「ちょ…一也……っ、待ってってば…っ!」
「んー?やだ…。」
「やだじゃなくって…!い、一緒に入るなんて聞いてな…っあ!」
「あぁ、言ってねぇもん…。」
家の中に入って数分後、俺は一也と一緒にお風呂場の中にいた。
まったくもってこんなことは予想していなかっただけに、頭の中はパニック状態だ。
濡れた肌に一也の指が触れると、会話も成り立たなくなってしまった。
「おねが…っ、やめ…!」
「やめて欲しいんだ?柊、嫌か?」
ずるい。
やっぱり一也はずるい奴だ。
俺が嫌だなんて言えないことをわかっていながら、そんなことを聞くんだから。
湯気で真っ白に曇った室内でもわかるぐらい顔を近付けて、じっと見つめて来るんだから。
「だってこんな…っ、恥ずかし…!」
「そっか、初めてだもんな、風呂でするの。」
「バカ……っ!何言って……ん…!」
「大丈夫、俺しか見てないから。」
一也だから、恥ずかしいんじゃないか。
これまでにも何度か身体を繋げて来たけれど、この羞恥心だけは消えることがなかった。
裸の姿になることも、その隅々まで見られることも、この行為自体だって恥ずかしい。
それをこんなに明るい場所でするなんて、やめてくれと言う俺の気持ちもわかって欲しい。
「柊…、気持ちいいか…?」
それでも俺が、一也の手を解けないのは、突き飛ばしてでも逃げることが出来ないのは。
嫌だと泣き喚いて、一也の行為をやめさせることが出来ないのは。
「柊……?」
いつもよりも湿った一也の囁く声が、耳の奥まで響く。
一也の舌や指が触れた部分から全身が熱くなって、呼吸が苦しくなる。
朦朧とした意識の中で、はっきりとわかる、この感覚は、紛れもなく快感というものだった。
「…い……っ、気持ち…い…っ。どうしよ…気持ちいい…っ、あ…、あ……!」
同じ男同士でこんなことをするなんて、一也が恋人になるまで思ってもみなかった。
実際に恋人になっても、その時が来たらどんな風になってしまうのかなんて、想像も出来なかった。
好きな人に触れられて、こんなにも感じてしまうということを、俺は一也に教えてもらった。
「柊、後ろ向いて…、そう、腰もっと高く…。」
「う……っ、ふ…ぁ……。」
恥ずかしさで涙を零しながら、俺は一也の言うことに従った。
こんなことは、一也が相手でなければしない。
好きな人だから、どんなことだって出来るのだと思う。
「ちょっとだけ我慢な…?」
「んんっ、あっ、ああぁ…っ!」
俺は壁に手をついて、普段は味わうことのない異物感に耐えていた。
石鹸でぬめりを帯びた一也の指が、俺の中にゆっくりと入って来ると、思わず高い声が漏れる。
「痛いか?柊、ごめんな…?」
「だ…いじょ…ぶっ、だから…っ、ん……!」
それでも大丈夫なんだ。
精一杯優しくしてくれる、一也がすることなら、俺は大丈夫なんだ。
だからそんなに申し訳なさそうな声を、出さなくてもいい。
俺は一也が好きで、こういうことをしているんだと、もっとわかって欲しい。
「あ……っ!!や…っ、一也っ、それやだ……っ!!」
時間をかけて一也の指が増やされ、俺の奥まで届いた時、明らかに違う感覚に触れた。
これこそが普段は知らない場所で、一也としか味わうことが出来ないところだ。
俺はブルブルと身体を震わせ、一也の指の動きに合わせて腰を揺らした。
「ごめん、柊、もうダメだ…。」
「え……?あ……?あ、ああぁ……っ!!」
「ヤバいって、可愛過ぎなんだよ…っ。」
「ん、んんっ、あぁ───…っ!!」
一也の荒い息遣いが耳元で聞こえた瞬間、俺の中に大きな衝動が訪れた。
何だかわけがわからなくなって、思わず壁に爪を立てると、一也の手が優しく解く。
背中にぴったりとくっ付いた一也の身体が熱くて、中で蠢く一也のものが熱くて…痛みなんてすぐに忘れてしまった。
「う……ぁっ、一也っ、一也あぁ…っ!俺もう…っ!!」
「うん…、わかってる…っ。」
「あ…っ、んんっ、ああぁ……っ!!」
「柊…っ!」
程なくしてやって来た絶頂に、俺達は同時に達することが出来た。
その後のことは、はっきり言ってあんまりよく覚えていない。
けれどフラフラになった俺を抱き上げた一也の腕が優しかったことだけは、確かだった。
***
「ん……。」
「おはよう、柊。」
眩しい朝の光が、俺の顔を照らしていた。
夜中のうちに雪が降り始め、積もっていたみたいで、何もない時よりも余計に眩しい。
隣には俺の一番、好きな人が穏やかな笑顔を浮かべている。
「おは……う、うわぁっ!!」
「何?どうした?」
「お…俺っ、俺……!」
「あぁ、なんだ、裸なのか恥ずかしいって?」
「なんだって…、恥ずかしいに決まって…!!」
「もっと恥ずかしいことしたのにか?」
一也は何とも思わないみたいだけれど、俺は未だに慣れることが出来ない。
次の日になって、明るい中で、一也の顔をまともに見ることが出来ないのだ。
おまけに何も身に付けていない状況で、恥ずかしくないわけがない。
「そ、そういうエロオヤジみたいなこと言わない……あ……。」
「ん?」
俺は自分の手で顔を覆おうとして、いつもとは違うことに気付いてしまった。
左手の薬指に冷たくて固いものが、ぴったりと収まっている。
「か、一也…?」
「あぁ、それか?クリスマスプレゼント。」
「こ、これってあの…。」
「ん~、婚約指輪?男同士でそれは変か?」
一也は俺を後ろから抱き締めて、俺の手の上から自分の手を重ねた。
一回りぐらい大きな一也の手にも、同じような指輪が光っている。
「か、一也ってさ…こ、こういう…。」
「こういう恥ずかしいことよく出来るよなーって?」
「う……だってさ…。」
「はは、図星か。」
俺には到底出来そうにもないことを、サラっとやってしまう。
そんな一也はやっぱり俺よりも大人なんだなぁなんて、感心までしてしまった。
それでも俺は何だか嬉しくて、いつもなら振り解く一也の腕にぎゅっとしがみ付いた。
「ごめん、俺、プレゼント用意してなかった…。」
喧嘩をしてから、クリスマスどころではなかった。
これからどうしようか、そればかり考えていた。
仲直りしたいと思っても、なかなか出来なくて、毎日ぐるぐるとしていた。
俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになって、一也の腕により一層強くしがみ付いた。
「プレゼントならもらってるぞ?」
「え……?あ、あげてないよ…?」
「柊を未来ごと、俺にくれるんだろ?それ以上のプレゼントがあるか?だから言っただろ、婚約指輪だって。」
「か、一也……!もう俺無理…!」
恥ずかし過ぎて、でも嬉し過ぎて、どうしたらいいかわからなくなった。
それでも俺は一也の腕を離すことなく、その温かさと優しさに溺れていたい、そう思った。
END.