たった2日間。
一也と会えなかった時間が終わろうとしていた。
普段毎日会っているっていう習慣は、恐いと思った。
一也はあれからずっと忙しくて、ご飯も食べに来なかった。
電話をしてしまうと、声を聞いてしまうと会いたくなるから、
メールでご飯を誘うと、申し訳なさそうに断りの返事を寄越した。
携帯電話に向かって頭を下げているところまで想像ができる。
そういうところも、好きなんだ。
バレンタイン・デーの今日も、静かに雪が降っている。
物凄く積もるような雪ではなく、さらさらと、まるで雨みたいに優しい。
それでも雪が降っているのだから、外はとても寒いだろう。
一也は暖かくして配達に出掛けただろうか。
2日前から母親と2人きりの夕ご飯になって、それも済ませた。
お風呂にも入って、普段なら後は寝るだけだ。
でも、今日は一也を待っている特別な日だから。
一也のことだけを考えていたら、なんだかとても幸せな気分になって、いつの間にかうとうとしてしまっていた。
「柊…、柊。」
「……ん…。」
「おはよう、柊。夜中だけどな。」
「…わ。びっくりした…!」
窓を超えて、一也がすぐ傍まで来ていた。
用心のために、ちゃんと鍵はかけておいたんだけど。
頬を冷たい指先が突いて、目を覚ました。
電気の消えた暗い部屋に、一也の笑顔が眩しい。
「待たせてごめん。行こうか。」
「ううん、お疲れ様。…行くってどこに?」
「いいからついて来いよ。あ、あったかくしてな?」
「一也?」
本当は来年のクリスマスの約束だったけれど。
どうしても我慢ができなかったんだ。
この夜の空から見える街を見せたかった。
一也は少し照れたように告白して、トナカイマシーンに乗せてくれた。
窓の外に浮かんでいるものが、なんだか前に見たトナカイマシーンと違うなぁと疑問に思って訊ねた 。
「トナカイマシーンデラックス。すごいだろ?屋根付き2人乗りだぜ?」
手を引いてくれた一也の笑顔はあの時と同じだ。
クリスマスを楽しみにしていた時の、子供みたいな笑顔。
プレゼントをあげたら子供が喜んで、握手までしたと、その子供以上に子供みたいだった。
自分よりも背も高くて、年齢も上なのに、一也の心は子供みたいに純粋なんだと思う。
そんな一也と一緒にいられるのが嬉しい。
「あ、レンタルな?前見せたの、修理中なんだよ。実はそれで金かかり過ぎてバイトしたんだけど。 」
現実味のない現実の話に、思わず吹き出しそうになる。
自分の知らなかったサンタクロースの話は、聞けば聞く程面白い。
サンタクロースがアルバイトなんて、考えたこともなかった。
その前にサンタクロースが存在するなんてことも信じていなかったし。
「わぁ…、すごい…。」
「綺麗だろ?一度柊とドライブしたかったんだよ。」
そのドライブ、が空というのは、多分あまり経験できる人はいない。
ちょうどよく雪も止んでいて、街中がよく見える。
まばらになった住宅地の明かりが、空にいるのに逆に空を見ているようで不思議だった。
ところどころ明かりが集中しているところは銀河で、チカチカ点けたり消したりしているのは星の瞬きみたいだ。
そして自分達の走っているそりの後ろからは、流れ星が流れている。
「はい、柊。」
「何?」
「今日は…、あ、もう過ぎたけど、バレンタインだろ?」
「あ…。」
トナカイマシーンデラックスは、空中に浮いたまま止まる時間が長いらしい。
一也の腕時計を見ると、もう夜中の12時を過ぎてしまっていた。
差し出された小さな包みの銀色のリボンを、崩れないように丁寧に解く。
箱の中には、小さな雪の結晶の形をしたチョコレートが重なっていた。
「俺のおすすめ。そんで一番人気だったんだこのチョコレート。」
「すごい、綺麗だね…。」
「売り切れだったのこっそり確保しといた。」
「か、一也…。」
「ん?どうした?」
「一也、す、好きだよ…。」
どうしてこの人は、こんなに喜ぶことばかりしてくれるんだろう。
自分が何もできないのが悔しくなるぐらい。
好きだという言葉がなくても、その思いが全部伝わってくる。
あんまり嬉しくて、自分の思いを口にしながら、泣きたくなってしまった。
「柊、俺も好きだよ。ほら。」
「うん……、……っ!一也…っ。」
「ハッピー・バレンタイン。」
「一也ってば…。」
白い雪の結晶のチョコレートを一欠け、一也の唇が運んでくれた。
空中に浮かびながらするキスは、チョコレートよりも甘くて、蕩けてしまいそうだった。
雪が止んだのはこのせいかなぁ、なんて思ってしまった自分が恥ずかしくなった。
「あ、でも俺、一也に何も準備してなかった…、ごめん…。」
「ん?いいよ、ホワイトデーに期待してるから。」
「そう言われると悩むなぁ…。」
「今からか?」
そうやって、また子供扱いする。
今はその台詞はやめておこう。
抱き締めながら笑った一也が嬉しそうだったから。
多分一也はこのままの自分を、好きだと思ってくれているんだ。
「悩む必要なんてないだろ?俺が欲しいものは柊だけなんだから。」
「えっ!」
「そんなビビるなよ、さすがに空中じゃ何もできないって。でも…。」
「一也…っ、ん…っ!」
何もできない、と言いながら、一也の髪が自分の首よりも下に落ちる。
マフラーを解かれて、着ていたコートのボタンを2つだけ外される。
首筋を強く吸われる感触に驚いて、うっかりそりから落ちそうになってしまった。
「予約だけ。」
***
翌朝、なんと俺は熱を出してしまった。
寒い中空中ドライブなんかしたせいか、あの行為のせいか。
それとも一也に熱を上げているだけなのか。
鏡で見るまでもなく、首筋には予約の印が残っていた。
「おかしな子ねぇ、エアコン付けっぱなしで寝てたんでしょ?」
「うん…。」
帰って来てからガンガンにエアコンを付けたまま寝ていた。
朝になって母親が部屋に入って来た時その暑さにびっくりしたぐらいだった。
そんな中熱なんか出しているもんだから、それはおかしいと思うのは当然だろう。
「そういえば一也くんも風邪なんですって。変よねぇ。」
「うん、そうだね。」
布団に潜りながら、思わず笑みが零れた。
秘密のことに、ドキドキもする。
そんなたくさんの思いを、一也と一緒に感じていけたらいい。
この冬が終わっても。
happy,st.valentine's day!
END.