俺の働く花屋は、大抵イベントの日ともなると、いつもより忙しい。
誕生日や結婚記念日、何かの祝い事などの個人的なイベントもそうだけれど、世間一般的なイベントの日というのはその数日前から予約だの何だのと忙しくなる。
春といえば出会いと別れの季節、卒業式や入学式シーズン真っ只中だ。
そして数日後に控えたホワイトデーというのも、店にとっては割りと大きなイベントだった。
「はい、はい…そうですね、はい、承りました。ありがとうございます。」
「また予約ですかぁ?」
「あ…理香ちゃん。もういいの?昼休み…。」
「はいっ!藤代さん行って来て下さい。店長もいるんで大丈夫ですから!」
昼休みを利用して掛けて来ているのか、この時間の電話は珍しくない。
注文を受けて希望なんかを一通り聞いて電話を切ると、後ろでアルバイトの理香ちゃんが立って待っていた。
そう言えばこの理香ちゃんには、俺と銀華のことがバレているのだった。
あれからほとんど何も突っ込んで来ないけれど、今までと変わらずに接してくれていることは有り難い。
「恋人は同性です」なんて言ったら気持ち悪がられるか、興味半分で色々聞かれると思っていたのに…。
今時の女の子にしては理解があると言うか心が広いと言うか…。
「…じしろさんっ?藤代さんっ?!」
「…え!あ、は、はいっ!」
「どうしたんですかぁ?今どっか行っちゃってましたよ?」
「あ…ご、ごめん、じゃあ俺昼行って来るわ。」
俺の悪いところは、単純で一つのことしか出来ないことだ。
人に何かを言われればすぐに間に受けてしまうし、一つのことを考え出すと止まらない。
兄貴には物心ついた時から「頭が悪い」だの「バカ」だの言われていたっけ…。
店での仕事が人様に迷惑がかからない程度出来ているのが自分でも不思議に思うぐらいだ。
「はーい、行ってらっしゃーい。」
理香ちゃんと、店先にいた店長に見送られ、俺は事務所へと向かった。
へこみが目立つ年季の入った灰色のロッカーには、仕事中一番の楽しみが入っている。
「いただきます。」
聞こえているわけはないのだが、俺はその楽しみ…つまりは銀華が持たせてくれた弁当の蓋を開けると、自然に挨拶をしてしまうのが癖になっていた。
あいつも今頃家で一人で食べているのかな…なんて想像に耽ながら。
「…あ……。」
そういえば人様のことばかり言ってる場合ではなく、俺もバレンタインには色んな人達からチョコレートをもらったのだった。
今年は副店長になってそれなりに仕事の量も増えて忙しくなったから、つい忘れてしまっていた。
あの理香ちゃんはもちろん(シフトが合わなくて次の日だったけど)、店長の奥さん、それから商店街のおばちゃん達にももらったのだ。
明らかに義理としか言い様がないチョコレートだったけれど、今後の付き合いだってあるわけだし、義理ならば余計にお返しはきちんとしなければならない。
「………。」
それともう一人、一番大事な人からももらった。
そういうイベントにまったく興味のない銀華が、志摩に唆されてと言い訳をしながら、真っ赤になりながら渡してくれた。
まさかあの銀華からもらえるなんて思ってもみなかった俺は、何の気なしに皆からもらった義理チョコを持って帰って、それは大変なことになったのだ。
本当の意味で大変だったはその夜の銀華で、俺にとっては嬉しい誤算のようなものだったのだけれど。
「うーん……。」
…とすると、ホワイトデーもそれなりに気を付けないといけないことになる。
俺と違って人一倍記憶力のいい銀華だ、また紙袋なんか持って帰ったらすぐにバレてしまう。
「うーん……。」
しかも俺も銀華にもらっているわけだから、銀華の分もお返しを渡さなければまた妙なことになってしまう。
しかし渡したのは銀華だけではない、俺も銀華に渡して、結局俺達はチョコレートを交換する…という形になった。
銀華はこのことをどう考えているんだろう?
毎年シロや志摩が大騒ぎしているからホワイトデーの存在を知らないわけでもないだろうけれど、だからと言って俺にお返しをくれるなんてことがあるのだろうか。
バレンタインでもあれ程恥ずかしがりながら寄越した銀華が、二度もそんなことをするとはちょっと考えにくい。
「あー…どうしよ…。」
そうなると渡すのは俺だけだと仮定しよう。
銀華へのお返しを持って帰って、それが前日なんかにバレるのは出来れば避けたい。
しかし店は当日忙しくて残業になる可能性大だから、デパートなんかはきっと閉まっていることだろう。
そしたら嫌でも前日までには買うことになるわけだから、どうしても家に持ち帰ることになる。
ロッカーに入れておければいいかもしれないけれど、それを出し入れしている時や扉を開けた瞬間なんかに理香ちゃんや他の店員にに見られるのも何だか気まずい。
やっぱり持ち帰ることになってもし見付かったら、どうしようか。
銀華は他の女の人への物と一緒にされたら嫌がるだろうか…嫌がるだろうな…。
「うぅ~ん…。」
それとも俺が考え過ぎなのか?
別に銀華はそこまで深く考えていないかもしれないんじゃないか?
そうだ…銀華が絶対俺にお返しをくれるわけなんかないだろうし、別に義理へのお返しなんだから何も疚しいことなんかないんじゃないか…?