「ん…ふ……っ、んん……っ。」
初めは触れるだけだったキスは、回数を増すごとにだんたんと深いものになっていった。
お互いの熱い吐息と唾液が口の中を巡って、全身が熱くなっていく。
「紫堂さ……っ、ちょ…待って下さ…っ。」
俺の髪を撫でていた紫堂さんの手が服の中に忍び込んで来て、重なり合っていた唇を離した。
きっと紫堂さんは「待たねぇよ」と言って、続きをするだろう。
俺はそう言われる前に、紫堂さんの肌蹴た胸元に、自分の顔を埋めた。
「今度は俺が……、お、お返し…したい…です…。」
「え……?ゆ、悠真…?」
紫堂さんは一瞬驚いて、目を大きくしていた。
俺だってこんな恥ずかしいことを、いつもしているわけじゃない。
だけど今日は特別なんだ。
あんなにいいライブを見せてもらって、あんなに嬉しいことを言われたから。
何の取り柄もない俺だって、紫堂さんを好きだと思う気持ちは誰にも負けない。
それを行動で示して、紫堂さんにわかってもらいたかった。
「だっていつも…もらってばっかりだから…。」
「なんだ、やめてくれとか言うと思ったじゃねぇか。」
「ど、どうせそう言ってもやめないじゃないですか…。」
「言うようになったなお前…。じゃあありがたくもらうかな?悠真からのお返し…。」
俺は慣れない手つきで紫堂さんの服のボタンを外し、唇を近付けた。
熱い肌はライブが終わってすぐにシャワーを浴びたせいか、石鹸のいい香りが漂っていた。
「ん…紫堂さ…気持ち…いいですか…?」
「あぁ、めちゃめちゃ気持ちいいよ…。」
「じゃあもっと…、もっと俺…頑張ります……。」
「え…?お、おい…。」
俺は膨らみ始めた紫堂さんの下半身に手を伸ばし、脚の間に入って床に跪いた。
俺の方からそんなことをするのは珍しいせいか、紫堂さんは一瞬だけ戸惑っていたみたいだったけれど、すぐに行為を受け入れてくれた。
「エロい顔だな…。」
「ん…だって……っ、ふぁ……。」
「お前はいつからそんな…、エロエロ悠真になったんだ…?」
「ん……っく…、ふ…ぅん…っ。」
紫堂さんのせいだよ。
いつも紫堂さんが俺のせいにするみたいに、俺も紫堂さんのせいにしてやる。
紫堂さんをこんなにも好きだから、こんなことだって出来るんだ。
他の誰かを相手になんて、出来るわけがない。
俺がこんな風になっちゃうのは、紫堂さんの前だけ、紫堂さんに対してだけだよ…。
「悠真…それ…欲しいか?」
「ん……っ、や……!」
「そんなことしておいて恥ずかしがるなよ、素直に言ってみろ…な?」
「紫堂さん……俺…っ、俺……。」
俺は紫堂さんにしているうちに、自分の下半身も同じ状態になってしまっていた。
その変化に、紫堂さんも気付いていたのだろう。
わざわざ俺に言わせるなんて、意地悪なのか優しいのか…、だけどそれが紫堂さんという人なんだ。
「ミヅキー、そろそろ打ち上げに…。」
「あ……。」
「え……!う、うわあああぁっ!!」
俺がその先をお願いしようと決意した時、突然楽屋のドアが開いた。
鍵がついているとかいないとか、きとんと確かめておくべきだったかもしれない。
「あー…その、ミヅキ…、一応ここ楽屋…。」
「なんだよ若、今すげぇいいところだったのに…。」
「す、すみません若林さんっ!ホントにごめんなさいっ!!」
せっかく若林さんにも認められて、あんなに優しい言葉をかけてもらったのに…。
こんなところを見られるなんて、台無しだ。
紫堂さんは紫堂さんで反省することもなく、若林さんを邪魔者扱いするし…。
「じゃあな悠真、気を付けて帰れよ。」
「送れなくてすみませんね。今度はちゃんと迎えも送りも用意しておきますから。」
「は、はい…。」
俺は結局その後一度も若林さんの目を見ることが出来なくて、またしても気まずい状態に戻ってしまった。
紫堂さんは気にもしていない様子で、廊下で会う人々に声をかけていた。
「多分そんなに遅くなんねぇと思うから。」
「いえ…、ご、ごゆっくりして来て下さい…。」
「何言ってんだよ。ごゆっくりなんてしねぇよ。帰ってちゃんとさっきのお返し、きっちりもらうからな。」
「え……!」
覚悟しておけよ、そう言いたげに紫堂さんは片目を瞑って合図して、行ってしまった。
俺はさっきのお返しの続きをどうしようか、紫堂さんが帰って来るまでグルグルと悩み続けた。
***
「何だ、紫堂はまだ寝てんのか?」
「はい…、昨日物凄く疲れたみたいなんで…。なんか起こすのが申し訳なくて…。」
「しょうがねぇなぁ、今日だけは許してやるか。どうせ裕巳と健太もいねぇしな。悠真はちゃんと参加しろよ、ラジオ体操。」
「は…はーい…。」
翌日の朝、俺は寝ている紫堂さんを残して、マンションの庭へ向かった。
そこには翠さんと遥也くんだけが、いつものように待っていた。
「よし、んじゃあそろそろ始めるぞ。」
「はーい…。」
正直言って、俺もラジオ体操どころではなかった。
昨晩帰って来た紫堂さんを相手に、何度もお返しをしてしまったからだ。
だけどそんなことを言い訳にするわけにもいかなくて、仕方なく出て来たというわけだ。
いつかこのラジオ体操がなくなりますように…そう願いながら。
(まぁ多分100%無理だろうけれど。)
「翠さん、悠真くんも許してあげたら?」
「遥也くん…。」
珍しく遥也くんが俺の味方になったような発言を聞いて、思わず飛び上がって喜びそうになった。
だけどそれは一瞬の喜びだったということは、すぐにわかることになる。
「だって口だけで済むわけないでしょ。紫堂くんが帰って来てからエッチしてたんだよね?」
「ななっ、な…!何でそれ…!!」
「こら遥也…朝っぱらからそういうことを言うな…。あぁ、若が教えてくれたんだよ、紫堂を送って来た時にな。」
「悠真くん、辛そうだもんね。大丈夫?」
「う………。」
「楽屋でそんなことするからいけねぇんだよ。反省しろよ?悠真。」
俺は二人に対して何も言えなくなって、俯いたままラジオ体操を続けた。
遥也くんが言う通り身体が辛かったけれど、そんなことはどうでもよかった。
今も寝ている紫堂さんを恨むわけにはいかなくて、翠さんに言われた通り、反省するしかなかった。
END.