「…はい、わかってます。すいません。ええ…。」
翌朝、一也の腕の中で眠っていると思った俺は、その温もりがないことに気付いて目が覚めた。
隣にいるはずの一也はベッドに腰掛けて、電話で話している。
サンタクロースも携帯電話使うんだ…なんか面白い。
起こさないようにと気遣ってくれているのだろうか。
話す声が内緒話の時の大きさだ。
「一也…?」
「あっ、すいませんわかってますから、また後で。」
名前を呼ぶと、慌てて一也は電話を切ってしまった。
なんか、態度が変…?
俺に見つかるとまずかったって感じ…?
「電話、いいの…?」
「あぁ、うん。」
「なんか俺邪魔しちゃった?一也慌ててた。」
「そんなことは…。」
なんか変だよ、一也。
なんか隠してるみたい。
いつもみたいにはっきり言いたいこと言わないで、どもってる。
表情も強張ってて、俺、悪いことしちゃったのかな。
聞いちゃいけないこと、聞いちゃったとか。
いざ両思いになると、相手のことを余計知りたくなるんだ。
恋ってちょっとだけ、厄介だなぁって思う。
「あのさ、柊、話があるんだ。」
「うん…。」
差し出された手帳のような書物を、一也がめくって見せた。
そこにはサンタクロースの決まりが書かれていた。
担当する地区の人に正体がわかってはいけない。
自ら話すことも禁止。
自ら話してもいいのは、伴侶、または1年以内に伴侶となる予定のもの。
子がいる場合は、その子供の夢を壊さないように気をつけ、成人した際には話してもよいとする。
ただし、子を思って無理に話す必要はない。
以上に反した場合、解雇、または別地区での勤務を命ずる。
「ごめん、俺が悪いんだけど、…バレたんだ上司に。」
「上司にバレた…?」
「でも俺、柊に嘘吐いてるの嫌だった。柊にクリスマスの楽しさ教えたかったんだ。勝手だけど。」
「一也…。」
以上に反した場合、解雇、または別地区での勤務を命ずる。
一番下の文章が、やけに目立って見える。
綺麗な雪の結晶模様の紙なのに、残酷なことが書いてある。
「本当に、ごめん。」
「一也、いなくなっちゃうの…?」
「バレたら速攻ってひどいよな。解雇じゃなかったのは助かったけど。」
「や、やだよ…、俺そんなのやだよ。ひどいよ、そんなの勝手だよ…。」
「うん、ごめん。柊、ごめん、ごめん。」
「一也……っ。」
何度も謝りながら、抱き締められた一也の腕の中で、涙を零した。
こんな、泣いて駄々こねるなんて、やっぱり子供な証拠だ。
そんなことしたって、決まりは決まりなのに。
一也の気持ちも伝わるから、尚更悲しい。
嘘吐きたくないほど、俺のこと真剣に考えてくれたんだ。
クリスマスが楽しいってことも一也が教えてくれた。
一也がいなければ、楽しさなんかわからなかった。
「来年も、必ずプレゼント持ってくる。」
「うん、絶対だよ…。」
「それまで考えとけよ。」
「気が早いよ。」
「来年トナカイ乗せてやるからな。」
「それって違反じゃないの?」
一通り泣いて、覚悟を決めると、不思議と穏やかな空気が流れた。
父さんも転勤してるけど、母さんと気持ちまで離れ離れになることはなかった。
それどころか、いい歳してラブラブな電話も堂々としてる。
母さんと父さんみたいにはなかなかうまくいかないかもしれないけど、それでも一也が好きなら、大丈夫な気がしてきたんだ。
イブは昨日だったのに、もう来年の話をする一也が可笑しくて、笑いまで漏れた。
「柊、浮気するなよ?」
「し、しないよ…!」
「そうか、よかった。待っててくれるか?来年まで。」
「うん、待ってるよ、遅くなってもいいから。」
「よかった。……元気でな。」
「一也も風邪ひかないでね。」
風邪なんかひいてたらサンタクロースは勤まらない、
笑いながら、そんな台詞を残して、一也は窓から行ってしまった。
夜中のことが嘘みたいに、あっさりした別離だった。
…ところが。
次の日、窓の外から聞こえる、いつもの声で目を覚ました。
夢でもみてるんじゃないか、そう思って頬を思い切り抓る。
「柊ー、しゅうー…。」
クリスマスのギザギザの葉っぱ。
そんな意味の自分の名前を、呼ぶ声が確かに聞こえる。
窓を開けて確かめるより、近くで目で見て確かめたかった。
大急ぎで布団から出て階段を駆け下りる。
「一也っ?!」
「すっげー雪だぞ。雪だるま作ろうか。」
「な、なんでいるの…?」
「あはは、なんかさー、隣だったんだよな、今度の担当地区。」
「えぇっ!!」
「だからここに住んでも近いからいいかなーと思って。あ、内緒な?」
そんな笑顔で誤魔化して、どれだけ悲しかったと思ってるんだろ…。
隣って、ここに住むなら同じなのに。
バレたのは、俺になんだから。
また内緒とか言ってるし…。
「なんて、お前の父さんに賄賂渡したんだよな。んで上司に指示してもらった。」
「わ、賄賂~?!」
「柊のことこれからもよろしくって言ってたぜ。さすがにそういう関係とは思ってないみたいだけど 。」
「う~ん…、父さんってば…。」
だけどこんな嬉しいから、いいことにしようかな。
一也が毎日傍にいてくれるなら。
毎日幸せに浸れるなら。
まるで毎日がクリスマスみたいで、きっと楽しい。
「柊、風邪ひくぞ。着替えて来いよ、雪だるま作ろうぜ。」
「…うんっ!」
母さんに見つからないように、庭でぎゅっと抱き締められた。
冬は好きじゃなかった。
どちらかと言うと、嫌いだった。
だけどこの恋人お陰で、大好きな季節に変わりそうだ。
周りには秘密の、俺のサンタクロース。
END.