七夕を一週間程前に控えたある日、遠野が言った。
「俺の家に来ないか。」
「は?」
「うちでは毎年七夕の日短冊に願い事書くんだ。」
「へぇ…。」
短冊に願い事、なんてなかなか可愛いことするじゃねぇか。
遠野って結構そういう乙女ちっくなこと好きなんだな。
ちょっと、いや、かなり俺そういうお前好きだぞ。
そんなのやらないっぽいから尚更。
こんなことで惚れ直す、なんて変だけど…。
「家族もみんなその日はいるし、門限延長届出せば…。」
「家族みんな?」
そっ、それはもしかして、家族のみんなに紹介します、ってやつか??
『この人がお婿さんになる人です』
なんてな!うわ…、俺、どう挨拶したらいいんだ?
そんなの初めてだぞ…当たり前だけど。
「名取?嫌なのか?」
「えっ、嫌なわけないだろ!行くよ。」
「そうか…。」
「遠野…。」
遠野が微かに笑った。
それはやっぱり俺にしかわからないぐらいだけど、嬉しいって意味に違いない。
「そうか、楽しみだな。」
「あぁ、俺も楽しみだ。」
本当に遠野は楽しそうだった。
だけど俺は忘れていた。
嬉しそうに笑ったのも、楽しみと言ったのも、いつものとんでもないパターンの前触れだってことを。
***
そしてそれに気付かず迎えた7月7日。
学校の授業が終わって、俺は寮の部屋で悩んでいた。
こういうのって、一体どんな格好してきゃあいいんだ?
姉ちゃんの旦那になる奴は、どんな格好してうちに挨拶に来たんだろ。
仕方ない、姉ちゃんに電話してみるか…。
「名取、行くぞ。」
「あぁ、ちょっと待ってくれ、今何着ようかと…。」
俺が部屋にあるクローゼットの前で携帯を握って立ちすくんで迷っていると、後ろから遠野が声を掛けてきた。
こいつの気配のない歩み寄りにもだいぶ慣れた。
「そのままでいい。」
「え…でも、ちょ…、遠野っ。」
「浴衣があるから。」
「えぇ??」
俺が着替えようとしているのにそれを無視して遠野は手を引っ張る。
まぁ高校生なんだから制服が一番いいんだろうか。
冠婚葬祭で着れるしな。
つーか浴衣?遠野んちで着替えろってことか??
わけわかんねーな。
しかし浴衣か…ちょ、遠野の浴衣姿とかちょっと見てみたいかもな。
色っぽいだろうな…、なんか想像したら興奮してきたぞ。
「まぁいらっしゃい、名取さん。」
「こっ、こんにちは…、いや、こんばんは!」
「ただいま。」
俺と遠野がその家に行くと、遠野の母ちゃんに出迎えられた。
緊張して挨拶間違えてるし、俺。
なんか熱烈歓迎されてるっぽくないか?
まぁ前に会った時、一応公認にはなったけど。
問題はその他の家族だよな…。
「あなた、名取さんがいらしたわよ。」
げっ…、遠野の父ちゃん??
それが一番恐いんじゃないかよ。
どうすんだ、
『うちの息子は嫁にはやらん!』
とか怒鳴られたら。
その前に息子が嫁ってのも変っちゃあ変だけどよ。
でも俺は遠野と一生共にすることを決めたんだ。
俺も男だ、ちゃんと意思を伝えないとな!
よし、心の準備はオッケーだぜ…。
「やぁ、いらっしゃい。」
うおっ!父ちゃん登場!
な、なんか母ちゃんもだけど美形一家だなこいつんちって。
それになんか睨まれてないか俺?こっ、こえぇー!
「はっ、はじめまして俺っ!」
「君にまず言いたいことがある。」
来たあぁ───っ!
どうする、どうするんだ俺っ!
いざこうなるとやっぱビビるもんだな…。
これは俺は、遠野を諦めなくちゃならないってことも出て…。
そんなの嫌だ!
いつの間にかこんなに遠野のことを好きになってたなんてな。
あぁ、遠野~、好きだー、反対されたら俺についてきてくれよー…。
「あの俺っ!」
「うん、君はやっぱりドレスのほうがいいな、なぁ?」
「えぇ、あなたのおっしゃる通り。」
「俺もそうじゃないかな、と思ってたんだけどよかったよ、相談して。」
────はい?
「じゃあ本制作に入ろう、布地は最高級のものでな。」
「まぁあなたったら張り切って。」
「それでよろしく、…あ、そういえばお兄様は?」
ちょ、ちょっと待て何が起きた??
なんか父ちゃんも変じゃないかっ?
「あぁ、龍之介が結婚するから拗ねてるみたいだな。」
「あの子ったら子供みたいねぇ…。」
「そうなのか…。」
兄ちゃんもいんのかよっ?しかもブラコンかよっ!
そんで兄ちゃんも変で、結局一家揃って変だし!
…そうじゃないかとは思ってたけど。
つか結婚はもう前提になってるのか??
「それでいいかね?ミワちゃんは。」
「────!!その名前っ!」
あれほど言うなって言ったのに…!
と、遠野のやつ…、なんてことを!
「俺は隠し事は嫌いだ。」
うん、わかってるよ、お前がそう言うことは。
あぁ、俺は…、俺の立場は一体…。
***
「名取…怒ってるのか?」
「…いや…。」
俺たちは二人きりで遠野の家の庭の七夕用に飾られた笹の葉の下にいた。
怒る気にもなれねぇよ。
別に本気で怒るつもりもない。
こいつは悪気があってやってることじゃないってわかってるから。
遠野のすることは全部俺のためで、俺を中心に回っていて。
そんな遠野だから俺は好きなんだと思う。
それに…。
「俺が悪かったのかもしれない…。」
「いや、いい、お前の浴衣姿も見れたし…。」
なんて、ちょっとカッコいいな、俺。
自分で言うのもなんだけど。
これで遠野も惚れ直すってもんよ。
「そうか。」
ホントはあんまりよくないんだけど。
俺は嫁っていうか、ドレスなんか着たくないし。
でもそれは今は置いといて、お前が予想してたより色っぽいし、今またちょっとだけ笑ったからいい。
「遠野…。」
「…んっ、んん…。」
俺は急に愛しさが込み上げてしまって、遠野の肩を掴んでキスをした。
どうせ遠野の父ちゃんも母ちゃんもここにはいない。
このバカみたいに広い庭だ、近くにはいない。
「遠野、していいだろ?な?」
「…んっ、それがお前の願いか…っ?」
「そうだよ、お前とずっとこういうことしたい…。」
「お…、俺の願いは…っ。」
激しいぐらい舌を絡めてキスを繰り返す。
遠野の唾液と俺の唾液が混ざり合って、口の端から零れ落ちる。
ここでやめれるかってんだよ!!
「俺もしたい場合はどうすればいいんだ…っ?」
「…は?…うわっ!」
突然俺の今度は肩が掴まれて、庭の芝生に叩きつけられた。
どこからこんな力…。って、誰かいる…??
「龍之介っ、寂しいけど頑張って!」
「ありがとうお兄様!」
「は??お兄様ってうわっ、何すんですかっ!」
そこにはこれまた遠野(っていうか母ちゃんと)そっくりの兄ちゃんらしき人物が、赤い目をして、俺の足を掴んでいた。
一瞬で把握できた。
兄ちゃんは拗ねていたけど、協力する気になって、俺を嫁役に───??
そんなバカな!いや待てよ、さっきの遠野の笑いってこういう意味だったんじゃ…!
「俺の願いはこれだ。」
俺の上には、さっきのちょっと、を通り越して満面の笑みを浮かべる遠野がいた。
手に情熱的な赤の短冊を持って。
『名取くんをお嫁さんにして下さい。 遠野龍之介』
「家族全員に挨拶もしたことだ、今夜は初夜の練習だ。」
「そんなんしなくていいって!つか門限っ!」
「大丈夫、それまでには終わらせるから。着替えたから制服も汚れない。」
「そのためかよ!…いい!いいって言ってるだろ───…!!」
俺は果たして、この家族の中でいつまで貞操?を守れるのか。
なんだか今すぐにでも奪われそうな気がするのは俺だけか?
頼む、俺だけであってくれ!
俺の後ろを奪わないでくれ遠野───!!
今の俺の一番の願いは、これなのかもしれない。
END.