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キリバン小説、シーズン企画など

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「スィート・ラブ・ポーション」-1

その日は何もかもがいつも通りだった。
俺は大学の後バイトへ行き、シロはケーキ屋で夕方まで働く。
帰りはシロをケーキ屋まで迎えに行く日もあったが、バイトの終わる時間が遅い日はシロが先に家に帰る。
そして二人でゆっくりと飯なんか食いながらその日あったことを話したりする…そんないつも通りの一日で終わるはずだった。


「シロ~?ただいま。」
「あっ、亮平~!へっへー、おかえり!」

家に入って玄関で靴を脱いでいると、俺の呼びかけに早速シロがぱたぱたと走ってやって来た。
この世界に来てもう2年以上が過ぎ、料理をすることも覚えたシロは、簡単な物を作って待っていてくれることもある。
そうでなければ俺が帰ってから作るか、どこかで出来合いの物を買って来るか、朝や昼の残り物で済ませる。
出会った時とは生活が随分と変わってしまったけれど、俺達はそれなりに上手いようにやっていた。


「何か作ったのか?」
「うんっ!じゃがにくってやつだ!」
「ぶ…、それは肉じゃがだろ…?つぅかそんな大層なもん作れるようになったのか?」
「うん!猫神様と一緒に作ったやつ持って帰って来たんだ~。」
「なんだ、あいつが作ったのか…。」
「え~?!オレもちゃんとやったぞ!ちゃんと鍋見てた!」

そうは言ってもシロは元猫だ。
2年経った今でも妙なことや間違ったことを言うこともあるし、まだまだ知らないこともたくさんある。
シロはそんな自分が恥ずかしいだのバカだのと言って落ち込んだりするけれど、俺としては全然そうは思わない。
むしろ色んなことを覚えて欲しくない、無知なままでいて欲しい…なんて思うこともある。
そんなものは俺の我儘なのかもしれないけれど、そこがシロの可愛いところでもあるのだ。


「なんだよ、拗ねるなよ…。」
「だって…。」

シロは頬をぷっくりと膨らませて拗ねてしまった。
そういう顔をしても可愛いことに変わりはないという事実に、シロ自身は気付いているんだろうか。
いや、気付いているはずなんかない。
シロがそんな意図的なことをするわけがないんだ。


「お前が頑張ったのはわかってるから。」
「ホントか…?」
「当たり前だろ?」
「そっか~、へへっ。」

そして俺が機嫌を取ろうとして優しくすると、シロの顔はすぐに満面の笑みに変わり、甘えるようにしてぎゅっと抱き締めて来る。
俺はその高い体温に包まれる、この瞬間が大好きだ。


「シロ、頑張ったな。」
「うん!」

俺はシロの頭を優しく撫でてきつく抱き締め返すと、頬に何度か軽いキスをした。
このままベッドに直行…いや、ベッドなんかに行かなくてもこの場でセックスに傾れ込みたいところだが、最近ではそういうことも少なくなって来た。
俺もシロも大人になりつつあるということなのか、昔ほど無茶はしなくなったのだ。
決して冷めて来たとか倦怠期だというわけではない。
出来ることならば毎晩だってしたいし、いつまでも抱き締めていたいと思う。
だけど物事には区切りやけじめというものが必要だ。
それぐらいの常識は、こんな俺でもわかって来たというわけだ。


「さてと…んじゃ風呂でも入るかな…。シロは先に入ったんだろ?」
「あ…うん、ごめん…。」
「何で謝るんだよ?」
「あ…うんと…最近一緒に入ってなかったのにオレ先に入っちゃって…。」

言われてみればごもっとも、俺達はここ最近一緒に風呂に入ることがなかった。
お互い忙しい日が続いて、そんなことをすれば色々したくなるのはわかっているからだ。
次の日に響くようなことはしないようにする、というのも暗黙のルールのようになっていた。
もちろん人間誰しも完璧なわけではなく、時々守れないことはあるけれど、あくまでここ最近は守れていたのだ。


「なんだシロ…じゃあもう一回入るか?」
「えっ!あ…オ、オレ…っ。」
「バカ…そんなに真っ赤になるなよ…。俺まで恥ずかしくなるだろ…?」
「う……。」

シロの何気ない一言でも、俺はどこかに突っ込めるところがないかと探してしまう。
そしてそれを見つけると「しめた」と言わんばかりにシロを責め、逆にシロにそんな顔をされて結局は俺も恥ずかしい思いをする…その繰り返しだ。
他人から見たらバカみたいだと思われるかもしれないけれど、こういう付き合い始めみたいな初々しさが、俺達が続いている一つの大事な要素でもあると思っている。


「冗談だって。じゃあ準備しててくれよ、じゃがにく。」
「に、にくじゃが!」
「そうそう、肉じゃがな。」
「う~…。」

まったくもう…。
何を言っても何をしてもどんな顔をしても可愛いなんて、時々憎らしくなるんだよな…。
これ以上俺を夢中にさせてどうするんだ、そう言いたくもなるだろう?
きっとそう言えばシロも同じことも言うんだろうな…なんて、それはさすがに自惚れ過ぎか…?


「はー……。」

外を歩いて来て少しだけ冷えた身体をシャワーで温め、シロが好きな甘い香りのする入浴剤が溶けている浴槽に沈めた。
今頃シロはどんな顔をして肉じゃがを温めているんだろうか。
さっきのことをまだ引き摺って、赤い顔をしているんだろうか。
それとももうすっかり元に戻って、俺が風呂から上がって来ることが楽しみで鼻歌でも歌っているんだろうか。
志摩が考えたとかいう変な歌…玉子の歌だかハムの歌だかを歌って…。


「ふ……。」

なんだか想像をしただけで俺は一人で盛り上がってしまい、風呂の中で思わず笑ってしまった。
早く風呂を出てシロの顔が見たい…そう思うと十分に身体を温めるのなんか待てなくて、急いで浴槽から出た。

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