結局俺は周りの人達へも銀華へも、ホワイトデー当日に用意することにした。
それが多分一番無難で、何の問題もないだろうと思ったからだ。
その俺の予想通りおばさん達はスーパーで買ったものでも喜んで受け取ってくれたし、夕方前に渡した理香ちゃんも店長の奥さんももちろんそうだった。
後は銀華がどう思うのか、それだけだった。
「藤代くん悪いねぇ、今日は何かあったんじゃないの?」
「いえ!俺は大丈夫です!こうなるのはだいたいわかってましたし。」
そして予想通り夕方から店は混み始め、商品受け渡しから配達、後片付けやら何やらでいつもよりも終業時間を遥かにオーバーしていた。
世の中こんなにも花なんか贈る気障な奴が多いのか…なんて思ったけれど、自分もその一人だと思うと何も言えなくなる。
「それが終わったら帰っていいから。後は明日でも出来るし。」
「あ…はい。じゃあ失礼します。」
「小沢さんも悪かったね、遅くまで。もう大丈夫だから。」
「いえー、大丈夫です!お疲れ様でしたっ。」
理香ちゃんと共に店長に挨拶をして事務所に戻った俺は、溜め息を吐きながら椅子に座った。
忙しさに疲れていたというのももちろんあるけれど、それは別にどうということはない。
これは俺が好きでやっている仕事で、忙しい方がいいに決まっている。
そうではなくて、肝心の物が用意出来ていないことに対しての溜め息だった。
「あー…。」
仕入れはちゃんと余裕をもってしているつもりだった。
だけど商売なんてものはお客さんが来てみないとわからないもので、売り切れることだってある。
俺が狙っていた花はこの日すべて売り切れてしまって、銀華へのお返しが出来なくなってしまったのだ。
そりゃあ余った花でも何でもいいのかもしれないけれど、特別な日にはそれなりにしたかったのに…。
これでは今まで何のために悩んでいたのかよくわからなくなってしまう。
こんなことならせこい真似なんかせずに、自分の名前で予約でもしておけばよかったんだ。
そうでなければ花じゃなくても、前日までに準備をしてロッカーに入れておけばよかった。
誰に見られようが、そんな細かいことを気にしている場合じゃなかったんだ。
俺は本当に救いようがないバカだ…。
「あれ?藤代さん…。」
「んー?」
椅子に座ったまま呆然としていると、ロッカーの荷物を取り出していた理香ちゃんが不思議そうに覗き込んで来た。
俺はもう自分に呆れ過ぎていて、立ち上がる気力すら失せてしまっていた。
「花束…作ってなかったんですか?」
「うーん…。ちょっと計算ミス…?使いたいのがあったんだけどまさか売り切れるとは思わなくてさ。」
「え…そうなんですか…。」
「仕方ないよなぁ…。」
あんなに相談に乗ってもらったからか、まるで理香ちゃんにまで悪いことをしたような気分だった。
そしてつくづく俺は頭が悪いのだと思い知らされた。
「あっ、これは?やっぱりダメですかねぇ…。」
「あー…、もういいよ、別にそんな大したことでも……それ何?」
「ホワイトデーの飾りですよ、もう使わないから…でも明らかに偽物で何の感動もないですよねぇ、これ…。」
「いや…。」
ロッカーの傍には、閉店した後に理香ちゃんが片付けたホワイトデーの飾りが置いてあった。
この二週間程、窓や店先に貼り付けていた造花やリボン達だ。
「彼女さん変わった髪の色でしたよね、確かこういう…。バンドか何かやってて、バイトでホントに皿洗いしてる人かと思っ…。」
「それっ、それちょうだい!いい?持って帰っていい?!」
「えっ!あ、は、はい…もう処分するんで大丈夫ですけど…。」
「うわー、助かった!ありがとう理香ちゃんっ!!マジでありがとう!!」
理香ちゃんが手にしていたのは、ちょうと銀華の髪の色に似た、青みがかった銀色の花の形の飾りだった。
現実では探してもないような色の花が、まさかこんなところで手に入るなんて…。
自分の運も捨てたもんじゃない、なんて調子に乗って鼻歌でも歌い出しそうな勢いだ。
「ぷ……!」
「えっ?何?何で笑うんだ?俺何か面白いこと言ったっけ?!」
「またですよ、この間の。ホント藤代さんって一途なんですねぇ。」
「え……!あ…ご、ごめ…!!うわ…俺また…。」
「気にしないで下さい。それより今度なれそめ詳しく聞かせて下さいね。」
「あ…いや…それはその…。」
「じゃああたし急ぐんで失礼しますね!お疲れ様でしたっ!」
「あ……う……。」
本当は人間じゃないからああいう髪の色なんだ、なんて言ったら普通の人は信じてくれるんだろうか。
普通じゃない俺達の関係も普通だって思われる日がいつか来るんだろうか…。
いや、自分達が普通だと思っていればそれでいいんだよな…。
ごく普通の恋人同士だって、少なくとも理香ちゃんみたいな人にはそう見えているんだからそれでいいんだ。
「あれ?藤代くんまだ残ってたの?」
「あっ、今帰りますっ!すいませんっ!」
「じゃあ鍵お願いしていいかな?」
「はいっ!お疲れ様でしたっ!」
やっぱり俺は単純でバカだ。
少しのことでこんなにも気分が上がってしまうんだから。
そんな俺に思われて、銀華は幸せなんだよな…?
そう思っていいんだよな…?
俺は急いで準備をすると、店の鍵を閉めて小走りで暗い道を帰った。