな状況で、おまけに同性で、叶うはずがない。
だから、自分の胸の中だけにしまっておいた。

なのに。


「お、春陽。」

その声で名前を呼ばれる度にドキドキする。


「なんか髪に付いてるぞ。」

ほんの少しでも触れられる度に体温は上がる。


「あぁ、悪い。」

わざと素っ気なくして、誤魔化す。
思いは溢れて止まることなんか知らないのに。
そうでもしないとすぐにでも好きだと言ってしまいそうになるから。


「あ、恒星くんだー、おはよー。」
「おはよう。」
「おーっす恒星。」
「おー。」

短い道程を歩いて学校の正門まで着くと、恒星の姿を見付けた人たちは次々と声を掛ける。
男女問わず、生徒からも先生からもだ。
顔良し、性格良し、成績良し、そしてそのことを本人は鼻にかけたりしない。
人気があって信頼されるのは当たり前だ。

星、だ。
その名前の通り、夜空で自ら光って、輝き続ける、「恒星」そのものだ。
それに比べて自分はなんなんだろう。
恒星みたいにはなれないし、そんな自分がいつまでも傍にいるのは迷惑ではないのだろうか。
何より、これ以上傍にいたら、この思いは爆発してしまうかもしれない。
そんなことをしたら嫌われる。
嫌いだ、もう会いたくない、顔も見たくない、なんて言われるかもしれない。
だから、段々離れることにした。


「俺、先行ってる。」

女の子たちに囲まれている恒星に小さく言って、春陽はその場から離れて教室へと急いだ。
行く場所のない思いを胸の中に秘めたまま。

きっとこうしていけば、忘れられる時が来る。
あんなこともあったっけな、なんて思える時が来る。
なのにどうして。
逆に離れたくない気持ちでいっぱいになるんだろう。
好きでどうしようもなくなるんだろう。思いは募るばかりだ。
空はもう明るいのに、窓から見える恒星は負けないぐらいに光っていて、あんまりにも眩し過ぎて、春陽はそっと瞼を閉じた。


「あ~あ。また憂いたっぷりの顔しちゃって。」
「中尾…。」

教室に入って机に頬杖をついていると、仲の良い友人が声を掛けてきた。


「また落ち込んでるのか?」
「別に。」

落ち込んでいるのは紛れも無い事実だったが、同性を好きだなんてことが原因なんて、そんな女々しいところは見せたくない。
それに、人に言ったところでどうかなるわけでもないし、余計落ち込みそうだ。


「隠したってわかるって。お前顔に出るんだから。」

その言葉通り、中尾は春陽が恒星に恋していることを見破った唯一の人間でもある。


「俺に乗り換えるってのはどう?」

中尾は自分に指を差しながら、にっこり笑って言う。


「お前男じゃん。」
「恒星だって男だろ。」
「……‥‥。」

当たり前のように中尾の冗談をかわして、その後逆に当たり前の事実を衝きつけられた。
そうだ。恒星も、男なのに。何が違うんだろう。
どうして性別も忘れる程、恋してしまっているんだろう。


「ま、俺はいつでもオッケーだからさ。」
「お前彼女いるじゃん。」
「まーまー、春陽がよければ、ってことで。」

自分が落ち込んでいる時、一緒になって落ち込んでくれるよりは、まだこんな風に接してくれる方が、春陽にとっては気が楽だった。
中尾は中尾なりに慰めてくれているんだろう。
そういう意味では、気楽に付き合える一番の友達と言ってもいいかもしれない。


「あ、1限目、移動だろ。急ごうぜ。」
「あぁそっか、そうだった、今準備する。」

こうして、長い一日はいつものように始まる。


***


「恒星くんが好きなの。あたしじゃダメかな。付き合ってもらえないかな。」

放課後、恒星と帰ろうと、彼の教室まで行った春陽は、嫌な現場を目にしてしまった。
背が小さくて、色が白くて、可愛い女の子。
何度こんな現場に居合わせたことか。
きっと恒星には、可愛い女の子が似合う。
そんなのは、一般常識として、当然のことだ。
わかっているから、尚更自分の気持ちは迷惑だと、自覚せざるを得ない。
彼には普通の道を歩んで行って欲しい。
なのに…‥。


「うん、わかった…。」
「……‥っ。」

決定的な言葉を自分の耳に入れられて、廊下で蹲りながら、涙が零れた。
唇を噛んで、堪えようとしても、涙は止まることを知らないみたいに流れた。
この場にいたら、一生立ち直れなくなりそうで、春陽は急いで自宅へと走って帰った。

「春陽、ちょっといいか?」

帰宅して、ベッドに倒れ込んで、暫くの時間、布団の中に潜っていた。
さっき自分を切り刻んだ言葉を発したその声が、ドアの向こうから聞こえた。


「何。なんか用?」

潜ったまま、とりあえずは返事をした。


「うん。入っていいか?」
「ダメって言っても入ってくるクセに。」

ダメなんて言えないけど。
今はできればその声は聞きたくなかったけど。


「ははっ、春陽は俺のことお見通しだよな。」

微かに笑って、恒星はドアをガチャリ、と開けた。


「で?何?」
「うん、あのさ…。」
「新しい彼女のこと?」
「え…‥。」

言い出し難そうにしている恒星の言葉を代わりのように、春陽は先を予想して言った。


「見てたのか?」
「見えた、だけ。別に珍しくもないだろ。」

布団の中で、泣いていたことがばれないように、瞳を擦った。
それでも直接顔を見て話すことはさすがに今は出来ない。


「あー、それでさ。」
「何?一緒に学校行く約束でもした?」

恒星が頭を掻く音がした。
きっと気まずそうな顔をしているんだろう。
見なくたって、わかる。


「あ、でも別にどうしても、って言われたわけじゃないからさ。」
「いいよ。」
「え?」
「いつまでも幼馴染みだからってくっついてんのおかしいし。一緒に行ってやりなよ。」
「い、いいのか…?」
「いいも何も、俺が決めることじゃないし。」

俺が決めることじゃない。
俺は、恋人でもないんだから。


「悪いな。」

なんで謝るんだよ。
悪いことなんかしてないのに。
どうして俺をそんなに惑わすんだよ。
せっかく離れる決心したのに、揺らぐじゃないか。
せっかく諦める決心したのに。
でもこんな人だから好きになったんだろうな。


「お前具合悪いの?さっきから、そんなとこ潜って。」
「いや、悪くない。」

布団の端に、恒星の手が掛けられた。

どくん…‥っ!
心臓が、破裂しそうだ。
直接触れられたわけでもないのに。
こんなにも敏感に反応してしまう。


「春陽?大丈夫か?」

いよいよその手は春陽に触れようと近付いた。
やめろ、触らないでくれ。
春陽はぎゅっ、と瞳を閉じた。


「……あ。」

恒星の、多分ポケットに入れられていた、携帯電話が振動した。


「ホントに、大丈夫だから、気にすんな。」

やっとのことで息をして、言い放った。
その振動させた相手が誰なのかは察しがつく。
心臓が爆発するよりも先に、抉られてしまった。


「そっか。じゃあな。」

恒星は手を引っ込めて、春陽の部屋を去って行った。
もう会えないぐらいの寂しさと、恋しさが、痛む胸に込み上げて、どうしようもないぐらい泣き崩れた。


泣き疲れて眠った中で、夢を見た。
遠い、昔の夢。


『あ、一番星みーつけた!』
『ええっ?もう?』

幼い頃、夕方になると、自宅付近で遊んでいた春陽と恒星は、
夕空に現れる一番星を競って探した。


『春陽はやいなー。』

だいたい春陽が先に見付けていた。
その頃から恒星はなんでも春陽よりは勝っていたけれど、このことに関しては、春陽は負けなかった。
まだ恋心など抱いていなくて、自分をちゃんと出せていた。
得意げに高い空を指差して、その場所を教えた。
きっとそのことも、恒星が輝いていて、見えなかったんだと思う。
今になってわかった。
そう、その星みたいに、遠いのだ。
手の届かないところにあるのだ。

絶対に掴むことは、出来ない。

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