「志季っ、志季ぃ~!志季っ、志季いぃー!!」
「…ん……。」
「志季っ、良かった生きてる!!志季ぃ~!!」
「か…勝手に…殺さないでよ……。」
どれぐらいの時間が経ったのか、意識を取り戻した僕の目の前には、泣きそうな顔をした虎太郎がいた。
ペチペチと頬を叩いていた大きな手が、優しく包み込む。
虎太郎は余程心配だったのだろう、深い溜め息を吐いて良かった~と呟いた。
「志季、うーんと…。」
「え?な、何っ?!や…!ちょっと…!!」
虎太郎は布団の中でもぞもぞと動き出し、僕の下半身に手を滑らせた。
この後に及んで、まだする気じゃ…?!嫌な予感が胸を過ぎった。
いくら僕から言い出したとしても、そんなに何回も出来るほど、まだ慣れていないんだから…!
無理矢理しないって言ったくせに、約束を破るって言うの…?!
「ちゃんとしないとダメなんだって。志季が大変になっちゃうから…。」
「え?!何っ?!何がっ?!やっ、ちょ…っ!」
太腿をぐっと掴んだ虎太郎の手は、僕の脚を大きく開かせた。
そう、まるで虎太郎と一つになる直前みたいな…。
そんな恥ずかしい格好をエッチが終わった後にまでさせられて、僕が黙っているはずがない。
「志季…ちょっと我慢……いててててっ!!な、何するんだよー!」
「そそっ、それはこっちの台詞でしょっ?!ぼ、僕はそんな…っ、何回も出来な……っ!!」
クタクタになった身体では虎太郎を突き飛ばす力もなくて、僕は思い切り頬を抓った。
さすがの虎太郎も一旦手を放し、頬の痛みに顔を歪ませた。
「違うってば!!そうじゃないって志季っ!」
「何が違うって言うのっ?!こ、こんな体勢で言い訳なんて…!」
「俺、志季の中に出しちゃったからっ!ちゃんとしないとダメなんだってば!!」
「…………っ!!」
気を失う寸前、僕達は同時に頂点に達した。
その瞬間虎太郎が僕の中で放っていたことに気付いていたけれど、忘れていたわけじゃないけれど…!
そんなハッキリ事実を告げられたら、恥ずかしくてどうしていいかわからなくなるじゃないか…!!
「志季、怒ってるか…?ごめん、俺志季にいい?って聞かなかったもんな…。」
「う……っ、んん…、ん……!」
「志季ぃ、恥ずかしかったら顔隠してていいからな…?」
「はぁ…っ、んっ、はぁ……っ!」
僕はそれ以上何も言えなくなって、虎太郎に身体を預けた。
さっきまではいやらしく動いていた指が、今度は優しく僕の中に入って来る。
こんなことまでさせるなんて、今の僕は何も出来ない赤ちゃんみたいだ。
ドロリとした白濁液が綺麗に掻き出される間、僕は虎太郎の言う通りずっと腕で顔を隠していた。
「これで大丈夫かな…。志季、ごめんな。」
「うー…。」
僕は後始末が終わっても、顔を隠したままだった。
恥ずかしくて情けなくて、とても顔を見せられそうにない。
だけどそれ以上に虎太郎が優し過ぎて、胸がいっぱいだった。
普段は一人じゃ何も出来ないくせに、こういう時だけしっかりして…。
子供みたいなことばかりするくせに、急に大人の男の人みたいな顔を見せて…。
こんな時に惚れ直した、なんて…僕は何だか、とてもバカになってしまったみたいだ。
「今身体拭くから、ちょっと待ってて…。」
重く圧し掛かっていた体重が、ふわりとなくなった。
僕は何だかとても違和感を感じて、とても嫌で、気が付いた時には虎太郎の腕を掴んでしまっていた。
振り向いた虎太郎は目をまん丸にして僕を見ている。
「志季…?」
「や…だ…っ、やだ…。」
「え…?し、志季…?」
「もうちょっとだけ…。」
もうちょっとだけ、傍にいて…。
自分でも信じられなかった。
涙を滲ませながら、こんな我儘を言うなんて。
虎太郎からひっ付いて来て離れないのはいつものことだけど、僕が虎太郎の腕を離せないなんて。
恥ずかしいとか情けないとか嬉しいとか幸せだとか、感情がごちゃまぜになってわけがわからない行動に出てしまったのかもしれない。
「志季っ!もっとしたいのか?!」
「な…っ、だ、誰もそんなこと言ってな…!!」
「だってそんなエッチな顔でそんなこと言うなんて…!俺嬉しい!!」
「バ…バカっ!!勘違いしないでよっ!!そういう意味じゃ…っていうかエッチな顔なんかしてないし!!」
「してたもーんっ!初めての二回コースってやつだなっ♪志季っ、俺頑張るからな!!」
「が、頑張らなくていいっ!僕はやだからねっ!そんな…っ、もう一回なんて絶対無理っ!無理ったら無理なんだからっ!!」
僕は一瞬にして、現実の世界に引き戻された。
どうやら一度は治まった性欲に火を点けてしまったらしく、虎太郎はキラキラと目を輝かせて息遣いを荒くしている。
自業自得っていうのは、こういうことを言うんだ…そんな妙な納得を覚えている暇もなく、虎太郎の体重が再び僕の上に圧し掛かって来た。
「俺も無理!だってまたおっきくなっちゃったもん!!」
「な……!!」
「大丈夫!志季のもちゃーんとおっきくしてやるからなっ!」
「やっ、バカぁっ!変態猫っ、スケベ猫っ!あっ、やぁっ!虎太郎っ、あああぁ───…っ!」
***
翌朝の僕は、それはもうひどいとしか言いようがない状態だった。
身体はどこもかしこも痛いし(特に下半身が)、声はガラガラだし、目は真っ赤に腫れて痛いし…。
あれから一回どころかそれ以上達してしまうなんて、昨日の夜覚悟を決めた時には予想も出来なかった。
「志季ぃ~、ごめん~…。」
虎太郎は僕が目を覚ました途端から、こんな感じだ。
上目遣いで甘い声を出してスリスリと僕の身体を撫でて、何度も何度もごめんと言う。
謝るぐらいなら、あんなことはしなければいいのに。
「ふ、ふんっ…、そんな謝られてももう遅いし…。」
「志季ぃ、許してくれないのか…?」
「ゆ、許さないなんて言ってないし…っ。」
「え?許してくれるのかっ?」
「べ、別に…っ。」
「へへっ、志季っ♪志季ぃ~。」
そう、僕は謝って欲しいなんて言っていないし、怒っているわけでもない。
許すも許さないも、最初からそんなものはないのだ。
昨日の夜「いいよ」と言った時点から、そんなものはとっくに考えていなかった。
だけどここでそれを素直に口にしたら、虎太郎はまた調子に乗るから、言わないだけだ。
「なんか、安心したら腹減って来た!」
「何それ…どこまで食い意地張ってるの…。」
「俺ご飯もらって来る!志季はこのまま寝て待っててくれ!そんな身体じゃ無理だもんな?」
「だ、誰のせいで…。」
虎太郎はいつもの笑顔を取り戻し、僕の頬にちゅっと一度口付けた後、ムクリと起き上がった。
僕にはそんな元気は到底出てきそうにない。
虎太郎の言う通りおとなしくこの場で、ご飯を待っていようかと思ったけれど…。
「いい、僕も行く…。」
「え?でも志季、無理しちゃ…。」
「いいから行くの!服持って来てよ…。」
「そ、そっかぁ?志季がそう言うなら一緒に行くけど…。」
だって虎太郎に今一人で行かせたら、絶対に大変なことになると思ったんだ。
いつもに増して機嫌が良くなって調子に乗っている虎太郎なら、昨日のことを隣に全部喋ってしまうに違いない。
それもあることないこと…そんなことが知れたら、僕はもう恥ずかしくて隣に行けなくなってしまう。
特に隼人なんかそれをネタに、僕をバカにしてからかうに決まっているんだ!
僕は何としてもその事態を阻止するために、ヨロヨロになりながら身体を起こした。
「虎太郎どしたのー?何かいいことあった?」
しかし僕の努力は、すぐに水の泡となってしまった。
きっかけは志摩のひとこと…いや、すべては虎太郎の態度のせいだ。
何度も僕の方を見ては、意味ありげにニヤニヤヘラヘラ笑っていたのだから。
いくら鈍感でバカな志摩だって、虎太郎の変化に気付かないわけがない。
「あったっ!!聞いてくれよー、昨日志季と二回も交尾しちゃったんだー!」
「バ、バカっ、へ、変なこと言わないでよっ!!」
「えー!きゃーん!そ、そうなの?!虎太郎ってば朝からそんな恥ずかしいよー!」
「ぶ……!げほっ、ごほっ…。」
「志季すっごい可愛かったんだぞ~?あっ、いつも可愛いけどな!もっとーって言って何て言うか…すっごいエッチだった!」
「な……っ、なな……っ!そそっ、そんなこと言ってな……っ!」
「もー、虎太郎ってば志季のことホントに大好きなんだねぇ~んふんふ♪ラブラブカップルなのーん♪」
「………。」
何即答してるの?!
おまけにペラペラペラペラ事細かに話したりして…!!
(しかも回数間違ってるし!!二回どころじゃなかったくせに!!)
僕は「もっと」なんて言ってないし、エッチになんかなってない!!
だいたい、いつも可愛い可愛いって、僕は男なんだから可愛いなんて言われても嬉しくなんかないって何回言ったらわかるの?!
志摩はキャーキャー騒いで盛り上がってるし、隼人なんか味噌汁吹いちゃってるじゃない!!
僕が何のためにこんな状態の身体を我慢してここに来たと思ってるの…?!
「それでさぁー…、ん…?志季…?」
「わわっ、志季っ?!こ、虎太郎っ、そういう話はホラ、志季と二人の時にねっ?ねっ?」
これが漫画だったら、僕の後ろには真っ黒な雲が浮かび上がって、稲妻みたいに目を光らせていたに違いない。
ゴゴゴゴ・・・なんて擬音が太い文字で書かれたりして…そんな一コマだっただろう。
「僕が…せっかく頑張ってここに来たって言うのに…。」
「うわ…!すっごい怒って…!!し、志季…っ、俺あの…!」
「こ、虎太郎っ、とにかく謝ろうよ!ご、ごめんね志季っ?!」
「何がラブラブカップルなの…、僕は志摩と隼人とは違うって言ってるでしょ…。」
「し、志摩は悪くないぞっ?!志季っ、また志摩をいじめるのかっ?!」
「こ、虎太郎っ、ダメだよそんなこと言っちゃ!お、俺盛り上がっちゃったし!俺が悪いんだよぅー!」
志摩は慌てて謝って来るけれど、それを虎太郎が庇うのが気に入らない。
いつだって虎太郎は志摩の味方で、だから余計に僕は怒ってしまうのに…。
つまらない嫉妬だということはわかっているけれど、二人のこのやり取りは、僕の怒りに火が点くだけだ。
「またそうやって…。」
「仕方ないよな、嬉しかったんだろ?お前もいちいちそんなことで怒ってないで許してやれよ。」
僕の怒りの爆発を寸前で止めたのは、黙っていたはずの隼人だった。
隼人は普段は無口なのに、こういう時だけ口出しをしてきて、上手く場を治めようとするのだ。
それがまた志摩には良く映るようで、隼人カッコいい~なんて目をハートにさせている。
「そ、そんなこととか言わないでよねっ!他人事だと思って…!」
「だってこんなのいつものことだぞ。」
「へ………?」
「虎太郎が事細かく報告するのなんかいつものことだって言ってるんだ。」
「な…っ、なな……っ!!」
「あぁそうか、お前はいつもいないもんなぁ?」
隼人はニヤニヤしながら、すべてを見透かしているかのように僕の顔を見ている。
確かに僕はいつも、エッチの次の日はこの場にいない。
だけどまだ起きないとか体調が悪いとか、ちゃんと言い訳するように言ったのに…!
それじゃあ僕が今日頑張って来たのは、無駄だったってことじゃないか…!!
「………!!かっ、かかっ、帰るっ!!」
「あっ、志季…!」
僕は箸を乱暴にテーブルに叩きつけ、椅子から立ち上がって、走って逃げた。
身体の痛みなんてどうでもよくて、ただ恥ずかしくて、その場からいなくなりたかった。
虎太郎はすぐに追い掛けて来たみたいで、僕の名前を呼びながら玄関のドアをドンドンと叩いていた。
「もう…バカぁ……っ。」
僕は返事をすることもドアを開けることも出来なくて、膝からズルズルと崩れ落ちた。
恥ずかしくて身体が熱くて、チョコレートみたいに溶けてしまいそうな中、どうやって虎太郎を許そうか考えていた。
END.