クリスマスから、2ヶ月と少しが過ぎた。
隣に住む一也がサンタクロースだと知って、そしてその一也が恋人になって、同じく2ヶ月と少しが過ぎていた。
今年の冬はとても寒くて、今日も雪なんか降っている。
冬が大嫌いだった俺だけど、少しだけ冬が好きになったのも、一也のお陰だ。
「一也ー?母さんがご飯…。」
相変わらずうちの母さんは一也に甘い。
他人なのにほぼ毎日ご飯を食べさせてやっている。
ついでだからいいのよぉ、なんて言っているけれど、明らかに一也の好きなおかずの時とかあるんだよね…。
それで一也が喜んでいるの見て自分も喜んで。
本当は、俺だって嬉しいんだけど…。
毎日一也と会えること、ご飯を一緒に食べられること。
そういう意味ではミーハーな母さんに感謝しなければいけないかもしれない。
「一也ー…?勝手に入っちゃうよー?」
今日も夕方になって、母さんが呼んで来いと言うので、一也のところまで行った。
いつもなら、すぐに出て来てくれるのに、今日は返事もない。
どうしたんだろ…?
鍵もかけずに出掛けちゃったのかな…?
一也に聞こえているかはわからないけれど、お邪魔します、と一言呟いて家の中へ上がった。
「うん、そうそう、ホワイトをあと20個、いけるか?だから売れてんだって。」
「かず…。」
「うん、そっちのはいい。あとナッツのやつも。うん、頼むわ。」
「あ…。」
電話を片手に、一也は俺に気付くと挨拶代わりに手を挙げた。
仕事中、だったんだ…邪魔しちゃったかな。
入り口の引き戸のところで立ったまま部屋の中を見ると、絨毯の上にはたくさんの数のプレゼント包みやらリボンやらが散乱している。
ピンク色や、赤や、温かい色合いのものが多い。
それからなんだか甘い匂いもするような…。
3分程経って、一也は電話を終えたみたいだった。
「これ…、どうしたの?」
「ん?バレンタインのチョコレートだよ。」
「バレンタイン?一也と何か関係があるの??」
「んー、内緒にしてな?」
内緒。
一也と恋人同士になってから、その言葉を使うのが多くなった気がする。
一也がサンタクロースだということは内緒。
母さんには内緒、実は一也の尊敬するサンタクロースだった父さんにも内緒。
こうして、二人でいる時にキスをするのももちろん…。
耳元に一也の唇が近付いて、一瞬だけ耳朶に触れてしまった。
心臓がドキリと跳ねるように振動して、身体中が熱くなる。
引き戸に優しく押し付けられながら、触れるだけのキスを数回交わした。
「アルバイト。」
「……へ…。」
「アルバイトでバレンタインの配達してるんだ。」
「そ、そうなの…?」
にっこり笑った一也は、俺の頬に手を添えたまま、その秘密を教えてくれた。
キスされた唇も、今触れられている頬も、火傷したみたいな温度まで上がっている。
開いた瞼の裏側に、微かに涙まで滲んでいそうだった。
「柊、大丈夫か?」
「…え……?何が……?」
「ぼーっとしてる。」
「…あ、ご、ごめん!えーと…。」
どうしよう…、一也のキスに浸っちゃってたよ…。
それも数回された軽いものなのに。
あれからどんどん病気が酷くなっているみたいだ。
一也が好きで堪らない病、みたいなやつ。
もちろんそんな病気にかかっているのはこの世で俺一人だけ。
「バレンタインに、離れて会えない恋人同士もいるだろ?」
「…うん。」
「だから注文受けて配達してんだよ。包装もやったら金もいいし。当日配達だからか好評なんだこれが。」
「でも…、アルバイトなんてしていいの?」
「うん、だから内緒な?」
「うん…。」
一也と俺だけの秘密。
とても恥ずかしくてくすぐったい。
額にちゅっと音をたててキスされて、髪を撫でられる。
気持ちよくて、時間が経つのも忘れてしまいそうだ。
できるならこのまま何時間でも……。
「ご、ごめん、忙しいんだったね。ご飯…、母さんにおにぎりにしてもらおうか。」
「あー…でもさすがに悪いだろそれは。」
「ううん、それで俺もここで食べるよ。」
「柊…?」
一也の邪魔をしちゃいけない。
だけど一緒にいたい。
自分では気付かないそんな我儘な思いが、我儘な行動をさせてしまう。
母さんは喜んでおにぎりだって作ると思ったし。
「柊、可愛いな。」
「え……?!」
「二人きりになりたくて仕方ないってわかる。」
「や、あの、それはその…!!ご、ごめんなさいっ。」
一也に言われて自分の欲望に気付いた。
こんな迷惑をかけて、これじゃあ一也のお荷物になってしまう。
恋人になって、そこで満足できないのは、人間の厭らしいところだ。
ぎゅっと目を閉じて、自分の情けなさを省みると、ふわりと一也の腕が包み込んでくれた。
「謝る必要なんかないだろ、俺もそう思ってるんだから。」
「ほ、本当…?」
「俺は柊に嘘なんか吐かないけど?」
「一也…っ。」
今度はさっきよりも激しいキス。
口内に一也の熱い舌がするりと入って来て、隅々まで探られる。
絡まった唾液が濡れた音をたてて、恥ずかしくて思わず耳を塞ぎたくなった。
唇の端から零れる唾液を一也が舐め取って、そのまま頬にもキスされた。
「柊、バレンタインは一緒にいような?」
「でも配達あるんじゃないの…?」
「また、待っててもらっていいか?頑張って早く終わらせるから。」
「ううん、遅くなってもいいよ。俺、待ってるね。」
このままここにいたら離れられなくなる。
一也もそれがわかっているのか、明後日のバレンタインの話をして、名残り惜しそうにキスから解放した。
あのクリスマスの時みたいに、待っているのが楽しみになった。
一也はまたトナカイマシーンで窓から来るのだろうか。
クリスマスじゃないからあの衣装は着ないだろうな。
色々な想像に胸を弾ませながら、隣にある自分の家まで帰った。