もう3月も半ばだというのに、その日は朝から凍えそうな寒さだった。
寒いからという理由で嫌いな冬も、もうすぐ終わろうとしていたのに。
けれど今年の冬だけは、全部が全部が嫌だったわけじゃない。
それはもちろん、人生初の恋人ができたこと。
誰にも言えない、秘密の、自分だけのサンタクロース。
「またやってるの…?」
「んー?」
「バレンタインの時のやつと同じことしてるでしょ、それ。」
「おー、よくわかったな柊。」
その恋人、職業サンタクロースという一也のところへ行くと、また部屋の中でたくさんの箱や包み紙に埋もれていた。
バレンタインの時に、チョコレートを届けるというアルバイトをして、それが成功したものだから、ホワイトデーもやることにしたようだ。
そのアルバイトをすること自体も、サンタクロースの上司には内緒らしい。
「バレンタインとまではいかないけど、案外すごいぞ、金額が違うよな、ホワイトデーは。」
「ふーん…。」
「やっぱ女の子には倍返しってのは本当だなって思ったよ。」
「へぇー…。」
確かに見る限り、数量的にはバレンタインよりも少ないように思える。
そして一也の言う通り、バレンタインはチョコレートが圧倒的に多かったけれど、ホワイトデーはクッキーやキャンディーの他に、たくさんの付加プレゼントが見える。
高級ブランドのバッグや時計やアクセサリーなんかが入っているんだろう。
それぞれのブランドの箱の大きさで、だいたい中身も想像がつく。
実際女の子も、その倍返しを求めてバレンタインにあげると聞いたこともある。
そういうのって、ちょっとお得というか…ずるいような気もするけど…。
「…柊?」
「わわっ、び、びっくりした!な、何突然っ!」
ホワイトデーのことを考えていたら、ついぼんやりしてしまっていた。
気が付くと一也の顔が目の前にあって、びっくりして大きな声を上げる。
「ごめんな、つまんなくさせて。」
「えっ、そんなことないよ!一也は仕事なんだもん。」
「でも、学校終わって急いでうちまで来ただろ?」
「え…、な、なんでわかるの…?」
いくら一也でも、その日その日の帰宅時間なんてわからないと思った。
この時期は特に雪で交通機関が遅れたりするし、高校生が毎日真っ直ぐ帰ってくるとも限らない。
いや、自分の場合、真っ直ぐは帰って来てはいるけれど。
もちろんそれは、早く一也に会いたいからで…。
つまりは一也の言うことは当たってはいる。
だからと言って、そこではいそうです、なんて、恥ずかしくて言えない。
「外寒かったろ?」
「うん。」
「頬っぺた、ちょっと紅いから。」
「えっ、な、なんかそれやだなぁ…。」
「そんなことないよ、可愛いから。」
「か、可愛いって…!一也その褒め方……っん…!」
何かと言うと一也は同じ男の俺のことを可愛いと言う。
嬉しそうに、笑顔を浮かべて、その後はこうしてキスをしてくれる。
本当は可愛いなんて言われてもあんまり嬉しくないのに、そのキスだけで、全部許してしまう。
「あ、あの、一也…、その…。」
「何?どうした?」
唇を重ねた後、紅いと指摘された頬にまで口づけられる。
これじゃあ寒さのせいじゃなくて、その行為のせいでもっと真っ赤になっちゃうよ…。
熱っぽくて、何も考えられなくなってしまいそうなんだ…。
「こ、これ、お返し。えっと、バレンタインの…。」
「柊から?俺に?」
「う、うん…、あのチョコレート、すごく嬉しかったから。」
「俺も今嬉しいよ。」
今日急いでここに来た理由。
バレンタインの日に、一也はとても素敵なプレゼントをくれた。
雪の結晶のチョコレート、トナカイマシーンに乗せてくれたこと、それから空中で何度もしたキス。
あんなにいいものをもらったんだから、それ相当のお返しをしなければいけないと思った。
あの時一也が言った言葉を思い出した。
『悩む必要なんてないだろ?俺が欲しいものは柊だけなんだから。』
そう言われることが一番悩むというのに。
『予約だけ。』
そう言って付けられた首筋の予約の印は、あの後すぐに消えてしまった。
だけど一也はそれ以来、何も言って来なかった。
キスをしても、それ以上進もうとしないし、求めても来なかった。
もしあの時の言葉を覚えていないのなら、ここでその話をするのは恥ずかしいだけだ。
そう思って、自分なりのお返しを準備したのだった。
「お、美味そうなクッキー。あれ、もしかして雪だるまか?」
「うん、昨日の夜作った…。」
「え?作った?柊が作ったのか?これ。」
「うん、母さんに教えてもらって…。あ、あんまり綺麗にできなかったけど…。」
クッキーの作り方を教えて欲しい、そう言うと母さんは驚いていた。
それはそうだ、高校生の息子が突然そんなことを言ったのだから。
明日はホワイトデーで、友達が女の子にバレンタインのお返しをするクッキーを、
手を怪我してしまってどうしても友達本人が作れないから、代わりに作ってと頼まれた。
ない頭をひねりにひねって考えた言い訳だった。
妙な顔をしていた母さんも、必死になって言うとなんとなく納得して、教えてくれたのだ。
「嬉しいな。すっごい嬉しいよ、柊。」
「ほ、本当…?」
「当たり前だろ、柊が俺だけのために作ったんだもんな。愛情たっぷりで。」
「それは…、そ、そうだけど…。」
愛情たっぷり、だなんて目の前で言われたら、もっと熱が上がってしまいそうだ。
一也はいつもこういう台詞を照れもせずに言う。
そういうところが、大人で、でも素直で無邪気で、凄く好きなところだ。
「今日はさ、バレンタインよりは早いと思うから…。」
「うん、待ってる、寝ないで待ってるよ、俺。」
「ふ…、寝ててもいいよ。」
「ううん、寝ないで待ってる。一也も頑張ってるもんね。」
額にちゅっとキスを受けて、名残りを惜しみつつ、一也の部屋を後にした。
こういう時は邪魔しちゃいけない。
邪魔することによって、会える時間も遅くなる。
それに、一也が頑張っているところも、好きだから。
みんなの笑顔が見たいって、プレゼントを届けて来た後のあの笑顔が好きだから。
だから今は我慢して、夜を待てばいい。
あの一也が嬉しそうにして、窓を叩くのを。