「やっぱり寝てた。」
「…え……、あ…、か、一也…っ!」
温かい布団に包まって、一也を待っていた。
その待つというのも、必ず来てくれるとわかっているから、全然苦にはならない。
逆にわくわくして、楽しみで仕方がなかった。
だから眠れないと思っていたのに…。
その心地いい温かさの中で、急に冷たいものが頬を突いて、目を覚ました。
「ご、ごめ…、俺寝るつもりは…!」
「いいよ、寝てていいって言ったし、柊の寝顔好きだから。」
「ご、ごめん…。」
「だからいいって、そんなに謝るなよ、な、柊?」
それでも起きて待っていたかった。
笑顔で帰って来る一也を、笑顔で迎えてあげたかった。
外はあんなに寒いのに、自分だけぬくぬくとしていたくもなかった。
反省しても、寝てしまったものは取り消せないけれど。
「あの、一也、お疲れ様。外寒かったよね?」
「うん、もう3月なのにな。雪でも降るかもな。」
「ごめん、そんな寒いのに、俺自分だけ…。」
「だからいいって、大丈夫、寒いの俺好きだから。サンタクロースだもんな。」
この冬までは、考えもしなかったサンタクロースの存在。
こんな会話が普通にできることも、今までは考えていなかった。
それから、一也とこういう関係になることも、予想なんかできなかった。
優しく微笑った一也が、冷たい手で頭を撫でる。
仕事帰りの一也だけど、さすがにあのサンタクロースの衣装ではない。
いつも着ている黒いコートの袖を、きゅっと引っ張って頭を傾けた。
「でも俺、やっぱり寝ないで待ってたかったな…。ごめん、一也。」
「もういいって。今起きてるだろ?」
「お詫びに何かできればいいけど…。」
「そんなことしなくていいって。」
あんなクッキーだけじゃお返しになんかなっていない気がする。
こんなに一也はたくさんのものをくれたのに。
もっと一也の役に立てたらいいのに。
もっと一也の喜ぶことがしたいのに。
何もできない自分が、悔しい。
それでもいいと言う一也が、優し過ぎて泣きたくなる。
好き過ぎて、しがみ付くことしかできない。
「けど…。」
「ん…?」
預けた身体が、きつく抱き締められた。
一也の心臓が、すぐ傍にあって、その音が耳の中で反響する。
とても気持ちのいいリズムなのに、なんだかこの時だけは違っていた。
それは多分、一也も緊張していたせい。
「そんなに言うなら、もらっていい?」
「うん、何?」
「柊。」
「……え!」
柔らかな空気を掻き切るような声を上げてしまった。
一瞬にしてまどろみから覚めて、現実を受け入れようとする。
今…、一也…、言ったよね…。
あの時と同じ言葉、俺が欲しいって。
「俺、柊が思ってるほど大人じゃないから。」
「そ、そんなこと…。」
「我儘で、贅沢で、もしかしたら柊より子供かもな。」
「そんなことないよ!」
一也が笑ったのが、動いた胸元でわかった。
今まで我儘なんて思ったこともない。
贅沢だと思ったこともない。
我儘で贅沢なのは俺の方だ。
一也がこんなに我慢してたのに、誤魔化すことしかできなくて。
子供だっていうのを言い訳にして、そのことから目を背けて。
「柊…?」
「そんなこと…。もしそうでも、それでも俺、一也が好きだよ?」
「そっか、よかった。」
「あの、だから…、その…。好きだから…。」
安心した一也が、不思議そうにしながら次の言葉を待っている。
早く言わなければ、過ぎる時間の分だけ恥ずかしさも増す。
早く一也に、自分の気持ちを言わなきゃ…。
コートの袖を握った手が、汗で濡れている。
その手でもう一度、ぎゅっと強く握り直して、口を開いた。
「だから一也の欲しいもの、あげてもいい?」
***
「……ん…っ。」
優しいキスは、回を増す度に激しいものに変わる。
こっそり家を抜け出して、今は一也の部屋に二人きり。
ぼんやりとした部屋のスタンドライトが、キスを一層甘く艶めいたものにする。
「柊?触っていいか?」
「うん…、…ん……っ!」
優しいベージュ色の毛布の中で、何も纏わないでいた。
初めて自分の皮膚に直に、他の人間が触れる。
一瞬驚いたけれど、繰り返される愛撫に、だんだんと酔ってしまう。
触れ合う快感の波が、みるみるうちに押し寄せて、何度も声を上げた。
「ゆっくりでいいから。無理はするなよ?」
耳元で囁く一也に、身体も心も全部預けた。
何しろ人生初の恋人だから、こういうことも人生初なのだ。
慣れていないのは当たり前、どうすればいいかもわからない。
もしかしたら、何か間違ったことをしているかもしれない。
それでも一也はいいと言ってくれて、そんな自分を好きだと言ってくれる。
こんなに好きでいてもらえて、幸せだと思った。
「…あ、一也……ぁ!」
羞恥心だとかはもうどうでもよかった。
ただ一也に身を任せて、一也を感じて、愛してあげたい。
何もできなくても、精一杯のことをすればいい。
そうすればきっと、一也は笑顔を見せてくれるから。
「……ん…っ!あ、あぁ………っ!!」
その最中のことはほとんど覚えていないほど、熱に浮かされていたみたいだった。
覚えているのは、一也の体温と、囁かれた言葉の数々だ。
好きだと、愛していると何度も言ってくれて、繋がった時と達した後には、思った通りの笑顔を見せてくれた。
それから綺麗に身体を拭いてくれて、何もしないまま裸で抱き合って眠った。
こんなに幸せな気分で眠ったのは、今までに経験したことがなかった。