「忙しいんじゃ…なかったの…。」
午後になっても、その寒さは戻らなかった。
空は晴れているけれど、頬に当たる風は冷たいままだ。
母さんに買い物を頼まれた俺は、仕方なく厚着をして行くことにした。
母さんってば、結局自分も寒いと出たくないんだよなぁ…。
ブツブツ文句を言いながら外に出ると、忙しいはずの一也が庭で待っていた。
本当に雪だるま、作ってるし…。
「いやほら、息抜きも必要だろ?」
「ふーん…。」
運送業に息抜きって一体どんなんなの…。
益々一也のことがわからない。
手袋もはめずに雪を丸める一也のもとへ、ゆっくりと近付いた。
「もうすぐクリスマスだなー。」
「うん、そうだね。」
「なんだよ、もっと楽しそうにしろよ、柊は何が欲しいんだ?」
「別に…。」
だってクリスマスなんて別に大したイベントじゃない。
○○が欲しい、とか言ったら一也がくれるって言うの…?
でも欲しいものなんて思いつかないし。
それにクリスマスではしゃぐなんて、子供っぽいし。
「なんだ、そんなんじゃサンタクロースに届かないぜ?」
「サ、サンタクロースぅ?!」
「??なんだよ?なんか俺おかしいこと言ったか?」
「え…、だってさ…。」
サンタクロースなんかいるわけないじゃん。
今時そんなの、子供だって知ってる。
俺、もう高校生なのに、信じてるわけないのに…。
「あー、サンタクロースはいないと思ってるだろ?」
「そんなの当たり前じゃん。」
「夢がないなー最近の子供は。」
「子供じゃないよ…。」
夢がないって、そんな夢見てる一也のほうが子供だと思うんだけど…。
そんなに雪まみれになって、はしゃいじゃってさ。
見た目は普通の大人なのに。
よく見ると女の人とかにモテそうなのになぁ…。
本当にちょっとだけ色を抜いた髪とか、天然かもしれないけど…、あと背も高めで。
そういえば最初っから一也はこんな感じだっけ…。
明るくて、笑顔で、俺より年上なのに、子供みたいだな、って思った。
『隣に越して来た、矢嶋です!あ、君は?ここの子?』
『子っていうか…、えっと、こんにちは。』
『こんにちは、お世話になります。』
『は…、はぁ…。』
あまりの眩しさに、今朝みたいに瞬きしたっけ。
差し出された手を断り切れなくて、握手なんかして。
「柊?どうした?」
「えっ、なな何っ?!」
「サンタクロースの夢でも見てたか?」
「そ、そんなわけないよ!」
何やってるんだろ…、浸っちゃってたよ、俺。
一也のあの時の顔なんか思い出して、バカみたい…。
「あー、手が冷たい。」
「手袋しないからだ……、…っ!」
何、これ…。
俺、今一也に手握られてるだけなのに…。
なんでこんなに動揺してるの?!
なんか心臓がドキドキうるさくって、顔が熱いよ…。
握られた手なんか、汗びっしょりかも…。
握手した時は、なんとも思わなかったのに。
「柊の手、あったかいな。」
「ま、また子供だからって言うんだ…。」
どうしよう、目が合わせられない…。
声がすごく近くに聞こえて、耳の中も熱い感じがする。
微かに当たる、一也の温かい息で、あったかいはずなのに、俺の手、震えてる。
「言ってないよ。」
ダメだ…、おかしくなっちゃう!
俺、変だよ、こんなにドキドキしてたら死んじゃうよ!
「お、俺っ、母さんに買い物頼まれてたんだ!」
勢いよくその手を振り払った。
一也はびっくりしたように目を大きくした後、すぐにいつもの一也に戻っている。
「あ、ごめんなー、そうだったのか。」
「いや別にそんな謝らなくても…。」
「考えといてな。」
「?何を??」
「欲しいもの。」
「何それ、言ったら一也がサンタクロースに伝えてくれるの?」
可笑しくなってしまった。
今の緊迫したムードを打ち破るのが、よりによってサンタクロースの話だなんて。
いないって言ってるのに、クリスマスは楽しみなんて思ってないのに。
できるなら伝えてみて欲しいぐらいだ。
「うん、伝えとく。」
「んじゃ、考えておく…。」
それなのにそうやって笑顔になるから。
俺、ちょっとバカにしてる意味もあったのに。
サンタクーロスっているのかな、まで思っちゃうじゃん…。
「あ、柊!」
「な、何…?」
買い物に行こうと立ち去ろうとした俺を、一也が再び呼び止めた。
もうこれ以上ここにいたら、ここの雪が全部解けちゃうよ。
それぐらい、身体が熱くてダメなんだ…。
「お前の名前、訓読みでなんて意味かわかる?」
「えっと…、ひいらぎ、でしょ?」
「正解。知ってるか?クリスマスの時のあのギザギザの葉っぱだって。」
「あ…、そうなんだ…。」
自分の名前なんてそんなに深く考えたことなかったなぁ。
クリスマスの赤い実がくっついてるあのギザギザの葉っぱだったんだ…。
クリスマスにも拘りなんかなかったし。
冬生まれってことも関係あったんだ…。
「いい名前だよな。」
そんなこと言われたのは初めてだった。
そんな笑顔で、自分の名前褒められるなんて。
きっと一也はクリスマスが大好きなんだ。
そういうの見てるのは、嫌じゃないかも…、ううん、ずっと見ていたい気がする…。
でもこのドキドキは、ちょっと嫌だ。
一也の前でこうなったら困る。
なんだか俺の心まで見られてる気がするんだ。
さっき緊迫した後、何かの線が緩んだ気がした。
それは今、ぷつんと静かな音をたてて、綺麗に切れたぐらい、靄が晴れたみたいだった。
俺の、一也に対する心…。
そんなことあるわけないって思ってた。
でもなんとなくわかったんだ、俺。
同じ男でも、多分、一也のことが好きなんだと思う。
そうじゃなきゃあんなにドキドキしない。
買い物、頼まれてよかったかもしれない。