だけどそんな逃避行も、長くは続かなかった。
まだ高校生だった俺達はもちろん自由に使える金なんてほとんど持っていなかった。
仕方なく野宿をしようにも、夜になると寒くて耐えられなかった。
ホテルに泊まるのは3日に一回、その他は夜間営業の店で夜を明かした。
それでもホテルや店に入れていたならよかった。
財布の中身はすぐに減って行き、とうとう俺達は食べることもままならなくなってしまったのだ。
家を出てから二週間。
俺達が2人だけで過ごしたのはたったそれだけだった。
自分達の力のなさに失望しそうになりながらも、とにかく生きることを優先しなければならない状況だった。
仕方なく俺達は最後に残った10円で家に電話をして、迎えに来てもらったのだ。
迎えに来た父ちゃん達には、それはもうこっぴどく叱られた。
それでも少しは俺達のことをわかってくれたかと思っていたのに…。
「はぁ?!見合いぃ?!」
「そうじゃ。帰ったらすぐに見合いじゃ。」
「ちょ、待てよクソオヤジ…!梢介の気持ちは…。」
「一夫、何を言っとるんだ。お前もだぞ。」
俺達は、もうすぐ高校卒業を間近に控えていた。
お互い八百屋を継ぐのは決まっていたし、結婚しようと思えば出来る年齢になる。
それを逆手に取って父ちゃん達は勝手に見合い話を進めていたのだ。
俺だって反抗はした。
出来る限りのことはしたつもりだ。
だけど大人の権力だとか世間体には敵わなくて…。
結局俺も一夫も、見合いで決められた相手と結婚することになってしまった。
「一夫、ごめん俺…。」
「いいんだ梢介。俺の方こそ…。」
「俺…、俺明日から別に人のものになっても…、一夫だけだから…!」
「梢介…俺もだ…!あぁっ、梢介ぇ!」
独身最後の夜、こっそり抜け出した公園で俺達は涙を流した。
一夫の胸の温もりを忘れないよう、一夫のことを一生愛することを誓うように、変わらぬ愛の誓いとも言えるような激しいセックスをした。
妻となった女はよく出来た女だった。
勝手に決められた見合いに文句も言わず、八百屋の仕事もよくしてくれた。
ただ、恋愛対象としては見ることが出来なかった。
しかし結婚したからには子供を作って、その子供を立派な後継ぎにしなければいけなかった。
俺は生まれて初めて一夫以外の人間と寝てしまった。
一夫もまた同じように俺以外の人間と寝て、翌年同い年の子供が生まれた。
俺はずっと考えていた。
もし子供が生まれたらきっと妻よりも一夫にそっくりなんじゃないかと。
俺のこの身体には一夫のすべてが入っている。
俺と一夫の仲はそんなに簡単に壊れるようなものではないのだ。
そんな祈りを込めて、子供には一夫の一文字を取った名前を考えていたのに…。
「は?彩?俺が書いたのは彩夫って…あー!!父ちゃん勝手に出生届変えたな?!」
「当ったり前じゃ!!どうせお前のことだから向かいの息子の一文字でも取ったんじゃろ!勝手に出しに行こうとしやがってまったく…ブツブツ。」
「いいじゃないかそれぐらい!!俺の中には一夫の血も精液も流れてんだっ!!」
「な、な、なんちゅー破廉恥なことを…!!お前なんぞ息子とは思わんわ!!」
父ちゃんが勝手に出生届の「夫」の字を消していたのに気付かずに出してしまったのだ。
既に時は遅し、気付いた時には受理されてから数日が過ぎていた。
俺の唯一の夢をぶち壊しにしやがって…。
だけどもう他に人間とセックスなんて出来ない…!!
一発で出来たから助かったけれど…、もう勘弁してくれ。
だって…だって俺は、入れるより入れられる方が好きなんだ…!!
一夫に入れて欲しい。
一夫の極太いキュウリが欲しい。
俺の中をめちゃくちゃにいじめて…。
あぁ一夫、一夫、アイラブユー、アイウォンチュー。
エル・オー・ヴイ・イー・カズオ…!
俺は言葉に出来ない思いを字に認めた。
花柄の白い表紙の日記帳は、まるで一夫との恋のように美しい柄のものだった。
俺は毎日毎日、寝る前に書き込んでは隠れて自慰を繰り返した。
やがて一夫も同じような思いで自慰をしてくれていたと知り、俺達はまた密会をしていた。
もうほとぼりも冷めている頃だろうと、父ちゃん達も疑ってはいないようだった。
だけどまさか妻がその日記を見つけて、しかも密会を見ていたとは知らなかったのだ…。
『お世話になりました。
有子さんと幸せになります。
あなたも一夫さんと幸せになって下さい。
真紀子』
有子さんと言うのは一夫の妻だった。
なんと妻は俺と一夫のことを相談しているうちに一夫の妻とデキてしまったというのだ。
さすがの父ちゃんもそれには気付かなかったようだ。
「た、大変じゃ…!じいさんが…!!」
悪いことというのは重なるもので、じいちゃんが店先で倒れていた。
持病が悪化したとのことだった。
すぐに病院に搬送されるも、容態は悪くなる一方で、ある日急変したとの連絡が入った。
俺達が駆け付けた時にはほとんど意識もなく、うわ言で最期の言葉を遺して逝ってしまった。
「向かいの誘惑には負けるな」と。
幸せになって下さい。
妻はそう言ってくれたが、俺は出来なかった。
じいちゃんまで亡くなり、これ以上父ちゃんに寂しい思いも悲しい思いもさせたくなかった。
だから俺は封印することに決めた。
一夫に対する恋心は、俺の中だけにしまっておこう。
そう決意して10年以上が過ぎた。
***
「本当か…?梢介…、今でも好きって…。」
「一夫…っ!」
「俺も大樹を大介ってつけようとしてうちのじいさんに反対されてな。」
「一夫…!一夫お前…!」
あの時と同じだった。
俺が一夫のことを思って自慰をしていた時見つかったあの時と。
俺達の恋の始まりと同じだった。
俺は一夫と抱き合い、再び恋人同士に戻ることが出来た。
そういう意味では息子達には感謝をしている。
「なぁーにが感謝だよっ。いい歳こいてバカじゃねぇの?」
これがその息子、彩だ。
俺の夢が叶ったのか、元妻に似ずに一夫にそっくりだ。
強気なところも、ちょっと口が悪いところも。
「そうかー?彩。我がオヤジながらちょっとカッコいいとか思っちゃったぜ俺。」
これが一夫の息子、大樹だ。
当然一夫と血が繋がっているわけだから、彩よりも一夫にそっくりだ。
顔も背格好も、若い頃の一夫の生き写しみたいだ。
「はぁ?お前バカじゃねぇの?!自分の親がホモなんだぞっ?いいのかよ!」
「おいおい彩~、いいも何もなぁ?俺達だってホモじゃねぇかよ。」
「な、バカ触るなっ!大樹やめ…!」
「そうかー?彩のキュウリは潤ってきてるぞ?」
そしてこの息子達も恋人同士になった。
そういえば俺と息子の彩が似ている唯一の点は、俺も彩もセックスの時女役ということだ。
「梢介、どうしたんだ?」
「いやぁ、幸せだなーと思ってな。」
「おっ、俺も幸せだぞ?梢介、愛してるぜ。」
「一夫…、一夫愛してる…!」
俺はうっとりとしながら一夫にもたれかかる。
周りでは彩と大樹が騒いでいたけれど、そんなことは気にしないことにしている。
俺と一夫を邪魔できるものなどこの世にはないのだ。
俺は幸せに浸りながら、一夫ときつく抱き合った。
END.