「すっ……ごーい!隼人、すごいねー、すごい豪華だね、綺麗だねぇー!」
俺達がホテルに着いたのは、チェックインの時間を少し過ぎた頃だった。
あの時早めに志摩を起こしておいてよかったと思った。
「見て見てー、白いツリー!あっ、可愛いクマさんだー!」
部屋の中には真っ白なツリーが置かれていて、俺達が部屋に入った時には既に電飾がピカピカと光っていた。
その傍には大きなクマのぬいぐるみが二つあって、志摩よりも大きいんじゃないかというぐらいだ。
絨毯やベッドカバーやカーテンの至るところまで白で統一された部屋は、ホワイトクリスマスをイメージさせたものだった。
「持って帰れるらしいぞ、それ。」
「えっ?!ホント?ツリーも?!」
「ホントって…嘘吐いても仕方ないだろ。」
「あの…も、もしかして…。もしかして隼人、だから車で来たの…?」
どうしてこういう時だけは勘がいいんだ…。
その分を普段の鈍感さに回してくれれば、ちょうどいいぐらいなのに…。
そんなことまで用意していたかと思うと、恥ずかしくなるじゃないか…。
「別にそういうわけじゃ…。」
「だっていつもなら絶対電車で行くはずなのに…。突然車なんて変だと思ったもん…。」
「だからそれは…。」
「ね、隼人、俺の勘違い?そう思っちゃダメ?俺のために考えてくれたっていうの間違ってる?」
誰にも邪魔されない二人きりの部屋で、大きな目が俺だけをじっと見つめている。
背伸びしてもまだまだ小さい志摩が、一生懸命俺に近付こうとしている。
あまり本音を言わない俺の気持ちをわかりたいと、必死で手を伸ばして…。
「ま、間違いでは…ないけど…。」
「隼人…!えへへー、隼人ー…俺幸せ~。」
「あのなぁ…。」
「だってぇー…ホントなんだもんー…。」
ほんの少しだけでいいから、志摩の素直さをわけてもらいたいと思ってしまった。
そうしたらこんな時には、自分の思ったことを言えたかもしれない。
お前よりも俺の方が幸せなんだ、って。
***
「う~…。」
時刻は午後7時を過ぎ、夕食の時を迎えた。
テーブルいっぱいに並ぶ料理と共に、幾つものスプーンやフォークやナイフ達と志摩は睨めっこしていた。
「うぅ隼人…これわかりません…。」
「そこに箸が入ってる。」
「ほぇ?このカゴみたいのですかー?あっ、ホントだ、お箸あったー!」
「無理する必要なんてないからな。」
志摩は志摩らしく、大きな口を開けて食べればいい。
時々食べ物を口の周りにくっ付けたり、ソースを零してしまってもいい。
いつもみたいに笑顔で「美味しい」と言いながら食べる姿が、俺は好きなんだから。
「隼人、これ美味しいよー、これも!こっちも美味しい~ん♪」
「ぷ……。」
「なんで笑うのですかー?」
「いや…何でもない…。」
俺の期待通り、そこには口いっぱいに料理を頬張る志摩の姿があった。
この料理が何で出来ているかとか、料理の名前なんかはどうだっていい。
ただ美味しいものを美味しいと言って思い切り食べる志摩を見て、安心してしまったら笑いが漏れてしまった。
「ふー…、お腹いっぱーい…。」
俺は少しだけ残してしまったけれど、志摩は出された料理を全部平らげた。
それどころか俺が残した分まで食べてしまったのだから、満腹になるのは当たり前だ。
志摩はお腹をポンポンと叩きながらベッドまで行くと、ばったりと倒れ込んでしまった。
「志摩…。」
「あっ、そうだ…トナカイ…わわっ!ど、どうしたの隼人…?」
「今寝るなよ、後でケーキが来る。」
「は…はい…あの…、ひゃ……!」
俺は志摩に気付かれないようにそっと近付いて、上から顔を覗き込んだ。
驚いた志摩が慌てて起きようとしたところで、大きく開けられた口元を指でなぞる。
最後に出たデザートのチョコレートムースにかかっていたオレンジのソースの甘酸っぱい香りが、ふわふわと漂っている。
「ソース付いてる。」
「あ…あの…っ、俺っ、お、俺……!」
指先で触れながらその口元を舐めると、志摩は真っ赤になって黙ってしまった。
そんな反応をされたら、ケーキが来るまで持たないかもしれないと思った。
「おっ、俺っ!トナカイさんっ、トナカイさん持って来たのっ!クリスマスだもんね!パーティーだもんね!き、着替えて来ようかな…!あっ、隼人の分もあるの!サンタさん!隼人サンタさんやろうよ!」
「お、俺はいい…。」
「えー?そうなのー?じゃあ俺だけでもいいや!俺トナカイさんやろーっと!きっ、着替えて来るね!さ、さようなら!」
「ぷ……。」
志摩はベッドから飛び降りて、大きなバッグの中から茶色い服を取り出した。
ついでに俺にも着させたかったらしいが、それだけは勘弁して欲しい。
この俺が志摩と一緒になってそんな格好をしたなんて誰かに知られたら、もう二度と立ち直れないかもしれないからだ。
しかし俺の心配とはよそに、志摩はそれどころではなかったのか、さっさと諦めてバスルームに消えてしまった。
出て来た時には、もっと大変なことになるとも知らずに…。
「お待たせでーす、志摩トナカイですっ!」
「ぶ………!げほっ、げほ…!」
数分後、元の笑顔に戻った志摩が出て来た。
その姿を見た瞬間、俺は飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
確かにトナカイの格好をしているけれど、それは違うだろう!と突っ込みたい気分でいっぱいだった。
だって普通は、トナカイと言えば何と言うか…着ぐるみみたいなものを想像するだろう?
あれだけ俺に女みたいな格好はするなと言われて、またやるなんて思わないだろう?
なんで女のトナカイ(もはや動揺し過ぎて意味不明だが)の格好なんかしているんだ……!!
「は、隼人っ?どうしたのですかっ?大丈夫?!」
「ど…どうしたもこうしたも…。」
「俺…似合わないかな…やっぱりサンタさんの方が…。」
「そ…そうじゃなくて…。」
「ねーねーでも見てこれ、帽子にツノも付いてるの!この帽子可愛いよね?でもやっぱりサンタさんにすれば……わっ!」
「だから……!!そういうのはやめろって何度言ったら…!!」
俺は我慢が出来ずに、志摩を床に押し倒してしまった。
驚いた志摩はトナカイのツノを握りながら、固まってしまっている。
「あの…っ、隼人…でもあのっ、これスカートじゃないの…!」
「え……?」
「ちゃ、ちゃんとほらっ、中にズボンが付いてるんだよ…!半ズボン!だからあの…女の子だけっていうわけじゃないと思って…!隼人に怒られないかと思ったの…!」
「あぁ…なんだ…。」
俺はスカートを捲って中を見せる志摩を見て、あろうことに残念だと思ってしまった。
あれほどダメだと、やめろと言っておきながら、志摩がこういう格好をするのを望んでいる自分がいたからだ。
「ちょ、ちょっと食べ過ぎてお腹がきついけど…!」
「あぁ…、それなら脱げばいいんじゃないのか?」
俺は今、何て言った?
そして志摩が穿いているズボンに掛けているこの手は何だ?
志摩がびっくりして何も出来ずにいるのをいいことに、さっさと脱がせてしまうなんて…。
これじゃあ変態趣味丸出しじゃないか…!
「隼人…あの…っ!」
「こっちの方が楽なんだろ?きつくないだろ?」
「は、はい…でも…ひゃああっ!」
「ここも…。」
俺が暴走をし始めて、志摩の白くて柔らかな太腿に触れた時だった。
部屋の呼び鈴が鳴って、ケーキを届けにホテルの従業員がやって来た。
俺は部屋の中には入れずにドアの外で受け取ると、すぐに志摩のところまで持って行った。
「志摩、ケーキ食べるだろ?」
「は…はい…。」
白い生クリームといちごのケーキが載ったワゴンを傍に置いて、床に座り込んでいる志摩に近付く。
そしてたっぷりと塗られた生クリームを指先に取って、志摩の口元まで運んだ。
「ほら……。」
「んぐ…っ、ん…ん…!」
「美味しいか?志摩…。」
「ん…っ、美味しいけど……あのっ、隼人…っ!」
俺の指先を夢中で舐める志摩の顔は、想像以上にいやらしかった。
目を潤ませて頬を真っ赤に染めて、おまけにトナカイの格好なんかして…。
ここで興奮しない奴なんて、世の中に誰一人としているものかと思った。
「いちごは?食べるよな?」
「た…食べ……ん…っふ…っ。」
「エロいな…。」
「エロ……?!あっ、あのっ!お、おおお俺っ、お風呂っ!!ケーキ後にするっ、お風呂入って来るっ!バラのお風呂だもんねっ!」
志摩は一瞬の隙をついて、俺の腕の中から逃げてしまった。
このままいったらすぐにでも行為になだれ込んでしまうことに、さすがに気が付いたのだろう。
だけど気が付いたとしても、もう遅い。
俺の中ではもう行き着くところまで行ってしまっていて、何を言われようと逃げられようと、志摩と身体を繋げないことには、治まるはずがなかった。
「どうせ汚れると思うけど。」
「汚れ…!はっ、隼人何言ってるのですか…っ!!」
「セックスしたら汚れるだろ。」
「ひゃ…ひゃあああぁっ!は、隼人変ですっ!えっちです…!」
「別に変でも何でもいい。」
「お、お風呂…!お風呂に……!!」
志摩は何とか俺から逃れようと必死だ。
そうやって真っ赤になればなるほど、俺の欲望に火を点けていることも知らずに。
「志摩、嫌なのか…?」
「や…じゃないです…っ!でも…!」
「でも…?」
「でも…うにょうにょ……。」
「志摩?」
「お…、お風呂に入ってから…がいいです…。」
ノックアウトされる、というのはこういう時のことを言うんだろうか。
志摩を追い詰めるつもりが、自分がやられてしまうだなんて…。
その言葉と表情だけでイってしまいそうになるだなんて、俺はこの先どうしたらいいのだろう。
志摩が風呂に入っている間、どんな風に待っていたらいいのかわからなくて、俺は一人で悶々としていた。