冬はあんまり好きじゃない。
どちらかと言えば、嫌いなほうだ。
寒いし、何をするにも面倒だから。
学校だってできれば冬だけ休校にして欲しいぐらい。
「柊ー、おーいしゅうーー…。」
「…ん……。」
あぁ、面倒だ、布団から出たくないよ…。
毎朝、こうやって布団の中でもぞもぞして、遅刻しそうになる。
だけど今日は日曜なのに…。
眠い目をゴシゴシ擦りながら、俺の気分とはまったく逆の、朝から陽気な声のする方へ向かおうと、嫌々ながら布団を出る。
「うわ、さむっ!」
勿体無いでしょ、という母さんは、俺が寝ている間にエアコンのスイッチを切ってしまう。
寝てる間はいいけど、起きた時寒いから、いつもなかなか出られないんだ。
母さんはわかってないなぁ…。
そして、わかってない人間が、もう一人。
「柊!ほら、見ろよ!」
「んもーうるさいよ朝から!……うわ…!!」
機嫌を損ねながら、窓を開けた。
俺の住む街では珍しい、一面の銀世界が、そこに広がっていた。
その白さに、思わず息を飲んだ。
空は真っ青に晴れていて、地面の雪が反射して眩しい。
2、3度瞬きをして、その地面ではしゃぐ人間を見下ろした。
「すごいよな、綺麗だよな。」
「…うん……。」
いい大人がそんなに目を輝かせて何やってんだか…。
半分呆れながらも、この寒さの中はしゃぐその男を、じっと見ていたいような気分になった。
隣に住む一也は、去年の今頃、引っ越して来た。
ここ数年空き家だったその家に、若い男が一人っていうので、最初はうちの家族も不審がってたっけ。
年齢は23歳、俺よりも7つ上で、仕事は運送業?とか、あんまり自分のこと言いたがらないから、そりゃあ不審がるだろう。
「柊も降りて来いよ。」
「やだよ、寒いもん。」
「寒くないって。」
「い・や・だ!」
降りて来い、としつこく誘う一也を振り切るように、窓をぴしゃりと閉めてしまった。
ちょっと今のはひどかったかな…。
せっかくの日曜なのに、一也によって完全に目が覚めてしまった俺は、仕方なく着替えて、階下のリビングへと降りて行った。
「おう柊、おはよう。」
「なんでいるの。」
「いや、おばさんがご飯食ってっていいって言うからさ。」
「母さん!なんでそんな奴にご飯なんか!」
不審がってた家族とも今じゃこれだもんなぁ…。
母さんってば、顔のいい男に弱いんだから。
父さんとも顔で結婚したんじゃないか?
…のわりには父さんも最近じゃ単なるおっさんだけど。
「あらぁ、雪が降って大変だったのよ、玄関と庭。一也くん手伝ってくれたんだもの。」
「そうそう、積もってたんだぜ。」
「ふーん、あっそ…。」
うちの父さんは、一也と入れ替わるようにして、去年の冬、地方に転勤になった。
出世のためよ、と母さんが言ったから、仕方なく単身赴任なんかしてる。
その父さんも最初は一也を不審がってたけど、母さんの日々の報告で、今では何かあったら一也くんに…なんて言っている。
「柊、後で雪だるま作ろうか?」
「えーなんだよそれ!子供扱いしないでよ。しかも俺、寒いの嫌いなんだってば!」
何が雪だるまだよ…、自分が作りたいんじゃないの…?
確かにあの、白い世界は綺麗だと思ったけどさ。
あそこにいたいような気分にもなったけどさ。
だけど高校生の男が、雪だるまって…。
一也なんてもっと大人のクセに…。
「んじゃ、俺もう行くわ。おばさん、今日も美味しかったよ、ご馳走様。」
「あらー、もう?もっとゆっくりして行けばぁ?」
あーあ、母さんに色目なんか使って…。
別に俺、マザコンとかそういうんじゃないよ。
だけどそうやって、いつからだったか、一也が母さんに、ううん、誰かに、優しい笑顔を向けるのを見ると変な感じがするようになった。
これって、なんだろ…?
「これから忙しいからなー。んじゃな、柊。」
「うん…。」
どこまでも子供扱いする一也は、俺の頭をポンポンと叩いて、リビングを後にした。
忙しい…、か…。
雪だるまなんか作ってる暇ないんじゃないの?
忙しくてできないなら言わなきゃいいのに、大人って勝手だよなぁ。
そういう時だけ大人だの子供だの言ってる俺も勝手だけど。
別に、雪だるまを作りたいわけじゃないけど。
これからお歳暮とかそういう時期だからかな。
でも運送業って、あんなに家にいてできるのかな…。
人が出入りしたのもあんまり見たことないから、社長とかそういうのでもなさそうだし。
それとも俺が学校に行ってる間にどっかに働きに行ってるのかな…。
1年が経とうとして、最近考えるのはこんなことばかりだ。
一也が何してる人なのか、普段はどういう生活しているのか、うちに来ない時は一人で何を食べているのか。
これじゃあ一也に恋してるみたいだ、俺…。
変なの…、俺も一也も男なのに、そんなのあるわけないし。
「柊ー、早く食べちゃいなさいよー。」
「はいはい、わかったってば。」
ふと浮かんだ可能性を綺麗に打ち消して、一也のいなくなった席と向かい合って、朝ご飯を黙々と食べた。