「シロー…あれ…??」
タオルで髪をごしごしと拭きながらシロの名前を呼ぶと、姿が見当たらない。
てっきり台所にいると思っていたのだが、鍋に入っている肉じゃがを温めた様子もない。
もしかして急に眠くなったとか…志摩からメールでも来て夢中になっているとか…?
色んなことを考えながらリビングに足を踏み入れて、俺は一瞬頭の中が真っ白になってしまった。
「あっ、亮平~。」
「シ……シロ…っ!そ、それ……!!」
「ん?これオレにくれたんじゃないのか?リボン付いてたからプレゼントかと思って…。」
「ど、どっからそれを…!!」
シロの右手には小さなボトルが握られていて、それを美味そうに飲んでいた。
それがシロの言う通りただのジュースだったならまだいい。
この際酒だとしてもまだいいとしよう。
よりによってシロだけには見つからないようにしなければと思っていた物だったのだ。
「亮平の鞄から転がって出て来たから俺にお土産かと思って…。」
「い、いやあの…。」
「これ、ジュースじゃないのか?甘くて美味しいぞ…。」
「あ…いや…だからその……。」
それは俺がバイト先の仲間から入手した物で、いわゆる媚薬成分の入っていて、飲むと物凄い状態になる…と言われて渡された物だった。
俺はそんな物を使う趣味はないからと断ったのだが、しつこく言われて断り切れなかった。
それ以上何だかんだと言ってシロのことがバレて色々からかわれるのも嫌で、とりあえず持って帰って来たはいいが、シロにわからないように捨てるかそういう趣味の水島にやるか…と考えているところだった。
とにかく俺は使う気なんかまったくなくて、鞄の中に入れておけばシロも見ないだろうと思っていた。
だけど帰って来てすぐにシロに鞄を渡して風呂に行ったのがいけなかった。
簡単に蓋が開いてしまう鞄から、落ちてしまう可能性があるということを考える必要があったのだ。
「亮平?どうしたんだ…?」
「シ、シロっ!とにかくそれ今すぐ吐けっ、ほら、シ……シロ…?!」
「あれ…?亮平~…?オレ…なんか…。」
「うわ…!もう効いてやがる…!」
「きいて~…?りょうへ…?オレ、なんかへん…。」
「な、何でもねぇ…いや、何でもなくねぇのか…!」
シロの手から奪ったボトルはほとんど空の状態で、既に効き目まで現れている。
まさかこんなことになるなんて…だったら何が何でも断ればよかったんだ。
そんなことを言ってももう遅くて、とにかく今はこの現状をどうするかを考えなければいけない。
「シロ、ちょっと待ってろよ…。このまま、このままでいるんだぞっ?!」
「う~ん…。」
俺はシロの足元にあった鞄から携帯電話を取り出し、一旦リビングを出た。
こうなったらもう、こういうことに詳しい奴に聞くしかない。
「…っつーわけなんだ、どうすればいいんだ?」
「あの…すいません、何で俺にそんなこと聞くんですか…。」
「仕方ねぇだろっ!男の恋人がいてそういう趣味があんのってお前だけなんだよっ!」
「ちょ…っ、お…俺は別にそんな趣味なんかないですよ…!」
俺は水島に電話をし、手短に今起きていることを話した。
以前水島にそのテの話題でからかっておきながらこんなことを聞くなんて情けないとは思ったが、この際仕方がない。
電話を切った後あいつがニヤリと笑う姿も安易に想像出来たけれど、それよりもシロの方が大事だ。
「いいから教えろっ!どうすればいいんだっ?!」
「逆ギレしないで下さいよ…。」
水島は呆れたように言って、電話の向こうで溜め息を吐いていた。
逆ギレだろうが何だろうが、それもこの際どうでもいい。
「さっさと言えっ!じゃないとお前の色んなことシマたんにバラすぞ?!」
「お…脅しですかそれ…。」
「ああそうだ!脅しだっ!何が悪いっ!」
「あの…よくはわからないんですけど…。」
「だから何だよっ!」
「その…何て言うか…だ、出せばいいんじゃないんですか…?」
「は?出す?何をだ?どうやってだ?!」
「だからその…治まるにはその成分を出すしかないかと…。出すまでそういうことをすればいいんじゃないか、ってことを言ってるんですけど…。」
つまりはもう手遅れと言うやつか…。
そう言えば皆で旅行に招待された時も部屋にそういうお香か何かを仕掛けられていて、治まるまでひたすらセックスに溺れたんだった…。
「やっぱそれしかねぇのか…。」
「いや…まぁよくは知りませんけど…。」
「嘘吐くんじゃねぇよ、お前はいっつも使ってるだろうが。あっ!まさかお前面白がって教えないだけじゃねぇだろうな?!んなことしてみろ、タダじゃおかねぇ…。」
「へ、変なこと言わないで下さいよ…!俺がそんなことして何になるって言うんですかっ?それにいつもなんか…。」
「あーもうわかった!じゃあな!お前はシマたんと楽しんでくれっ!」
「意味がわかんないんですけど…。じゃあ失礼します。」
俺だって意味なんかよくわからない。
今どうしてシロがあんな状態で、俺は水島にこんな電話をしたのか、わけがわからないほどパニックになっているのを自分でも感じている。
ただはっきりとわかっているのは、こうなっているのは全部俺のせいで、俺が何とかしなければいけないということだ。
「亮平~…あつい…。」
「シロ…。」
再びリビングに戻ると、そこにはさっきよりも顕著に効果が現れているシロがいた。
自分で自分の身体を抱き締めるようにして震えながら床に横たわり、真っ赤になった顔で瞼の下には涙を溜めて、とろんとした目で俺を見つめている。
斯くなる上はもう水島に言われた方法しかないのだと決意をして、俺はシロの傍にしゃがみ込んだ。