「リゼ~、見て見て~。」
日本の花見も全国的に終わり、という頃、ロシュがそんなことを言って、広大な庭へと案内した。
「え…、なんだこれ、桜の木?」
そこには、見事な桜の木があった。
樹齢何百年、とかいう感じの、古くて、デカい。
幹なんか太くて、何メートルあるんだ。
枝の先には見事に花がついている。
「日本から、送ってもらったの。」
「は?木をか?」
「うん、僕の友達に頼んだんだ~。」
「へぇ…。」
わざわざ日本からなんてしなくても、別にこの国にだって桜ぐらいあんだろ。
まさかこれも俺のため、とか…。
「やっぱり日本の桜の方が綺麗だよね。リゼもこっちの方がいいでしょ?」
あぁ、やっぱりな…。
こいつ俺のため、ってのはいいんだけど、それが国レベルで動くからな。
しかも最近そういうのが嬉しくなってる俺もどうかと思うんだよな。
「あ~、その、サンキュ…。」
「やったぁ、リゼ喜んでくれた~!」
俺が喜ぶのがそんなに嬉しいのかよ。
まったく単純でアホなんだから。
俺まで素直になんなきゃいけない気がするだろ。
どうしてくれるんだよ、こんなにさせて。
「いや、まぁ、嬉しいけど…、って、抱き付くなよっ!」
「え~、いいじゃない、誰も見てないし。」
「そういう問題じゃね…、ん…っ、やめ…。」
「リゼ、愛してる~。」
こいつこんな乙女っぽいクセにこういう時力強いんだよ。
しかもこんなキスされたら抵抗できないって。
くっそ、こんなん俺、やられっ放しじゃねぇかよ…。
「お、お前のその友達とやらに礼でもしねーと!」
俺はなんとかそのキスから逃れた。
こうでもしなきゃ、外でヤることになっちまう。
こいつのことだ、それでもいいよ~だの言って、挙句の果てにみんなにペラペラ喋るし。
「大丈夫、リュウにはちゃんとお礼送っておいたから!」
「リュウ?友達か?」
「うん、上はトオノっていうの、お金持ちらしいよ。」
「へぇ…、そりゃお前と気が合うだろうな。」
トオノ…、遠野…かな。
そういやそんな名前のバス会社が日本にいる時あったようななかったような…。
あれとは関係ないと思うけど…。
「あっ、やだなぁ、リゼ以外を好きなわけないよ~。」
「な…、別にそんなのどうでも…。」
「リゼ、可愛い、ヤキモチだね♪」
「違う!勘違いすんなアホ!!」
どうやったらそう自分の都合いいように思えるんだ。
いや、強ち間違いではないけど…。
でもまだ全部は素直にはなれない。
そのうち、な…。
「照れない照れない。」
「照れてねぇよ!!」
そう、次にこの庭の桜が咲く頃までには…、多分。
***
「とっ、遠野っ、お前に荷物…っ。」
ある日、俺の住む寮に、荷物が届いた。
俺と同室、そして恋人の、遠野宛てだ。
しっかしこのデカさはなんだ?俺、潰されそうなんだけど。
航空便って書いてある。
なんか趣味の悪い薔薇の柄の箱で。
「あぁ、すまない名取、ロシュからだな。」
相変わらず表情を変えることなく、机に向かって課題でもやってんだろうか。
ちょっとは手伝えよもう…。
「ロシュ…?なんかどっかで聞いたような…?」
「あぁ、たまにテレビに出てるな、リーベヌ王国の王子。」
「えっ、あの??お前知り合い?」
「うん、友達。」
リーベヌ王国っていやぁ、あれだ、日本と友好関係がなんとかって。
たまに来日して、テレビで中継とかされてる。
そういやこいつ、すっげー金持ちだっけ。
国際的な友達も多いってことか。
ますます俺とは立場が違うっつーか…。
「俺の父親とロシュの父親が文通友達で…。」
「は?文通?」
「俺もロシュと文通してるんだ。」
「お前が…、文通って…。」
男同士で文通って!
全然金持ちとか関係ねーし!!
すっげ、変過ぎる、そんで手紙、とか似合い過ぎ。
「で?なんなんだ、この荷物は。」
「約束してたパネルかな。」
俺がその箱を開けるのを手伝うと、中からこれまたデカいパネルが出てきた。
こ、これは…、結婚式ってやつか?
もう一枚、桜の木の下で撮ったのもある。
っていうかこの隣の人、奥さんだろうけど、男に見えるんだけど…。
「あぁそうだ名取、向こうは同性での結婚が認められてるらしいぞ。」
「そ、そうなのか…。」
やっぱり男…、つーかなんか嫌な予感がするんだけど。
「俺も頑張って日本でも認めさせるよ。」
ひえー、こいつまたとんでもない計画を!
そんなの無理に決まってるだろ。
いや待て、こいつならなんとかやる気がしてきた。
いやダメだ、流されるな俺!
「実家の桜の木、一本送ったんだ、来年様子見に行かないと。」
「そんな簡単に言うなよ!」
頭いいクセにこういうとこ感覚ないんだよな。
うん、でもそこがまたちょっと可愛いっていうか…。
なんてな、恥ずかしいな俺。
まぁ俺もなんって言うかベタ惚れってやつかな…。
「名取、名取、これ。」
「ん?なんだ?」
「ロシュの奥さんのウェディングドレスのレプリカ。」
「えっと、それってもしかして…。」
俺はもっと嫌な予感に襲われた。
遠野があんまり楽しそうに笑うから。
いつものことながら、それは当たるんだけど。
「後で試着してみろよ、名取ならきっと似合う。」
あぁ、俺の、夫という立場は、一体いつまで保持できるのか。
そのリーベヌ王国に行った時点で、もうなくなってる気がするよ…。
いや、譲る気はまったくないんだけど。
それでも俺は来年も、再来年も、こうして遠野といると思う。
END.