「…よしっ!」
「わっ!」
「え?!うわっ、り、理香ちゃん…!」
「びっくりするじゃないですかー!イキナリ叫ばないで下さいよぉ。」
「ごっ、ごめん!っていうかいつから…。」
「つい今しがたですけど…。お弁当見ながらずっと唸ってるから声掛けようか迷ってたとこです。」
またやってしまった…。
これだから俺は単細胞だの何だのと、いつも兄貴にバカにされるんだ…。
銀華にも呆れられるし…どうにかならないものなんだろうか。
「はは…驚かせてごめん。あ、何かあった?」
「いえ、店長に言われて包装紙取りに来ただけです。」
やっぱりここに置いておくのは危険だ。
事務所は物置も兼ねているから人の出入りが激しいし、誰かに見られてそこで言い訳するのも逆に変に思われるかもしれない。
「そ、そっか…。」
「今日も凄いですねぇ…。」
「え?何が?」
「お弁当ですよ。料理人が作ったやつみたいで…。」
「わっわっ!!ちょ、ちょっと…あんまりそう見られると…。」
「えー?今更照れることないですよぉ!凄い美味しそうー。」
う……。
そう言われると元も子もないと言うか、何も返せないじゃないか。
理香ちゃんは本当に弁当のことだけを言っているのかもしれないけれど、突っ込まれた方としては色々複雑なのだ。
弁当のことを言いながらどんなことを考えているのだろう、変なことを聞かれたりしないか…だとか。
世間ではまだまだ認められていない関係というのは、そういうものなんだ。
「えっと…その…。」
「あ、もしかして彼女さ…恋人さんのことで悩んでたんですか?」
「べ、別にそこ言い直さなくてもいいよ…。」
「あはっ、すいません、悪気はないんですって!だって彼女さん、じゃ何だか変だし…。」
「ま、まぁそうだけどさ…。」
「あ、もしかしてホントにそのことで悩んでたんですか?」
シロや志摩と話している時もそう思っていたのだけれど、実は俺は女っぽい性格なんだろうか…。
さすがにキャピキャピ女子高生みたいな若さパワー全開の子にはついていけないけれど、こういう気軽な友達感覚で話せる女の子には結構気兼ねなく打ち明けてしまうのだ。
銀華本人には言えない悩みだとかを、それこそ女の子同士の恋のお悩み相談みたいにして話してしまう。
「あのー、余計なお世話かもしれないんですけど…。」
「え?何?」
「その…藤代さんがこの店で働いてるのって、知ってるんですよねぇ…?」
「え、当たり前だろ…?」
俺はごく簡単にだけれど、理香ちゃんにさっき考えていたことを話してしまった。
丸まった包装紙を解きながら理香ちゃんが口にしたことが、俺は最初どういう意味なのかわからなかった。
「だったら藤代さんも花にすればいいんじゃないですか?」
「え…?」
「そしたら当日でも大丈夫じゃないかと…。」
「あ…!!そ、そっか!そうだよな!うわー、俺すっげぇバカじゃん!!花屋のクセに何やってんだろうな!」
人の手伝いに夢中になっていたけれど、別に俺も花でもよかったのだ。
それに花はよく持ち帰っているから、店長や他の人にも怪しまれることもない。
どうしてそんな簡単なことに気が付かなかったんだろう…!
「あぁ…でも他の人の分はどうしよう…、それがあるんだよな…。」
「別にロッカーに入れておいても鍵かけておけば平気だと思うんですけど…。」
「うーん…そうかなぁ…。」
「そうですよぉ、そこまで気にしなくても…。」
そうだ、もう理香ちゃんには言ってしまったんだから、他に人に見られなければいい。
仮に見られたとしてもそこまで意識をする必要もないのかもしれないし…。
いざとなれば「これどうぞ」とその場で渡してもいいことだ。
「っていうか藤代さん…なんか可愛いですねぇ。」
「は?か、可愛い?!何それ、俺が可愛いとかって超気持ち悪いんだけど!」
「あはは、まともに取らないで下さいよぉ!なんか見てて面白いっていうか…恋する乙女みたいでしたよ?」
「お、乙女って…それこそ気持ち悪いんだけど…。」
俺みたいな、どう見ても男にしか見えない奴に向かってその言い方はないだろう。
兄貴や同性の友達が聞いたら鳥肌もので気持ち悪がりそうなのに…。
可愛いっていうのはシロや志摩みたいな小さい奴とか…、それから銀華に言うものであって…。
「だからそうじゃなくてですねー。羨ましいなぁって思ったんですって。」
「羨ましい…?」
「すっごい思われてるんですね、か…彼女さん?」
「いや…!あのっ、ごめ…俺なんかすっげぇ自分の話ばっか…バカみたいな相談なんかして…!」
俺がこういう話をしていると、そんな風に思われていたのか…。
シロや志摩はどちらかと言うと一緒になって盛り上がって自分達の話もするから、あまりそう感じたことがなかった。
何を俺はベラベラと個人的な相談なんか…しかも理香ちゃんは仕事中で、包装紙を取りに来ただけだとというのに。
「頑張って下さいね!」
「が、頑張ってって…。」
「あ、それからあたし的にはコンビニで売ってる100円の飴とかでいいんで!変な雑貨より食べ物の方が嬉しいです。」
「そ、そう…?変な雑貨って…。」
「多分商店街のおばちゃん達もそれでいいと思いますよ!わざわざ用意しなくても当日買えるじゃないですか、昼休みとかに。」
「そ、そっか…。」
やっぱり俺の考え過ぎということか…。
そうだ、おばちゃん達がくれたチョコレートだって多分スーパーで売っている100円だとかそれぐらいの物だった。
いくらホワイトデーが何倍返しだとか言われているからと言っても、別にわざわざデパートなんかに買いに行くようなことでもなかった。
「じゃあそろそろ行きますね。」
「あ…ホントごめんな、引き止めちゃって。」
「いえー、とんでもないです。ごゆっくり!」
「うん、ありがとうな。」
色々恥ずかしい思いもしたけれど、これは理香ちゃんに相談して正解だったかもしれない。
そうでなければ俺はあのまま悩み続けて、せっかくの弁当を食べることも忘れてしまっていたところだ。
「よし…いただきます。」
何だか一安心したら急に腹が減って来てしまって、俺はもう一度弁当に向かって挨拶をした。
元々冷めていても美味しい銀華の弁当だったけれど、この時は何だかいつもより温かく感じて、いつもより余計に美味しく感じた。