本格的な冬を迎える12月に入ると、今年もあともう少しで終わるということを街中で感じられるようになる。
しかしそれよりもわかりやすいのは、自分の家の中が慌しくなることだった。
イベントや記念日とは無縁だった俺が今では、志摩の行動や言動によって「そろそろ○○の季節だな」なんて思うようになっていた。
「隼人ーっ、おかえりなさーい!」
「ただいま…。」
「あのね、ちょっと相談があるのです!」
「相談…?何だ……し、志摩っ、引っ張るなって…。」
「早く早くー、こっち来てー!」
「わ…わかったから靴ぐらい脱がせてくれよ…。」
一日の仕事を終えて真っ直ぐに帰宅した俺を、いつものように志摩が出迎える。
お気に入りのエプロンをした志摩がぎゅっと抱き付いて来たかと思うと、すぐに離れて俺の腕を引っ張った。
こんな風に部屋に入ることを急かす時は、必ず何かくだらないことや余計なことをしようとしている時だ。
時期的に言ってクリスマスのことだろうとすぐに勘づいたけれど、黙って志摩に引っ張られてリビングに連れて行かれた。
「これっ!これ見て!」
「何だこれ…Hotel grand-T スィート・クリスマスプラン…?」
「はいっ!前にパーティーで行ったホテルですっ!」
「それはわかるけど…。」
志摩の言うパーティーというのは、2年前のクリスマスのことだ。
シロが偶然知り合いになったどこかの国の王子とやらに、クリスマスパーティーをやるからと招待された。
その時の会場がHotel grand-Tで、俺達みたいな一般市民が気軽に泊まることなんて出来ない豪華なホテルだった。
それ以来行ったことなんてなかったけれど、そのホテルで毎年企画されているクリスマスプランというのを、どうやら志摩がインターネットで見つけてしまったらしい。
「ねーねー、ちゃんと見た?」
「あ…あぁ…。」
パソコンの前に座らされた俺は、隣で興奮している志摩に言われるがまま、そのクリスマスプランに軽く目を通した。
スィートルームに一泊、豪華フルコースディナーにクリスマスケーキのサービス、バラの花びらのお風呂…それは言ってみれば、女が喜びそうなものだった。
「ね?ね?すごいよね?こういうのいいよね?」
今更確認をするわけではないが、志摩の性別は正真正銘、男だ。
だけどこういうものに目がないことは、今まで一緒に暮らして来て、俺もよくわかっている。
目をキラキラさせて俺に詰め寄って来るのだから、何を言いたいのかもよくわかってはいる。
わかってはいるのだけれど…。
「別に…。」
「ええぇっ!!い、いいと思わないの?!」
「特には…。」
「が…がぁーん…。」
俺がわざとこんな態度を取っていることに、いい加減気付いてくれよ。
俺はただ、そんな風に落ち込むお前の顔が見たいだけなんだから。
しゅんとして俯いたその大きな目に涙が滲むのを見たいだけな、単なる我儘人間なんだから。
「あの…隼人…、相談じゃなくてお願いがあります…。」
「お願い?」
「お、俺、半分…5千円だけ出すから…い、一緒に…。」
「半分?5千円って…?」
「だ…だからこれの…この1万円の半分…。ダ、ダメですか…?」
「ダメじゃないけど…よく見てみろよ、値段。」
だいたいこんな豪華プランが1万円なんて値段で味わえるわけがない。
ただでさえ普通に泊まるだけで何万円もするスィートルームにフルコースまで付いて、どこをどうやったらそんな安い値段になると言うのだろう。
余程興奮していたのか1桁見間違うだなんて、志摩らしいと言えば志摩らしいかもしれないけれど…。
「じゅっ、じゅうまんえんっ?!」
「しかもお一人様、だからな。」
「えええぇっ!!10万円が二つだから20万円っていうこと?!」
「あぁ、計算は出来るんだな。」
1から順に桁数を数えて最後の桁になると、志摩の顔が急に変わった。
さっきまでの笑顔はどこへやら、志摩の顔はどんどん青ざめていく。
こんな顔を見たいはずではなかった俺の中では、ちくちくと罪悪感が生まれ始めていた。
「お…俺、ごめんなさ…、か、勘違いして…。」
「いや、別にそれは…。」
「こ、今年も二人でしよー?あっ、志季と虎太郎も呼んで皆でパーティーもいいねー?」
「志摩…?」
「そうだっ、今年は志摩サンタじゃなくて志摩トナカイにしようと思うの!も、もう注文しちゃったんだー!えへへ、志摩トナカイー♪」
「志摩…。」
お願いだから、連れてって。
たったひとことそう言ってくれたら、俺は文句も言わずに連れて行ったのに。
値段なんてどうだっていい。
自分が興味あることかどうかなんて関係ない。
志摩が欲しいもの、志摩がしたいこと、俺が叶えられるものなら、何でも叶えてやりたいのに。
ほんの少し自分が意地悪をしてしまったせいで、こんなことになるなんて…。
それならば最初から素直に言えばよかった。
じゃあ一緒に行くかって、そう言ってやればよかった…。
二人で一緒に生きていくことを決めて何年経っても、俺達の間にはこんなすれ違いがよくある。
それも大抵俺が悪くて、志摩を傷つけてしまうことが多い。
いい加減にしなければいけないのは、志摩じゃなくて俺の方だ。
「えへへっ、張り切っていーっぱいご馳走作るね!」
「あ…あぁ…。」
「楽しみだなー隼人とクリスマスっ♪ねー?」
「志摩…。」
普段は強引で強情なクセにこういう時だけは遠慮深くなる志摩に、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
本当は行きたくて仕方がないのに、我慢して明るく振舞おうとする姿が、何ともいじらしくて、何とも申し訳がなかった。
そんな志摩に俺は、何をしてやれるのだろう。
志摩がしたかったことをしてやれば、志摩は喜んでくれるだろうか。
またさっきみたいな笑顔を見せてくれるだろうか…。
俺は志摩が台所へ消えて行くのを確かめると、開いたままのパソコンの画面に、もう一度目を向けた。