小さな鳥の鳴き声が、遠くで聞こえる。
まだ辺りは活動をしていないようで、本当に静かだった。
「おはよう、柊。」
「お、おはよ…。」
薄暗い部屋の中で、一也に抱かれたまま朝を迎えた。
触れ合って擦れ合った肌が視界に飛び込んで来て、どうしていいのかわからずに目を逸らした。
朝になると、こんなに恥ずかしくなるものなんだ…。
夜は応えるのに必死で気付かなかったことが明るみになる。
それはまるで、外と同じように、空がだんだんと明るくなっていくみたいに。
「大丈夫か?」
「う、うん…、た、多分…。」
「無理するなよ?何か持ってくるか、飲み物。何がいい?」
「か、一也…!」
この心臓の音が聞こえませんように。
真っ赤になっている顔を見られませんように。
体温が上がってしまっているのを気付かれませんように。
そう祈っていたけれど、もう限界だった。
「何?どうかしたか?」
「あの…、あ、あんまりその…、そういう風にされると…、は、恥ずかしいから…!」
「そっか。恥ずかしいんだ。」
「ま、また子供扱い…!」
「してないよ、そういうの可愛い。」
「ま、また可愛いって言う…。」
そんな風に片付けられたら、何も言えなくなるじゃないか。
子供扱いしてない、絶対してると思っても、それでもよくなるじゃないか。
一也のそういうところはずるくて、でも憎めないんだ。
俺って、こんなに一也のこと…好きなんだ…。
「おばさんにバレないうちに帰らないとな。」
「うん、そうだね…。」
「ちゃんと窓まで送って行くから。」
「それじゃバレた時もっとヤバいよ。」
身体を気遣っているのか、俺の恥ずかしさを気遣っているのか、一也はそんなことを言って笑わせてくれた。
どうしてそんなに優しいんだろう。
恋人になって、気付いた一也のそういうところに、いつも感動してしまう。
それは恋が深まるほど、大きくなって行くんだ。
そうやって、いつか愛って言えるようになれたらいいな…。
布団の傍に綺麗に畳んだ服を着込んで、完全に夜が明けてしまわないうちに、きちんと玄関から、母さんに見つからないように自分の家に戻った。
最後まで一也は窓まで送ると言って聞かなかったけれど。
***
大丈夫だとは言ったけれど、その日は一日中全身がだるかった。
これほど学校というものが面倒だと思ったことはない。
自分勝手だと思われるけれど、できれば休みたいぐらいだった。
前の日からの寒さは、やがて雪を降らせた。
ホワイトデーの次の日に雪というところが、なんだか可笑しいと思った。
当日に雪が降らなかったのは、あの夜のせいかもしれないだなんて、調子のいいことまで考えてしまう自分が恥ずかしい。
それから何日か過ぎて、その安定しない気候も通り過ぎ、季節はいよいよ春を迎えようとしていた。
日中は眠くなるほど陽射しが暖かくて、コートももう要らない。
膨らみ出した花の芽を見て、その春の到来を心待ちにする日々が続いた。
それでもこの冬から変わらないものがある。
玄関の扉を開けて、自分の部屋に荷物を放って、もう一度外へ出る。
「お、柊、今帰ったのか?」
緑が鮮やかになり始めたその庭に、今日も一也が待っている。
今度は何をしようとしているのか、車庫でトナカイマシーンを調整していた。
「次は子供の日か、やっぱ。結構先だなー。」
「またアルバイト?バレたら大変なんでしょ?」
「バレないようにやるんだよ。」
「うーん、それならいいけど…。」
一也がいたら、一年中がクリスマスみたいだ。
毎日プレゼントのことを考えて、サンタクロースって結構楽しそうだなぁなんて思ってしまった。
それを一度口に出したら、じゃあ柊も一緒にサンタクロースになろう、なんて言われたけど。
俺はやっぱり、一也の話を聞いてるだけでいい。
寒いのは苦手だし、一也みたいにみんなに笑顔で配るなんてできなそうだからだ。
それから、一也を待っている方が楽しいから。
「見てろよ、いつか本物のトナカイに乗せてやるから。」
「うん、楽しみにしてる。」
今はまだ、この恋も一也の修業も途中だ。
見えないけれど、確実な未来に向かって、歩いているところ。
きっといつか、一也は立派なサンタクロースになる。
その時は、今度こそ、眠らないようにして、待っているつもりだ。
「柊ー、雪だるま、作りたいよなぁー。」
そう、一也が大好きな冬を待っているみたいに。
END.