お風呂に入っていた間のことは、ほとんど覚えていない。
部屋に戻った後のことばかりが頭の中をグルグルと巡っていたからだ。
いつものように髪を洗って身体を洗って、入浴剤を入れた湯船に浸かって…そんな感じだったと思う。
「あっ、志季!おかえりー。」
部屋を出て行く時に見た虎太郎はいなかった。
ニコニコと笑顔を浮かべて僕を出迎える、毎日見る虎太郎と一緒だ。
これからエッチをするんだという色っぽさや艶っぽさみたいなものは、欠片も見当たらないぐらいだ。
「志季いー匂い…お風呂に入れるの、チョコレートにしたのか?」
「わ、わかんないよ…、あったの入れただけだから…。」
なのに突然そんなことを言うから。
今まで無邪気に笑っていたくせに、そんな表情を見せるからずるい。
虎太郎が耳元で囁く声や息が、心臓までダイレクトに伝わって来て、またドキドキと鳴り始めてしまった。
「食べたくなるなぁ…。」
「や…っ、ちょ、ちょっと…!」
チョコレートの香りの入浴剤を入れたなんて、まるで狙ったみたいで恥ずかしい。
首筋に虎太郎の舌が触れて、思わずぎゅっと目を閉じた。
だけどここでこの雰囲気に飲まれるわけにはいかなくて、僕は虎太郎を軽く突き飛ばした。
「志季…?」
「こ、虎太郎も入って来てよ…!ガ、ガス代がもったいないっていつも言ってるでしょ…!」
「うん、わかった。志季はちゃんと髪乾かしてるんだぞ?風邪ひいたら大変だもんな。」
「そ、そんなこと言われなくてもわかってるよ…!」
「それで布団で待ってて!へへっ、行って来まーす♪」
「な……っ!」
虎太郎は悪戯っぽく舌を出して笑った後、タオルを持ってバスルームへ走って行った。
僕は何も言い返すことが出来なくて、その場でしゃがみ込んで顔を押さえた。
きっと今の僕は真っ赤で、虎太郎の言う「タコさん」状態に違いなかったから。
「う~…。」
ドライヤーで髪を乾かした後、虎太郎に言われたからというわけではないけれど、僕は寝室の布団の上にいた。
そしてしっかりと着込んだパジャマのボタンに何度も手を掛けては、頭を抱え込んでいた。
「どうしよ…。」
僕にとってはエッチの行為自体も恥ずかしいのだけれど、その他にも恥ずかしいことは山程ある。
まずエッチをしてもいいという返事をするのも恥ずかしいし、実際にその時になって一番最初に恥ずかしい思いをするのは、裸になる時だ。
何も身に着けていない無防備な身体を見せるというのも恥ずかしいけれど、そこに辿り着くまでが恥ずかしいのだ。
自分で脱ぐのも脱がされるのも、虎太郎の視線があるというだけで、どちらも恥ずかしい。
こればかりは回数を重ねても、どうにかなることではない。
「うぅ…でもなぁ…。」
それならば脱いで待っていようかと考えたけれど、逆にやる気満々だと思われるんじゃないだろうか。
だけどいずれ脱ぐことになるなら、虎太郎に見られながら裸になるよりはマシじゃないだろうか。
どちらにすればいいのかわからなかったのだ。
「志季ぃー、ただいま!」
「うわあぁ!ちょ、ちょっと早いんじゃないのっ?!っていうかいきなり入って来ないでよっ!!」
「えーそうかぁ?ちゃんと洗って浸かって来た……志季それ…。」
「なっ、ななな何っ?!これは別にそのっ、ちょ、ちょっと暑くて…!!」
悩みながらボタンを外したり嵌めたりを繰り返していると、突然ドアが開いて、虎太郎が戻って来た。
しかも運悪く(?)ボタンを外していた時で、バッチリその瞬間を見られてしまった。
こんなことならやっぱり何もせずに待っていた方が良かったかもしれない。
「志季っ、やる気になってくれたんだな!俺嬉しい!!」
「ち、ちちち違うってば!ややっ、やる気とか変なこと言わないでよ…!!」
「志季っ、志季ぃー!!」
「ちょ…っ、離れてってば!髪っ、髪濡れたまんま来ないでよっ!風邪ひくって僕には言ったくせに!僕は看病なんかしないからね…!!」
「俺風邪ひいたことないから大丈夫!どうせ終わった後もう一回入るし!気にしないぞ!」
「バカッ!僕が気になるんだってば…!や…っ、ちょっと…っ!んっ、んん……!」
虎太郎が本気を出したら、力では敵わないことはわかっていた。
いつも僕に簡単に突き飛ばされるのは、ちゃんと加減をしてくれているからだということも。
僕が心の準備が出来ていないのをわかっているから、無理矢理行為に及ぶことなんてしないのだ。
僕はいつもそんな虎太郎の優しさに甘えていた。
「志季、大好き…。」
「ん…ふ…ぁ……っ、ん……!」
だけど今は違う。
僕の心の準備が整って、もう大丈夫だと示してしまったから。
普段は見せない真剣な表情で深いキスをされたら、全身の力が抜けて、抵抗する力もなくなった。
「へへっ、志季可愛いー、タコさんだー。」
「…んきっ……してよ…っ。」
「ん?」
「で、電気ぐらい消してよ…っ。こんな…やだ…っ。」
もう真っ赤になっているのは自分でもわかっていたけれど、さすがにこんなに明るいままでは嫌だった。
暗くすれば少しは恥ずかしさだって紛れるし、いつもは言えないことだって言えるかもしれない。
虎太郎はわかったと言うように頷いて、部屋の蛍光灯を消した後、スタンドの明かりを点けた。
「う……っ、ん…ぅんっ、ん……!」
僕があんなに悩んだのにもかかわらず、虎太郎はいとも簡単に、しかもごく自然に僕の服を脱がせた。
長い指が胸の先端に触れ、クルクルと悪戯するように動き回る。
その後すぐに濡れた感触がして、それが虎太郎の舌だということは、目を閉じていてもわかった。
「志季のおっぱいも可愛いなぁー。」
「う、うるさ…っ、やっ、んん…!」
「こっちはどうかな…?あー、こんなおっきくなってる…。」
「や……っ!あ……、や、やだぁ…っ!」
「ん、美味しそー…食べていい?」
「きっ、聞く前からしてるくせに…っ、ん…!あ……!」
僕は性急な展開についていけなくて慌てふためきながらも、虎太郎の行為を受け入れるしかなかった。
言葉だけは抵抗を見せていたけれど、それもすぐに出来なくなって、時間と共に変化していく身体に喘ぎ声が漏れるだけになってしまった。
「やだっ、も…だめっ、や…ああぁ……っ!!」
行為を始めてすぐに、パンパンに膨れ上がったそこから、勢いよく白濁液が飛び散った。
虎太郎の喉元がゴクリと動いてどうしようかと思ったけれど、恥ずかしがる隙も与えてくれなかった。
「志季のもっと可愛いところ、見たいなぁ…。」
「え…?や…、やだっ、ちょ…っ!うぁ……っ!」
虎太郎は僕の脚を大きく開いて、そこに顔を埋めた。
僕も虎太郎も男で、男同士のエッチをする中で、いまだに慣れないことがある。
普段は自分でも触れることのない部分に何かが入って来るということは、僕に物凄い恐怖心と羞恥心を与える。
初めてするまでもそのことが原因で、随分と虎太郎を待たせてしまった。
「やだぁ…っ、んんっ、う……!ん…ぅ!」
ピチャピチャと音を立てているのはわざとなのか、余計に恥ずかしくて仕方がない。
虎太郎の唾液がぐっしょりと濡らし、その中心の窄まりに指が入って来た。
「う……っ、あ…ぅっ!うぅ…っ、や……っ!」
ゆっくりと時間をかけて、その指の数は増えて、深いところまで進んでいった。
僕はその動きにいちいち反応して、声を上げることしか出来なかった。
「志季、大好き…。志季は?」
「う……っ、ふぁ…っ、あ…はぁ……っ!」
「志季ぃ…。」
「…きっ、好き…、こたろ…っ、好きぃ……っ!」
僕はどうにかしてしまったのだろうか。
普段なら滅多にそんなことを口にしないのに…。
強請られて抱き締められて、キスをされたら、不思議と簡単に口にしてしまった。
虎太郎はそんな僕の台詞に満足したのか、にっこりと笑って体重をかけてきた。
「志季、いい…?」
「はぁ…っ、はぁ……っ!」
「いい…?」
「う……っ、ふぇ…っ、ん……!」
いい?なんて、聞かなくてもわかっているくせに。
ここまで来てやめるだなんて、僕はそこまで意地悪じゃないよ。
ここまで来てやめられないぐらい、身体が熱くなっていることは、虎太郎が一番よくわかっているはずでしょ?
僕は恨むように一度キッと睨み付けた後、返事の代わりに虎太郎の首元にぎゅっとしがみ付いた。
「志季……っ。」
「あ……!うあ…っ、ん、あああぁ───…っ!」
「志季、ごめ…っ、ちょっとだけ我慢して…。」
「あうっ、ん──っ!んんっ、んああっ!!」
痛いけれど幸せ。
前に志摩に初めてのエッチのことを聞いた時の言葉の意味が、回数を重ねるごとにわかってきたような気がする。
虎太郎が入って来る瞬間は、それはもう痛くて痛くて、涙がボロボロと零れてしまう。
その後も痛みは和らぐわけでもなくて、次の日だって残って大変だ。
それでもするのは、虎太郎と一つになりたいから。
大好きな人と、繋がりたいから。
痛みよりも嬉しさが勝つから、幸せな気分になれるのだと思う。
「志季っ、すごい…っ、俺のギュウってしてくる…っ。」
「う…うるさ…っ、ん…!やっ、まだ動かな…っ、あぁ……っ!」
「やだ…、無理…っ。」
「やだじゃな…っ、あっ、やぁ…っ!んんっ、あぁっ!」
いつもと違うのは、自分でもわかっていた。
1ヶ月前からこの日のことを考えて、当日になってもずっとこのことを考えて…。
虎太郎の前では認めたくはないけれど、僕は待っていたのかもしれない。
虎太郎に触れられて、こうして一つになることを。
好きだという気持ちが膨らみ過ぎると、そういう繋がりを求めてしまうものなんだ…。
エッチというのはそういう時にしたくなるものなんだと、こんな大変な時にしみじみ感じてしまった。
「志季、気持ちいい…っ、志季の中…っ、すごい気持ちい…っ。」
「あっ、あ……!……くもっ、い…っ、いい…っ!」
僕もいい、すごく気持ちいい…。
痛みの中に微かに生まれ始めた快感は、徐々に大きな波へと変わっていく。
激しく揺さぶられて大きな声を上げて、僕は虎太郎と一緒に頂点を目指した。
「あっ、も…だめっ!虎太郎っ、だめぇっ、また…ちゃう…っ!」
耳元にかかる虎太郎の息遣いが、動きと共に激しさを増して、虎太郎もそこが近いことがわかった。
僕はそれがまた嬉しくて、ぎゅっとしがみ付いた腕に一層力を入れた。
「志季…っ、志季……っ。」
「だめっ、イくっ、も…イくっ!あ、んんっ、あぁっん!!」
「志季……っ!」
「あっあっ!!あぁっ、んっ、あああぁ───っ!!」
僕が虎太郎の腹部に二度目を放ったと同時に、自分の中に熱いものが発射されたのを感じた。
何てことすんの!そう怒る余裕もないまま、僕の意識はパッタリと途絶えてしまった。