「なんだ、違うのかー…。」
「そうだよっ!節分っていうのはその…だからー…簡単に言えば悪いものを払うために豆まきすんのっ!」
「志季が意地悪したりひねくれてるのは悪いことじゃないのか?」
「うっ、ううううるさいよっ!!虎太郎に言われたくないっ!そういうことじゃなくて…!」
虎太郎に言われなくたってわかってるよ…自分のそういうところがいいなんて思ってないよ…。
だけどそんなにハッキリ言われたら、僕だって腹が立つ。
わかっているからこそ、腹が立ってしまうんだ。
「あっ、そっか!わかった!」
「な、何……?ちょ、ちょっと何すんの…っ!」
「志季のこと狙う奴を退治するんだな?誰にも取られないようにしないとな!」
「そ、そういうことじゃな…、は、離してって…っ。」
心配しなくたって、僕は誰にも狙われないし、誰にも取られないのに…。
こんな僕を好きだなんて言ってくれる物好きなんか、虎太郎しかいないのに…。
そんなこともわからないなんて、どこまでバカなんだろう…?
「志季、ちゅーしていいか?誓いのちゅーってやつだ!」
「な、何それ全然繋がってないよ…っ!」
「だって志季可愛くってー、俺にぎゅってされて真っ赤になってるんだもんな!俺頑張って志季のこと守るから!」
「な、何バカなこと…っ!んう……!」
何も知らないはずの虎太郎がしてくる激しいキスに、僕はクラクラと眩暈を覚えた。
普段はヘラヘラニコニコしているくせに、こういう時だけやけに男らしい顔なんかして、ずるい…。
入り込んで絡んで来る熱い舌が全身を溶かしていくようで、まるで僕を黙らせるための魔法みたいに、この身体ごと動けなくしてしまう。
「志季、好きだからな…。」
「え…?ちょ……え…っ?あ……!」
「志季のおっぱいぷくって膨らんでる…豆みたいで美味しそうだなぁー…。」
「バ…バカぁ…っ!変なこと言わな…で…っ、や…やだ…っ、虎太郎……っ!」
虎太郎の唇は僕の首を伝った後、いつの間にか捲られていた胸の突起を捉えた。
ほんの少し触れられただけなのに、そこがじくじくと痛むように疼いて、身体がビクビク震える。
そんなことろを舐められて、変な喩えでいやらしいことを言われて、どうして僕は抵抗出来ないんだろう…。
同じ男にそんなことをされて、どうして気持ちがいいなんて思ってしまっているんだろう…。
「虎太郎ー、志季ー!一緒に豆まきしよー?」
その妙な気持ち良さが僕の下半身にまで影響を及ぼそうとしていた時、玄関の向こうから明るい声が聞こえて来た。
驚いて一瞬動きを止めた虎太郎の隙を狙ってすぐに離れると、僕は現実の世界に引き戻された。
僕はなんて恥ずかしいことして、なんて恥ずかしいことを考えてしまったんだ…!
「あっ、志季ー!やっぱり皆で豆まき…。」
「外で叫ばないでよ恥ずかしい!インターフォンがあるでしょ?!バカじゃないのもう!!」
「ごっ、ごめんなさ…。志季、ごめんなさいです…。」
「ふ…ふんっ!今度から気を付けてよねっ!隼人も一緒にいるなら注意してよ、このおバカさんにね!!」
急いで玄関まで走ってドアを開けると、そこには志摩と隼人が立っていた。
何も知らない志摩は満面の笑みで、隼人は相変わらず涼しい顔をしている。
僕は何だかそんな二人に腹が立って、八つ当たりをしてしまった。
あのまま二人が訪ねて来なかったら…そう思うとどうしていいのかわからなくて、動揺していたのだ。
「あれー?志季、顔赤いよー?どうしたの?熱あるの?大丈夫?」
「ねっ、ねねね熱なんかないよ…っ!さっ、触んないでってば…!」
恥ずかしさは止まることを知らないみたいに、僕の顔を真っ赤に染めてしまっていた。
バカで鈍感な志摩にも気付かれるぐらいだなんて、悔しいことこの上ない。
「あぁ、なるほど…邪魔したみたいだな。」
「あ…!そ、そっか…!し、志季ごめんねっ!」
「し、志摩まで何言って…!僕は別に何も…。」
「服が凄いことになってるけど…違うのか?」
「志季、邪魔してごめんなさいー!」
「え……?わ…わあああぁっ!!」
僕は慌てていたせいか、自分がどんな状態かということに気が付かずに玄関まで来てしまっていた。
あの時影響が出そうになっていた下半身に触れようとしていた虎太郎が、僕のズボンのチャックを全開にしていたことなんてわからなかった。
おまけによく見るとズボンをお尻の辺りまで下ろされていて、パンツが丸見えになっていた。
隼人はともかく志摩にまで指摘されるなんて、とんだ失態だ。
これも全部虎太郎…いや、元はと言えば隼人が変なことを教えたからだ…!
志摩も志摩で徹底的に虎太郎の味方だし…僕に言わせれば周りは皆鬼ばっかりだ!
「あー、志摩と隼人だー!一緒に豆まきしに来たのか?」
「こ、虎太郎っ、邪魔してごめんねっ!」
「何回も謝らないでよっ!何もしてないってば!!」
今更何もしてないだなんて、通用しないことはわかっている。
だけどこんなところを見られて、恥ずかしいのを隠すためには仕方がないじゃないか。
そこで認めてしまったら、僕は皆の思惑にまんまと引っ掛かってしまったのと同じだ。
「えー?志季何言ってるんだ?ちゅーしてただろー?それで服脱がせようとしてー…。」
「バ、バカぁっ!!言わないでよもうっ!!」
「でも俺、志摩と隼人には何でも報告してるぞ?だって志摩と隼人は俺の飼い主だったんだ、家族も同然だもんな!」
「し…信じられない…っ!!虎太郎のバカっ!!大バカ者っ!!」
何でも報告って…!!
じゃああのままエッチしてたら、それも報告してたってこと…?!
普通そんなことを家族なんか言わないのに…どうしてこうもバカなの…虎太郎って!!
「むー…何回もバカって言った…。」
「バカだからバカって言ったんでしょ!何が悪いのっ?!虎太郎のバーカ、バーカ!!」
「やっぱり志季意地悪だ!志摩も隼人も一緒に豆ぶつけよう!せつぶんだもんな!」
「いい加減にしてよ!そうじゃないって言ってるでしょ!もう嫌だっ!もう節分なんか絶対やらないっ!!」
「あっ、志季待てよー!」
「勝手に三人でやればいいでしょ!僕はやらないからね!やらないったらやらないんだから!!」
僕は豆をぶつけられながら、寝室へと逃げ込んだ。
まだドキドキする胸を押さえながらへたり込むと、部屋の外では虎太郎と志摩のはしゃぐ声だけが聞こえていた。
「もう…バカぁ…。」
結局僕はまた、素直になれなかった。
この時呟いた「バカ」は、自分に対してだったのかもしれない。
だけどいつかは…もう絶対にやらないと言い放った次の節分までには、少しだけでいいから素直になれればいい。
僕の悪いところが少しでもなくなればいいな…と思った。
END.