12月も半ばに突入して、今年もあともう少しという時期になった。
相変わらず俺と空は一緒に暮らしていて、仕事を終えて帰宅すると、いつもの笑顔が出迎えてくれていた。
どんなに忙しくても、仕事で失敗をしてへこんでいても、会社を一歩でも出てしまえば、俺が考えるのは空のことだけだった。
あの笑顔に救われて癒されて、一緒にいられる…ただそれだけのことが幸せだと思える日々が、この数ヶ月続いていた。
「あきちゃん、見て!これ可愛いでしょ?小さい鏡餅!中にね、お餅が入ってるの。」
「え……?」
その日はいつもより少しだけ遅く帰宅すると、空が玄関まで走って迎えに来た。
俺が帰って来ると嬉しそうにするのは、10年前とちっとも変わらない。
「あとね、何て言うんだっけ…しめ飾りだっけ?飾るのもいっぱい買っちゃった!ほら、ここに干支の飾りが付いてるの、これも可愛いよねぇー。」
「え…あ…、うん…。」
「おせちはね、ママが作ってくれるって言ってたんだけど、ちょうど今日注文しちゃったんだー。」
「ちょ、ちょっと待った空…!」
空は買って来たと言う鏡餅やらしめ飾りやらを握り締めて、一生懸命になって説明をしてくれた。
それはいいのだけれど、今の話の内容だと、まるで正月は一緒に過ごすと言っているみたいに聞こえてしまう。
そう遠くないところに家族がいて、冬休みで学校もない空が、ここで過ごすのは不自然ではないのか?
あんなに家族のことが大好きで甘えん坊な空が、家に帰らないなんてことはあるわけがないのに…。
「え…?あきちゃん、どうしたの…?」
「どうした、は俺の台詞だろ?だって空は帰るんじゃないのか?パパもママも空が帰って来るのを楽しみにしてるんじゃ…。」
俺がこんな反応をするとは思わなかったのか、空は一瞬だけ驚いた後、曇った表情を見せた。
自分では誤魔化しているつもりらしいけれど、空ほどわかりやすい人はいないと思う。
楽しい時は思いきり笑って、悲しい時は思い切り泣いて…そんな空を俺はずっと見て来た。
空も空で俺の表情から言いたいことを読み取って観念したのか、遠慮がちに口を開いた。
「あきちゃん、ダメ…?どうしても帰らなきゃダメ…?」
「どうしてもってことはないけど…。」
出来ることなら、帰らないで欲しい。
帰って来いと言われても、帰らないで欲しい。
帰してくれと言われても、帰したくなんかない。
少しの間でも、僅かな距離でも、離れていたくなんかない。
だけどそんな我儘を言えるような年齢でも立場でもないことは、自分でもわかっていた。
だから俺は本心を隠して、年末年始は空を家に帰そうと思っていたのに…。
「ママにはちゃんと言ったよ…?課題がいっぱいあるって言ったらいいって。元旦だけはちゃんとおばあちゃんのところに行くって言ったら、それでいいって言ってたの…。」
「空…。」
「あっ、課題はホントなの!嘘吐いたわけじゃないんだよ?ママがいいって言ったのもホントだよ?あきちゃん、電話して聞いてみてもいいよ!」
「いや…別に疑ってるわけじゃないんだ…。」
ただ本当にそれでいいのか、空は無理をしているんじゃないのか、それだけが心配だった。
俺のことを思ってくれるのは嬉しい。
それはとても幸せなことだと思う。
だからと言ってまだ高校生の空に、無理をさせるわけにはいかない。
それが俺の…恋人として、叔父としての責任なのだ。
「で、でもあきちゃんに迷惑がかかるなら…。」
「空…!ち、違うんだ…!ごめん、そういう意味じゃなくて…。」
誤魔化そうとしたのは、俺の方だった。
本当は一緒にいたいのに、責任だの何だのと、大人だからという理由をつけて、格好をつけていた。
空にこんなことを言わせてこんな顔をさせるぐらいなら、最初から素直に喜んでやればよかった。
「あきちゃんあのね、僕…、ママもパパも七海も好きだよ…。」
「うん…。」
「でもね、違うの…あきちゃん、あきちゃんは違うの…。」
「うん…。」
昔だったらこういう時、空は大声をあげて泣いていただろう。
それが今では、抱き締める身体が大きくなったのと同時に中身も成長して、せつなげに声を詰まらせて我慢している。
何だかそれが嬉しくもあり悲しくもあって、俺は空の背中を撫でながら頷くことしか出来なかった。
「あきちゃん、好きなの…一緒にいたいの…。」
「うん、いよう…一緒にいような…。」
「一緒に年越ししようね…?お正月も一緒にいようね…?」
「うん…。」
俺はそれ以上何も言わずに、ただ空を抱き締めたまま、撫でることを繰り返した。
意地を張って傷付けてしまった空の心の痛みが、少しでも和らぐようにと。
「ただいまー、空?空、ただいまー。」
「あきちゃん!えへへ、おかえりなさいっ!」
その後の空は、いつも通りの空だった。
俺が仕事から帰ると、変わらない笑顔を見せてくれた。
「どうしたんだ?これ。すごい豪華だな…。」
「へへー…、一年間お疲れ様でしたっ!」
「そっか、ありがとうな。」
「ね、早く食べよう?僕ね、夕方前から頑張ったんだよ!」
そして俺の仕事納めの日には、テーブルいっぱいのご馳走を用意してくれていた。
日中は課題で忙しいのに、俺のために時間を割いて頑張ってくれたことは、言われなくても目で見てすぐにわかった。
空が帰りたくない、俺と一緒にいたいと言ったのが本心だったことを示すかのようで、その日の食事はいつも以上に美味しく感じた。