「ただいまー、銀華!ただいま!銀華っ。」
途中でコンビニに寄った後は、小走りどころか全速力で走って家に辿り着いた。
ドアを開けながら銀華の名前を呼ぶと、部屋の奥から静かに足音が聞こえて来る。
「何だ、騒がしいな。」
「ただいまっ!」
「な…、何だ……!!」
「ん?今日はホワイトデーだろ?だからお返しってやつ。」
玄関のドアを閉めて、俺は手に持っていたコンビニの袋を思い切りひっくり返した。
溢れる程詰め込んでいた飴がバラバラと落ちて、銀華に降り掛かる。
「だからと言って突然何を…。」
「ごめん、色々あって準備出来なくて…。これ勘弁して?」
「お前は馬鹿か…。」
「はは…さすがにコンビニの前で袋から飴出して入れ直してる時はちょっとバカだと思ったな…。」
あの花の飾りだけでは何だとコンビニへ寄ったはいいが、既にホワイトデーの商品は撤去されようとしていて、ほとんど在庫も残っていない状態だった。
俺は袋飴を大量に買い込んでそれをコンビニの袋に開けて持って帰って来たのだ。
何かそういう驚かせるようなことをすれば、大したものでなくても喜んでもらえると思ったからだ。
「ちょっと、どころの話ではないだろう…。」
「うん、でもいいんだ…。」
「な、何をす……。」
「俺の自己満足でもいいんだよ、俺が銀華にしたかっただけなんだ…ごめん。」
飴まみれになっている銀華の身体をきつく抱き締める。
たった今日一日離れていただけで、こんなにも懐かしく思えるなんて…。
俺は銀華をどんどん好きになっているんだ。
だから銀華を少しでも喜ばせたいし、楽しませたい。
少しでも俺のことを気にして欲しいし、もっと好きになって欲しい。
「だ…だからと言ってこのような…。」
「うん…。」
「……?何を付けて…。」
「これ、銀華の髪の色そっくりだろ?やっぱり似合うな…。」
「………っ!馬鹿者…っ!!私は女子ではないと……!」
「わかってるってば…。でも可愛い。」
俺はあの小さな花の飾りを銀華の長い髪に差し、頭を優しく撫でた。
女扱いをしているつもりはない、恋人扱いをして可愛がっているだけだ。
それを責められても、可愛いものは可愛いんだから仕方がない。
銀華が怒れば怒るほど可愛くてしょうがないなんて、俺はどこか変なんだろうか…。
「う…五月蝿……っ。」
「理香ちゃんがこれに気付いてくれてさー、お前の髪の色に似てるって。俺も見た時すっげぇ感激したんだよな…。」
「………。」
「ぎ…、銀華?」
俺は一人盛り上がり過ぎたのか、銀華が無言で俺から視線を逸らした。
もしかしてやり過ぎて引かれたとか…?
落ち込みそうになって銀華の顔を覗き込むと、僅かに眉間に皺が寄っている。
これはもしかして…いや、もしかしなくても…。
「お前はその…。」
「ん?」
「いや…何でも無いのだ…。気にするな。」
「何でもない?」
眉間の皺は、俺のせいだ。
悪いことをしたのは俺だ。
また何の気なしに理香ちゃんの名前を出してしまったのが悪かったのだ。
だけど銀華が嫉妬しているとわかると、物凄く後悔して物凄く申し訳ないと思ったけれど、物凄く嬉しくなってしまった。
「そ…そうだ…。」
「ふぅん…そっか…。」
「も、もう良い。手を洗って飯に…。」
「ふぅん…。」
いまいち納得のいかない表情で見つめる俺に耐え切れなくなったのか、銀華は立ち上がってしまった。
こうやって意地悪をすることも最近では覚えてしまったのは、バカの一つ覚えと言うやつだろうか。
いつこのことを責めてやろうか、恥ずかしい思いをさせてやろうか…そんなことばかり考えてしまう。
そんなことを考えていると知ったら、銀華は俺を嫌いになるだろうか。
それとももうそれもわかった上で、わざと知らない振りをしているのだろうか。
恋というのはそうだから悩むし、そうだから楽しくもある。
それがわかっただけでも、前の俺よりはバカではなくなっていると思いたい。