「あー…残念だな。」
「何が…?」
深くなるキスの中で、突然一也の唇が離れた。
抱き締めていた腕も緩んで、一也は溜め息を吐いて頭を抱えてしまっている。
「せっかく柊がその気になったのに。」
「そ、そ、その気って…!!」
「クリスマスを楽しみにするかな~…?」
「か、一也ってば…!」
期待をしていなかったわけではないけれど、そういうことまでストレートに言われるとまだどうしていいかわからない。
だけどそんな俺を一也は大事にしてくれている。
俺が恥ずかしい思いをしているのをわかって、一也はそれ以上突っ込んだことを言わずに仕事を再開した。
今年はクリスマスが楽しみになっていた。
だけど一也にそんなことを言われたら…。
期待なのか不安なのかわからない中、俺が一也の部屋を後にしようと部屋のドアを開けた瞬間、大きな音と共に床に突っ伏した一也の姿があった。
「か、一也っ!!一也大丈夫…っ?!一也っ、一也っ!」
だから言ったのに。
こうなる前に大丈夫かって。
やっぱり本当は大丈夫じゃなかったんじゃないか。
俺の前だからって、俺に心配をかけたくないからって無理をして。
俺は一也に本心も言ってもらえない存在なの?
そんなの嫌だよ…寂しいよ…。
「ね、眠い………。」
「…へ?」
「頼む、一時間だけ………。」
「一也…。」
一也は倒れたのではなく、倒れたように眠ってしまった。
駆け寄った俺の膝の上に頭を乗せて、すやすやと寝息をたてて。
「もう…、びっくりしちゃったじゃん…。」
俺はぼさぼさになった一也の髪を梳くように、指先を髪の間に絡めた。
少し茶色に染められた柔らかい髪の感触が気持ちよくて、こっちまで眠くなってしまいそうだ。
よれよれでもちゃんと毎日お風呂には入っていたのか、シャンプーのいい香りがする。
男の人らしくない、花みたいなお菓子みたいな、何とも言えない甘い香りだ。
「よいしょっと…。」
大丈夫なんて言っていたけれど、本当は急いでいたはずだ。
そうでなければ一也はこんなになるまで一生懸命にならなかった。
今俺に何が出来るのか…。
膝を貸す以外に何か出来ないか…少しの間考えて、俺は近くにあったプレゼントに手をかけた。
「怒られるかな…。」
勝手に一也の仕事を手伝ったりしたらやっぱりダメなのかな。
こういうのって資格とか要るのかな。
俺がやったってバレたらまた処分されちゃうのかな…。
数々の不安はあったけれど、一也には代えられなかった。
このままクリスマスまでこんな生活を続けていたら…そう思うとどうしても何かしたかった。
「う~ん…?!どうかな…。」
既に完成しているプレゼント達の見よう見真似で、プレゼントに包装紙を包んで行く。
その柄や色に合わせた色とりどりのリボンを巻きつけて、飾りのリボンを付けて。
俺が飾ったプレゼントは一也にはまだまだ劣るけれど、初めてにしてはそこまで酷いものではなかった。
大変だと思っていたけれど、途中から面白くなってきてしまって、膝の上の一也を起こさないようにしながら俺は次々にそれらを飾っていく。
時間が経つと共に大きいのから小さいのまで、様々なプレゼントが俺の傍に並んでいった。
「ん……柊~…?」
「お、起きたの?まだ寝てた方が…。」
「…いや、一時間経っただろ…?」
「うん、そうだけど…。」
ちょうど一時間経った頃、膝の上で一也が目を覚ました。
まだ眠いのは誰でもわかるぐらいなのに、無理矢理目を擦って起きようとしている。
その姿がなんだか可愛いなんて言ったら怒るだろうか。
「あれ…?これ…。」
「……あ!!そ、それはその…。」
「柊がやったのか?」
「ご、ごめんなさいっ!勝手にそんなことして…でも俺…っ。」
いざ一也に知られてしまうと、急に恥ずかしさが込み上げた。
一人でやっている時はあろうことに自信まで出て来たのに、今になってなんだか自分のやった物が無様に見えて来て仕方がない。
二人になるとこんなことまで変わってしまうのも、恋のせいなのかな…。
俺は怒られるか、逆に吹き出されるかの覚悟をして、ぎゅっと目を瞑った。
「ありがとう。」
「え……?!」
しかし一也の口から出たのは意外な言葉だった。
怒るわけでもなく吹き出すわけでもない、短い感謝の言葉。
ふわりと笑ったその顔から、それが本心だということがわかる。
「凄いじゃん。初めてだろ?こういうの。」
「う、うん…、でも…。」
「これなんかセンスいいな。うん、俺にはない感じだ。」
「そんな…。」
一也は頭を膝に乗せたまま、プレゼントの中から一つ取り出して眺めていた。
小さくて、多分中身はアクセサリーか何かだろう。
もらうのは、おませな女の子か、恋人から依頼された若い女性か。
俺は中身と貰う人を想像しながら、それにキラキラ光るピンク色の紙で包んだ。
ハート型のリボンの飾りを付けて、それと同じ色の細いリボンを巻いて。
「楽しかっただろ?」
「え…?あ、う、うん…。」
「俺もなんだよ。だから好きなんだよな、この仕事。」
「そっかぁ…。」
自分がやってみて、初めてわかった。
貰う人のことまで浮かんでしまうぐらい、楽しいことが。
一也がサンタクロースの仕事が好きなのも、クリスマスが好きなのも。
「さてと、俺もやるかな~。」
「ダ、ダメだよっ!今日はもう寝た方が…。」
「それは俺がダメなんだよ。大丈夫、一時間寝ただけでかなり元気になった。」
「あの…、じゃあ俺……、俺もやっていい?一也の仕事手伝っていい?お願い手伝わせて!迷惑なのはわかってるけど俺…!」
「しゅ、柊…落ち着けよ…。」
「片付けでも掃除でもいいから!ダメでもいるよ!俺泊まってくから!だって心配なんだっ、一也のことが好きだから!!」
今まで言えなかった言葉がバカみたいに溢れて来る。
一也を目の前にして、一也のことがもっと好きになってしまったら、止まらなくなるんだ。
好きだって気持ちも一緒に溢れて止まらないよ…。
「わかったって。落ち着けって。ダメじゃないから。」
「ホ…ホント…?」
「うん。ダメなわけないだろ?」
「よ、よかった~…。」
俺は前より少しだけ、一也に近づけた気がした。
最初はサンタクロースなんて架空の存在、一也の正体を知ってからもまだまだ遠い存在だった。
だけど今俺の膝の上に寝ているのは、まぎれもなくサンタクロースだ。
俺の秘密の恋人で、自慢のサンタクロース。
「あの…、一也…。」
「ん~…?」
「仕事…するんじゃなかったの…?」
「ん?なんで?」
「俺もやるかな」なんて言ったのに、一也はそこから退こうとしない。
柔らかい髪が俺の服の上でさわさわと揺れて、その服を通して皮膚が擦れる。
まさかわざと…なわけないよね…?
「そ、その…あんまりもぞもぞされると…。」
「柊のここも元気になっちゃう?」
「な、な、何言って…っ!何エロオヤジみたいなこと言ってんの?!」
「あっ、痛…!」
エロオヤジなんて酷いことを言うつもりはなかった。
だけどあまりにも突然でびっくりして…。
もしかして、なんて思っていたことを一也に言い当てられてしまって動揺して…。
俺が勢いよく一也から離れると、一也の頭がゴンッという音をたてて床に落ちた。
「ご、ごめん…!一也あの俺そういうつもりは…!ごめんっ!!」
「いや、そんな謝らなくてもいいって。」
「だって一也がそういうこと言うから…。」
「うん、今のは俺がごめんだな。」
嫌というわけじゃない。
本当は俺だって、一也とそういうこと…。
自分行動とは逆にそんなことを考えてしまうのが恥ずかしい。
恥ずかしくて、また溶けそうになっちゃうよ…。
「さっき言ったもんな、クリスマスにって。」
「あ…あの…。」
「クリスマスまではしないから安心しろよ。」
「あ、安心って…。」
起き上がった一也が俺を抱き締める。
なんだか変だ…ドキドキしているのに、落ち着くなんて。
また眠くなってしまいそうなぐらい、心地が良い。
「風呂でも入って来るかな。その間に電話しとけよ?おばさん心配するだろうから。」
「う、うん…。」
「それとおばさんの息子に伝えといて。おにぎり美味しかったって。」
「き、気付いてたの……?!」
一也はくすりと笑って、お風呂場へ行ってしまった。
俺は近くに置いていた携帯電話を握りしめたまま、暫くボタンが押せなかった。
電話の向こうの母さんにまで心臓の音が聞こえてしまいそうで。
俺は再び期待と不安の中、部屋まで聞こえて来るシャワーの音に耳を傾けていた。
もうすぐやって来るクリスマスのことを考えながら。
END.
■この話は、キリバン79000の藍様よりリクエストで頂いたものです。
シリーズ途中の繋ぎ的役目もしているので、ここに置かせて頂きました。