「そうだ…。」
遠野が行きそうなところを、恥を忍んで(もう恥じるところは何もないぐらいバレてはいるが)遠野の両親に打ち明けてみてはどうだろうか。
実の両親だったら、息子のことは俺よりはわかっているはずだ。
あいつが行きそうなところを知っていて、何か手掛かりが掴めるかもしれない。
それでダメなら他の方法を考えて…ホモだと公になっても構わない、何とかして探し出す方法があれば何でも実行してみるつもりだ。
「はい。」
「も…もしもしっ?遠野さんのお宅……ん?」
「はい、遠野ですが。」
「そ……そそそその声…と、遠野かっ?!遠野だよな?つーか絶対遠野だろっ?!お、おおおお前生きて…っ?」
「遠野」さんの家に掛けたのだから、誰が出ても「遠野」なのはわかっている。
しかしこの場合の「遠野」と言うのは、俺のよく知っている、俺が探していた遠野のことだ。
どうして遠野が自分の実家に…?!
俺は電話を持つ手が、ブルブルと震えてしまった。
「生きてるから電話に出られると思うんだけど…名取か。」
「そ、そうだけど…!お、お前は日本海に身を…っ!」(しまった、あれは俺の妄想か…!)
「日本海に身を…?勝手に殺さないでくれないか、縁起でもない…。」
「お、おう…。それもそうだな…。あー…その、ひ、久し振りだな…。」
「久し振りでもないと思うけど…。」
「そ、そりゃそうだよな…!っていうか一緒に住んでたし…!つーかお前実家にいたのかよ?!」
「同人誌は実家に送ってくれと言ったんだ、実家に帰るのは当然だろう。それにこの間の喧嘩の時、普通は自分の実家に帰るものだと言ったのは名取だろう。」
「う……そりゃあそうだけどよ…。」(細かいことまで覚えてんなぁーまったく…こんな時だけ素直に実家に帰ってんじゃねーよ…。)
いかん…こんなお笑いコンビみたいな(しかも笑いの取れなそうな)会話をしている場合ではなかった…。
だけど動揺し過ぎて何から言っていいのかわからない。
遠野がどうしてそこにいるのか、俺のことをどう考えているのか…ただでさえ何を考えているのかよくわからない奴が、電話の声だけではまったく掴めないのだ。
「どうしたんだ?あぁ、うちの住所がわからなかったのか…。」
「そ、そうじゃなくて…!た、確かに住所は知らないけど…。」
「早く送ってくれないか。着払いでいい。今から住所を言うからメモを…。」
「とっ、遠野っ!!!違うんだっ、待ってくれ…!」
どうしてお前はそんなに冷静でいられるんだ…?
俺に別れを告げられて、本当に納得して出て行ったのか…?
悲しくも何ともないと言うのか…?
あの妄想の中の週刊誌じゃないけど、俺達の3年間の愛は嘘だったのか…?!
言いたいことは色々あるのに、頭の中でうまく整理が出来ない。
「あぁ、そうか…!もう2日になっていたのか…ブツブツ…。」
「……ん?」
「すまない、俺としたことがぐっすり眠ってしまったみたいだ。やはり夜中まで起きていたのがいけなかったらしい。睡眠時間は8時間に限るな。」
「ん?んん……??」
何だこれは…。
何かいつもと同じような嫌な予感がするのは俺だけか…?!
遠野のこの、世の中と俺を分かりきったような口調と言い、やけに冷静な感じと言い…。
これはもしかして…。
「おっ、お前もしかして気付いて……っ?!」
「何のことだ。」
「と、ととと惚けるなよっ!俺が吐いた嘘のことだっ!!」
「気付いたと言うか…ドアの向こうで叫ぶのが聞こえて…。」
「な……!!だっ、だったら何ですぐ戻って来なかったんだよっ!!」
「それは…。」
やっぱり俺と別れたかったのか?
他に男がいるのか?
何だ…遠野が戻って来なかった理由とは何なんだ…!!
こんな時だけどもってるんじゃねぇ!!(八つ当たり)
「それは何だよっ!ハッキリ言ったらどうなんだっ!他に男が……。」
「どんな顔をしていいのかわからずだな…。」
「嘘吐くなよっ!(嘘吐いた俺が言うのも何だが)お前がそんな照れ屋で恥ずかしがりやさんなわけないだろうが!!お前ほど無神経な奴がいるかよっ!!そんなこと言ったって誤魔化されねぇぞ?!ハッキリ言えよっ!!」
「そうか…じゃあハッキリ言わせてもらうが…。」
俺は遠野の次の言葉を、ゴクリと唾を飲んで待った。
どんな衝撃的な事実を告げられるとしても、覚悟だけは出来ているつもりだ。
これで終わりになろうとも、遠野が決めたことなら俺は受け入れるしかないのだ。
「お、おう……。」
「俺は嘘は嫌いだ。」
「……は?!」
「何度も言っているはずだが…嘘を吐く気持ちがわからない。」
「ま、まさかそれで怒って…?」
「いや、怒ってはいない。ただ名取がどうしてそんな嘘を吐いたのかわからなくて考えていたら、エイプリルフールだということに気が付いて、安心したら寝てしまったんだ。ちょうど名取が俺の名前を呼びながら泣く声もいい子守歌になってだな…。」
「ぎゃ───!!と、盗聴してたのかお前…っ?!」
「盗聴とは人聞きの悪い。ただ耳に入っただけだ。」
「へ、へぇ…。そ、そうか…。」
お、俺が悩んだあの時間は一体…?!
しかもいつの間に盗聴器なんか…いや、超能力か何かか?!
元はと言えば嘘を吐いた俺が悪いのだが…違う、俺が悪いからこれはもうどうしようもないのか…?!
遠野に嘘を吐くということは、ここまで大変なことになるんだとわかっていなかった俺が全部悪いということなのか…?!
「すまない。嘘を吐くのが嫌いだからそういう行事には関心がなくてだな…。」
「ちょっと待て…。でもお前の携帯に電話したら現在使われておりませんって…。」
「あれはイタズラ電話対策に設定していただけなんだが…そういう機能があったのを知らなかったのか?」
「ほ、ほぉ~…。」(紛らわしい機能なんか付けるんじゃねぇ!!Tohnophone!!)
「名取?どうしたんだ?」
どうしたもこうしたもあるか───…!!
その嘘が嫌いなお前のせいで、俺がどんな思いをしたか…なんて遠野にはわからないんだろうな…。
きっと一生俺の気持ちなんかわからないんだ…!!
ちくしょう、どうせ俺は騙されやすいと昔から言われていた奴だよ!
「あんたは人に流されやすいから気を付けなさい」、母さんにもそう言われていたさ!
ついでに言うと通知表には「注意力が足りません」とか「慌てずにもっと落ち着いて物事を考えましょう」とか書かれていたさ!!
それがどうした…俺はこれでずっとやって来たんだっ!!
「そ…それで…戻って来るんだよな…?」
「あぁ、すぐにでも戻るけど…ちょっとだけ待ってくれないか。」
「な、なんでだよ…。」
「美樹さんの同人誌…新作をFAXしてもらったのをまだ読んでいなくてだな…。」
「そ、そんなのどうでもいいだろっ!」
「どうでもいいとは何だ、美樹さんは一生懸命描いたんだぞ?」
「い、いやっ、だからあの…帰って来てからゆっくり家で読めばいいだろっ?」(出来れば読んで欲しくないのだが)
「それもそうだな…。」
どうして俺の周りの人間はこうも変なところに拘るんだ…。
ホモだとか同人誌に免疫がないのが普通なのに、いとも簡単にそんなことを受け入れて…。
まるで俺達がホモになるのは運命だったみたいじゃないか…。
「だったらすぐに…。」
「わかった。少し持って行くものもあるから準備してすぐに出る。」
「持って行くもの…?土産なんかいらないけど…。」
「土産と言うか…まぁ楽しみにしていてくれ……フフ…フフフフフ…。」
「ちょ…っ、な、何だよ今のっ!今聞こえたぞ変な笑いがっ!!」
「そうか?気のせいじゃないのか?」
「お、お前…っ!!気のせいなわけがあるかっ!!」
「あぁ、そう言えば名取…。さっき、お前がそんな照れ屋で恥ずかしがりやさんなわけないだろうが!!お前ほど無神経な奴がいるかよっ!!とか言ったよな…どうもありがとう、ハッキリ言ってくれて…フフ。」
「ひ…ひえぇ───…っ!!い、一字一句違わず覚えてやがる…!!あっ、ちょっと待て遠野っ!こらっ切るなっ!!」
「ツー…ツー…ツー……。」(切れている)
ニヤリと笑った遠野の顔が受話器から出て来るんじゃないかと思うぐらい不気味な声に、俺の背筋はまたしても凍り付いてしまった。
何だ…何を考えているんだ遠野は…!!
ダメだ…やっぱりあいつのことはよくわからない───…!!
「ん…?も、もしもし…?」
「あぁ、ミワー?あ・た・し!」
「ね、姉ちゃんまでそんな名前で呼ぶなよ…。俺の名前はミワじゃないって何度も…。」
「フフッ、いいじゃないのー!」
その時絶妙なタイミングで俺の携帯電話が鳴り、おそるおそる出てみると締め切り明けの姉ちゃんの明るい声が飛び込んで来た。
遠野のあの笑いと言い姉ちゃんのこの様子と言い…俺の嫌な予感察知機能が鋭く反応してしまった。
「遠野くん実家にいたんじゃないのー。ついでに新作送っちゃった♪」
「あっそう…。ま、まぁ知ってるけど…。」
「すっごい張り切ってたわよぉー遠野くん。」
「な……ななな何が…?」
俺は額から冷や汗が吹き出て、電話を握る手が震え始めた。
怒っていないと遠野は言っていたが、ちゃっかりしっかり怒っているんじゃないのかよ…?
さっき言っていた持って行くものだとか何だとか言ったのは、また妙なことを考えていたんじゃないのか…?
「あんたと遠野くんのやつ、結局SM(極ハードSM/18禁どころか20禁レベル)にしちゃった♪これが描き出したら止まらないのなんのって!いやぁー久々に完徹しちゃったわー!」
「ぎゃ───っ!!マジかよ!!」
「し・か・も!シリーズ化しようと思ってるのよぉ!次も楽しみにしててね!あっ、遠野くんによろしくねっ、じゃあねっ!」
「あっ、切るなよっ!ちょっと姉ちゃん…っ!」
「ツー…ツー…ツー……。」(また切られた)
「う……う…うっうっ…。」
俺は姉ちゃんの電話とさっきの遠野の不気味な笑いから、遠野がその同人誌の内容を実行に移そうとしていることを悟った。
こういう時だけは俺の予感はよく当たるもので、今までも外れたことがない。
果たして俺はその同人誌のようについに夫の座を奪われるだけでなく、SMなんてものをやらされてしまうのか…。
俺は遠野が楽しそうにしながら部屋に戻って来るのを、震えながら待った。
そして二度と遠野に嘘を吐いて痛い目に遭わせようなんてことは考えないようにしようと、固く決意するのだった。
END.