「うわ…すご…。」
ライブ会場に着くと、そこにはミヅキ目当てにたくさんの人達が集まっていた。
それもバレンタインデーのお返し、ホワイトデーライブと銘打っているからには、女の子ばかりだ。
彼女の付き合いで来ている感じの男はチラホラいるみたいだけれど、俺みたいに一人で来ている奴なんか、ほとんど見当たらない。
何だか肩身が狭いというか…自分が場違いに思えて、俺は急に恥ずかしくなってしまった。
「悠真くん…?ですよね…?」
「え……?」
「あぁよかった、やっぱりそうだ。」
「あ…、わ、若……!」
スタッフ専用の出入口を探してうろうろしていると、肩の辺りをポンと叩かれた。
名前を言われて振り向くと、そこには紫堂さんのマネージャーの若林さんが立っていた。
「若って…。」
「す、すいませんっ!つ、つい…!紫堂さんが言ってるの聞いてたら癖で…!」
「はは…、いいんですけどね。どうぞ、ここから入って下さい。」
「はい…ありがとうございます…。すみません…。」
俺のバカ…。
いくら何でもまともに話すのがほとんど初めての相手に向かって、どう見ても自分より年上の人に対して、「若」はないだろ…!
若林さんの顔が、思い切り引きつってるじゃないか…!
しかも俺はあの有名人のミヅキを独り占めしている、マネージャーにとっては厄介な立場なのに…。
「今ミヅキは楽屋にいるんですけど、本番前なので…。」
「はい…。」
「終わった後にでも行ってあげて下さい。きっと喜ぶと思いますから。」
「はぁ…あの…。」
廊下を歩いている途中、若林さんの口から出たのは意外な言葉だった。
それもこんなににこやかな表情で言われるなんて、思ってもいなかった。
「どうかしましたか?」
「いえあの…、わ、別れろ…とか言わないんですか…?」
「ははは…!まさか…言いませんよそんなこと。」
「で、でも…。」
俺は何の取り柄もない一般人で、若林さんが大事にしているミヅキと同じ男なんだよ?
会場に集まっていた人達だけじゃなくて、他にもミヅキを大好きな女の子はいっぱいいるのに。
その子達がもし知ったら、どれだけショックかわからないんだよ?
男同士で恋愛だなんて、「発覚!人気ミュージシャンのミヅキはホモだった!!」なんてタイトルで雑誌にバーンと出て、テレビにも叩かれるかもしれないんだよ?
今のうちに別れてって言うのがマネージャーじゃないのか…?
「もしかして、それでいつも気まずそうにしてたんですか?」
「あ…う……す、すみません…。」
若林さんが勘がいいのか、俺がわかりやすいのか…。
俺が若林さんに対して顔を合わせづらかったことに、気付いていたらしい。
「いくらマネージャーでもそこまで口出ししませんよ。恋愛は本人の自由ですから。まぁあんまり自由過ぎるのはいけませんけどね。でもミヅキだって大人なんですから、その辺はちゃんとわかってますよ。」
「そ、そうなんですか…。」
「それに悠真くんには、感謝しているぐらいなんですよ。」
「へ……?感謝…??」
「ミヅキは元々仕事に対して真面目だったんですけど、前よりもっと真面目になったんですよ。」
「はぁ…。」
「仕事前に夜更かしもしなくなったし、時間には余裕持って来るようになったし。仕事中の集中力も増しましたよ。」
「はぁ…でもあの…。」
確かに紫堂さんは昨日も、夜10時なんて早い時間に寝てしまった。
若林さんが言うように仕事に集中しているからか、前よりも帰宅予定時間が大幅にズレることもなくなった。
だけどそれが俺と、どう関係があるんだろう…?
若林さんが俺に感謝をするほど、俺は何もしていないのに…。
「わかりませんか?ちゃんと仕事して、早く家に帰りたいからですよ。君が待ってるところに。」
「え……!そ、そんな…。」
「今日だって随分前から張り切ってたんですよ。悠真を呼ぶからーって。今日だけじゃなくて、何かにつけて君の名前ばっかり出しますよ。」
「えぇっ?!」
「まぁ顔が緩み過ぎな時は注意しますけどね。一応スターですから。」
「う……。」
紫堂さんってば…俺の名前をそんなに出していたんだ…。
恥ずかしいやら嬉しいやらで、俺は今若林さんの目の前で、どんな顔をすればいいのかわからなくなるじゃないか…。
「だから別れろなんて言いませんから、安心して下さい。と言うか、別れないで欲しいですね。君と別れたりなんかしたら、ミヅキはきっとダメになりますよ。」
「ホントですか…?それ…。」
「悠真くん…?」
「俺…、ちゃんとその、紫堂さんのためになってるかなって…。俺なんか何も出来てないんじゃないかって…。だって俺は一般人で何の取り柄もなくって…って、ごめんなさいこんなこと…!お、俺何相談なんかして…!」
まさか若林さんがそんな風に思っていてくれたなんで、そんな風に言ってくれるなんて思わなかった。
あまりにも意外だったからこそ逆に俺は、それが本当なのか信じられなかった。
若林さんが嘘を言うような人には見えないけれど、まだ信じられない気持ちでいっぱいだった。
だって俺は紫堂さんの口から直接そんなことを、聞いたことがなかったから。
「何か…ミヅキが言ってた通りの子ですねぇ、悠真くんって。」
「え……!ど、どんな風に言ってたんですか…?」
「うーん…それは内緒にしておきます。ミヅキに直接聞いて下さい。」
「そ、そんなぁ…。」
「じゃあそろそろ戻りますんで…。あ、ここスタッフ専用の部屋なんですけど、誰も来ないと思うんで、気にせず使って下さいね。」
「あ、はい、ありがとうございます…。」
紫堂さんは、どんな風に俺のことを言っていたんだろう?
いきなり貧乏になって部屋に転がり込んで来た、可哀想な奴とか?
何の取り柄もない、スーパーのアルバイトとか?
若林さんはそんな疑問を俺に残したまま、紫堂さんのいる楽屋へ戻ってしまった。
会場はいよいよ始まるミヅキのライブに、ざわめきを増していった。