秋も深まり枯れ葉が落ち始める頃、隣の家に住む一也は多忙な時期に突入していた。
雪が降ったとしてもほとんど積もらないこの地区で、冬の支度なんてものはまず必要がない。
じゃあ何かと言われれば、簡単に説明すると仕事関係だ。
冬の一大イベントと言えばまず思い付くのはクリスマス、それかお正月かバレンタインと言ったところだ。
一也はそのクリスマスに向けて、大忙しなのだ。
実を言うと俺は、去年までクリスマス以前に冬という季節が大嫌いだった。
まず寒いというだけで何もやる気がなくなってしまう。
朝起きて部屋の中が寒い時点でやる気がなくなる上、窓の外で雪が降っているのを見ようものなら学校を休みたくなってしまう。
そんな中一也は雪の中で子供みたいにはしゃぎ回っていた。
最初は正体不明のちょっと変わったお兄さんぐらいにしか思っていなかった。
正直言うと雪だるまを作ろうなんて言われると迷惑だとも思っていた。
それが変わったのは去年のクリスマスが近付いたある日だった。
それは俺が始めて知った事実で、後に二人だけの秘密になった。
『俺、サンタクロースだから。』
最初は信じられなかった。
サンタクロースなんて物語の中だけだと思っていたし、実際にいたとしてもヨーロッパの寒い方とかにいる真っ白なひげのおじいさんの姿しかイメージになかった。
だけどもっと驚いたのは、その秘密を明かしてくれた理由だ。
本来なら一般の人には言ってはいけない決まりになっていて、厳罰処分されるかもしれないというのに、そこまでして俺に話したかった理由が一也にはあった。
『俺、柊が大好きだから。』
初めてのキスは、ただ触れるぐらいのものだった。
だけどそこから身体中が熱くなって、その夜はほとんど眠ることが出来なかった。
俺は一也に言われる前から恋をしていたのだ。
鬱陶しいと思いながらも一也のことが気になって仕方なかったのは、それが原因だった。
それからはその恋に戸惑ってばかりだった。
クリスマスが終わってバレンタインには、一也は内緒でアルバイトまでしていた。
壊れたトナカイマシーンの修理代だけでなく、俺をトナカイマシーンに乗せるために。
二人乗りのトナカイマシーンはレンタルだったけれど、俺は心から嬉しかった。
だからホワイトデーには心を込めてお返しのクッキーを作った。
それからもう一つ、俺から一也にあげたものがある。
今でもその事実を思い出すだけで顔が真っ赤になってしまいそうになる。
誰かと身体を重ねたことなんか初めてで、あんなに恥ずかしいものだとは思ってもいなかった。
そしてあんなに幸せだとは思ってもいなかったんだ…。
あれからもう半年以上が過ぎて、もうすぐ二度目のクリスマスがやって来る。
俺の母さんと仲が良い一也は、ほぼ毎日うちにご飯を食べに来ていて、その回数が減ることで忙しいということはすぐにわかった。
そうすると俺は母さんの作ったおにぎりやら何やらを持って隣まで行く。
ちゃんと食べているのか心配だったし、少しでも一也の顔を見たくて。
「一也…、大丈夫…?」
「おぉ、柊~…大丈夫大丈夫。悪いな、また持って来てくれたのか?」
返事がなかったら勝手に入って来いと渡された合鍵で、この日も俺は家の中へ進んだ。
仕事部屋のドアを開けると、ひどく散乱した荷物の中に一也が埋もれていた。
右手は机にある何台かのパソコンのキーボード、左手にはカラフルなリボンを握っている。
猫の手も借りたいということわざを目の当たりにしたような気分だ。
「大丈夫じゃないよ…。」
普段からは想像もできないぐらい、一也はよれよれの状態だった。
髪はぼさぼさだし、服には包装紙だか何だかわからない欠片をたくさんくっ付けて、明らかに寝ていないのがわかるぐらい、目の下が真っ黒だ。
「おばさんのおにぎりか?俺これ好きなんだよなぁ。」
俺がぼそりと呟いたことなんか聞きもせずに、持って来たおにぎりに一也は手を伸ばす。
綺麗な指先が包装紙で切れてしまったのか、絆創膏や小さな傷跡がちらほら見える。
「…ううん…俺が……。」
本当はそれ、俺が作ったんだ。
母さんが作っているのをいつも見ているから、結構上手く出来たと思うんだ。
一也に食べて欲しくて、喜んで欲しくて…。
でも男が男に手作りのおにぎりなんて変だよね…。
ホワイトデーにクッキーを作った時だって恥ずかしかったのに、簡単に言えるわけがない。
それになんだかアピールしているみたいでわざとらしいし。
「中身何?」
「あ…あの……。」
「ん?たらこか?シャケか?なんでも美味いけどな。」
「う、うん……。」
一也はクリスマスまでずっとこんな状態なの?
そんなんじゃ疲れて倒れちゃうよ。
明るく振舞う一也に対して、本当の気持ちが言えない。
「どうした?お前こそ大丈夫か?」
「うん……。」
何か出来ることがないかって。
俺に出来ることがあれば手伝いたいって。
一也の傍で何か出来ないかって。
ずっと思っていた気持ちを、どうしても言うことが出来ない。
もし迷惑だって言われたら…そう考えると恐くて…。
「あ、もしかして柊も腹減ってるんだな?」
「へ、減ってないよ…。」
「いいっていいって、ほら、一緒に食お…。」
「ち、違うよっ!!減ってないってば!!」
どうして?
どうして一也は平気な振りをするの?
そんな笑顔まで作って、疲れてるくせに我慢なんかして。
そんな風にされたら自分のところには入ってくるなって言われてるみたいじゃないか。
俺の手伝いなんか、助けなんか必要ないって。
俺なんかいなくてもいいみたいに…。
「大丈夫だから。」
「か、一也……?!」
苛立ちを隠せない俺を見て、一也はふっと頬を緩めた。
そしてよれよれの身体で俺を抱き締めてくれた。
温かくて広い、一也の腕の中が心地良い。
この時期の一也にとっては一分一秒でも勿体ないというのに、このまま離れたくなくなる。
「俺がサンタクロースになった理由覚えてるか?」
「あ…えっと…、俺の父さんにプレゼント貰ったって…。」
一也がサンタクロースということのすぐ後に知ったのだが、実は俺の父さんもサンタクロースだったのだ。
一也が小さい頃プレゼントをくれたのがうちの父さんだった。
その時のことが忘れられなくて、ずっと父さんに憧れていた。
地方で単身赴任をしている父さんは、今ではサンタクロースの中でも随分とえらい位置にいるらしい。
俺の名前の「柊」も読み方は違うけれどクリスマスから来ているんだと一也は羨ましそうに言っていた。
「やっぱりクリスマスって最高だよな。」
「一也…。」
今度は自分がプレゼントをあげる側になる。
そんな思いで一也はサンタクロースになった。
途中で目覚めた子供に握手を求められたと言った時も、朝起きた時が楽しみだと言った時も、その子供達以上に嬉しそうにしていた。
「ごめんな、心配かけて。」
「ううん…、俺のほうこそごめん…。」
一也、ごめんなさい。
一也は本当に大丈夫なんだね。
疲れているのなんかどうでもいいぐらい、クリスマスが楽しみなんだ。
我慢なんかじゃなくて、それは一也の努力なんだ。
作り笑いなんかじゃなくて、クリスマスのことを考えて本当に笑っていたんだね。
「でも嬉しいな、心配してくれたのは。うん、すっげぇ嬉しい。」
「よ、喜んでる場合じゃないよ…。」
一也はどうしてこうもストレートに物は言えるのだろう。
大人になると色々と面倒なことが増えてうわべや誤魔化しで自分の気持ちなんか素直に言えなくなるのが普通なのに。
本当に子供みたいに純粋なんだ。
俺はそんな一也だから好きになったし、そんなところが今でも大好きだ。
「柊のためにも頑張らないとな。」
「え…?俺のため…?」
やっぱり俺は素直になれなかったけれど、その代わりにしっかりと一也にしがみ付いていた。
耳元で囁く一也の声が脳内まで蕩かしていく。
全身が熱くて、今ここが外で雪が降っていたら溶けてしまっていたかもしれない。
「準備万端にしとかないとデート出来ないだろ?」
「デ、デートって…。」
「またトナカイマシーン乗せてやるよ。今度はスーパーデラックスな?」
「スーパーデラックスもあるの?!」
「あるよ。もうレンタル済み…。」
「そうな………っ、ふぅ…んっ。」
冗談混じりに言う一也だけど、俺への気持ちが痛いほど伝わって来る。
ぎゅっと抱き締めた腕の強さからも、重なった唇からも。