日本は今頃、梅雨の時期真っ只中だろう。
俺が住む、というか無理矢理連れて来られて住まされているリーベヌ王国にそんなものはない 。
一年中わりと安定していて、温暖な気候で過ごしやすい。
そのため観光客も年中来るし、もちろん日本からもたくさん来る。
金持ちな奴らなんかは別荘だって持っているぐらいだ。
「リゼぇ~、お昼ご飯ができたよ。」
「んー。」
ぽうっとしながら窓の外を眺めていた俺に話し掛けて来る奴。
俺がここにいる原因になった張本人のロシュだ。
こう見えてもこの国の国王の一人息子、つまりは王子だ。
来日した時に偶然会った男の俺に向かって突然好きだの嫁になれだの言いやがった。
俺も絶対にこんな奴とは、なんて思っていたはずが結婚までする羽目になった。
しかもその結婚もこの国の法律を変えてまで…。
なんだか思い出したらムカついて来たな…。
「どうしたのリゼ?」
「なんでもねぇよ。」
返事はしたものの立ち上がろうとしない俺の顔をロシュが覗き込んで来る。
俺はと言うとそんなロシュに対して素っ気無い言葉で返すだけだ。
「そーお?なんか元気ないよ?」
「別に、いつもと変わらないだろ。」
「あ…、もしかしてリゼ…。」
「な、なんだよ…。」
元々俺は元気ではしゃいでいるような性格でもない。
心配そうにしているロシュがもごもごとどもりながら顔を赤く染めている。
それはまだ許すとして、指先でもじもじするのはやめて欲しい。
俺よりデカい図体して、仮にも男のくせに。
「もしかしてアノ日、とか…、なんて!やーんロシュ恥ずかしい!」
「て…てめぇ…。」
「えっ、そうなの?ごめんね、気がきかなくて!」
「そんなもんなるか!!俺は男だ!!いい加減覚えておけ!!」
ロシュの耳を引っ張って、その中に向かって思い切り叫んだ。
ついでに頬を引っ叩いてやった。
誰があの日だ、ふざけるのもいい加減にしろ。
いつまで経っても俺のことを姫扱いなんかしやがって…。
ロシュよりちょっと身体が小さいだけじゃないか。
ちょっと、と言うかだいぶ、だけど…。
俺は勢いよく立ち上がって、部屋を後にした。
「その頬はどうしたのだ、息子よ。」
「お父様…、あのね、僕リゼを怒らせちゃったの…。」
「そうなのですか、リゼ殿。」
「ファボルトは黙ってて!これは僕とリゼの問題なんだから!」
この家ではご飯はほとんど、皆で食べることになっていた。
ロシュの父親、つまり国王はロシュの赤くなった頬を見て理由を訊ねる。
ロシュのお付きのファボルトも、アホでも何でも一国の王子なだけあって心配そうだ。
「ふぅん、リゼってばすーぐ怒るもんねぇ。」
「お兄ちゃんって昔からそうなのよね。」
「なんだよ那都まで。」
ロシュの従弟のロザと、俺の妹の那都まで俺も責める。
この二人はなぜか結婚までして、子供まで作ってしまった。
許さないと言った時は既に遅しで、婚姻届まで出していた。
その子供も無事に産まれて、今みたいな食事の間は近くでベビーシッターに見てもらっている。
「お兄ちゃん、ロシュのこといじめちゃダメよ?」
「いじめてなんかねぇよ、こいつが変な…あーわかったわかった。」
「どうしたの?そんな苛々して。」
「してねぇよ、勝手に決めんな。」
「もしかしてお兄ちゃん、女の子の日?なーんてね、ふふっ。」
「だからこいつがそういうこと言ったから怒ったんだろうが!!いい加減にしろよてめぇら!!」
俺はテーブルの上にフォークとナイフを突き刺した。
冗談でも言っていいことと悪いことがある。
那都もこんな奴じゃなかったのに、すっかりこの家に感化されて。
それで結局悪いのは俺だっていう風になるんだ。
「リゼ殿…、前々からこのファボルト申し上げたいことがございました。」
「あ?なんだよ?言いたいことあんならはっきり言えよ。」
「その言葉遣いはもう少しなんとかなりませんか?リゼ殿はこの国の王子の奥方で、王子はいずれは国王になるのですからその時は…(以下略)」
「奥方なんて勝手に決めるな。」
「いいえ!!貴方は奥方です!!ほらこの通り。」
「い、いちいちそんな紙切れ出すなよ!!」
俺がこんな風に言うと、ファボルトはすぐに婚姻届を出して見せる。
そんなもの出されたら俺は反論出来なくなってしまう。
だってそれにサインしたのは、間違いなく俺なんだから。
口では嫌だ嫌だ言っていても、ロシュのことが好きで自分で決めたことだ。
「このファボルトが一肌脱ぎましょう!」
「えー、僕ファボルトの裸なんか見たくないよ~、どうせならリゼのがいい~。」
「お、王子!なんと破廉恥な…!そのような意味ではございませんよ!」
「え?そうなの?まぁいいや、それで何?」
「な、なんと適当な…!わかりました、この際ですから王子も一緒にお受け下さい。」
「え…!!ぼ、僕も…?!」
急にファボルトの目つきが変わって、ロシュの顔が青ざめる。
一緒に、ということは俺も何かしなきゃいけないということだ。
一体何を受けろと言うのだろう。
「昼食後お二人の部屋にお邪魔しますからね、よろしいですね、王子、リゼ殿!」
この時のファボルトは、いつものファボルトよりも強く見えた。
ロシュは震えながらフォークを握っているし、ロシュの父ちゃん母ちゃんも気まずそうにしている。
ロザも何か知っているみたいなのに知らん振りしている。
本当に一体何だって言うんだ…?
「はぁ?特訓??」
昼食後、ファボルトに言われた通り、俺とロシュは部屋で待っていた。
俺から見たらこの家の中でもファボルトはまだ常識的な人間だと思っていた。
それがこの時から、変わることになろうとは思ってもみなかった。
「そうですよ、言葉遣いを始めマナーから王室の常識・歴史までこのファボルトがお教えしますから。」
「え…、やだよそんなもんやりたくねぇ…。」
「いけません!」
「はーい、僕もやりたくないでーす!」
「王子っ、我儘もいい加減にして下さい!まずはその言葉遣いから…いいですか、貴方は時期国王になるのですよ…(以下略)」
言葉遣い?マナー?王室の常識?歴史?
俺にとってはまったく必要のない物だ。
言葉遣いなんて今までこれで来たんだ、今更直せるか。
マナーなんて非常識にならなければいいと思うし。
王室の歴史なんて覚えてどうするって言うんだ。
俺だけでなくロシュもそれは嫌らしく、ぶーぶー文句を言っている。
「だいたいなんで俺がそんなもんやらなきゃいけねぇんだよ?」
「リゼ殿を立派な大和撫子にするためですよ。」
「あのな…、大和撫子ってのは女に使うも……。」
「屁理屈はいいんです!やると言ったらやりますからね!!」
屁理屈というか…、普通に間違ってたから言っただけなんだけど…。
俺としたことがファボルトの勢いに反論出来なくなってしまって、黙り込んでしまった。
ロシュもロシュで、小さくなってるし。
特訓だか何だか知らないけれど、俺には関係ない話だ。
そんなもんばっくれてやる、そう思っていたのに…。