卒業を控えた2月に入ると学校も自由登校になり、僕はほとんどの日を家で過ごしていた。
本当に特別なことがない限り学校を欠席したことはないし、一応成績優秀と言われているぐらいだから、単位は十分に足りているというわけだ。
お父さんと暮らしていた今までなら、それはもう自由気ままに過ごしていたかもしれない。
一人暮らしを始めた頃だって、そうしていただろう。
だけど今は…、今僕の傍には、常に虎太郎がいる。
もちろんそれは自分から望んだことだったけれど、そのことが時々煩わしい時があるんだ。
「志季ぃー!せつぶんやろー!」
「……はぁー?」
「だーかーらー、せ・つ・ぶ・ん!豆まきってやつだ!志季知らないのか?」
「しっ、知ってるよそれぐらい!!バカにしないでよっ!」
そう、今日は2月の3日、世の中ではいわゆる節分の日というやつだ。
普段から季節行事やイベントになんか興味がない僕は、今までは関わることなく過ごして来た。
それが虎太郎を暮らすようになって、嫌でも関わらなければいけなくなってしまったのだ。
いい意味で言えば好奇心旺盛、悪く言えば面倒な奴…な虎太郎が、何にでも興味を示すから厄介だ。
虎太郎と同じような人間だったなら、気が合って楽しめたのかもしれないけれど、生憎僕はそういう人間じゃない。
「志ー季っ、早くやろっ?!」
「や、やだよ…。そんなのしたくないっ。」
「えー!なんでだよー!」
「だって別に面白くもなんともないもんっ。」
「そんなのやってみなきゃわかんないだろっ!」
「わかるよ!虎太郎と豆まきなんかして何が楽しいって言うのっ?!」
「それもやってみなきゃわかんない!!」
「やらなくたってわかるよっ!!僕は絶対やらないからねっ!!」
「恋人同士」なんて言葉に出すのも恥ずかしいような関係になったというのに、僕と虎太郎は相変わらずだった。
虎太郎が何か言えば僕は怒鳴って、僕が何か言えば虎太郎は反抗して喧嘩になって…毎日がそれの繰り返しだ。
隣に住む志摩や隼人みたいな甘い恋人同士という雰囲気には程遠い。
別にあの二人みたいにバカップルになりたいわけじゃないけれど、毎日喧嘩みたいなことをしているよりは、仲良くしたいと思うのが当然だ。
僕だって好きでこうしているわけじゃないし、出来るならほんの少しでもいいから素直になりたいとは思っている。
だけどそれが簡単に出来ないのが僕の性格なんだから、仕方がないと言うか何と言うか…わかってはいるけれど、どうしても出来ないんだ…。
「せっかく志摩から豆もらって来たのにー…。」
「そ、そんな声出したってダメなものは…。」
「志季ぃ~…、せつぶんやりたいよ~…。志季ぃ~ダメ…?」
「ダ、ダメだって言ってるで……う……。」
卑怯とも言える虎太郎の得意技は、こういう時に発揮される。
僕に何かを強請って断られると、すぐにしゅんとして落ち込んでしまうのだ。
剥き出しになった耳を垂らして、尻尾も一緒に床にだらんと落として、全身でその落ち込みを表現する。
寂しそうな声を出して、大きな目を潤ませて、僕をじっと見つめたりなんかして…そんな風にしたって言うことなんか聞いてやらないんだから。
…そう決意はしているつもりだけど、実際それを目にしたら、出来なくなってしまう。
「志季ぃ~…。」
「あ、甘えたってダメなものは………もうっ!!ちょっとだけだからね?!」
「うんっ!!やった、志季大好きー!大好き志季ー、志ー季っ♪志季ー!」
「しっ、しつこいってば!ちょ…っ、そっ、そそそんなにくっ付かないでって…!」
僕があれだけ苦労した「好き」という言葉も、虎太郎はいとも簡単に言ってしまう。
その10分の1、100分の1でもいいから、僕にも素直になれる勇気があればいいのに…。
そしたらもう少し仲良くなって、虎太郎のしたいことだって出来るかもしれない。
虎太郎がちゃんとした人間になるために、エッチしてあげようとか思うかもしれないのに…。
「志季ー?どうしたんだ?」
「くっ、くっ付かないでって言ってるでしょ…っ!」
僕は熱くなってしまう自分の身体に気付かれるのが恐くて、抱き付いて来た虎太郎の胸を強く押して無理矢理離した。
僕…何考えてんの…?
虎太郎が何も言っていないのに、エッチしてあげようだなんて…!
節分がどうとか言っている時に、全然関係のないことを考えるなんて…!!
「ちぇー、志季のけちーいじわるー。おこりんぼー、ひねくれものー、いじめっこー。」
「うっ、うるさいっ!!」
「でも大丈夫だぞ、俺が直してやるからな!よーし…!」
「何それどういうこと?何わけのわかんないこと言って……い、痛っ!!」
けちで意地悪でひねくれ者で怒りっぽくていじめっこなんてことぐらい、自分でもわかっている。
ついでに性格は悪いし陰険だし、僕にいいところなんか一つもない。
だけどそんな僕を好きになったのは虎太郎だ。
その虎太郎に僕を直せるわけがないし、直してもらおうだなんて思っていない。
僕は志摩みたいに何も出来ない奴でもないし、誰かに何かをしてもらうだなんて嫌だ。
それに誰かに縋ったり頼ったりするなんてことは慣れていないんだ。
そんな恥ずかしいことが出来るわけなんかない…!
僕がブツブツ文句を言っていると、突然身体めがけて何かが飛んで来た。
「鬼はー志季っ!」
「はあぁ?!」
「鬼はー志季ー、鬼はー志季っ!志季はー鬼っ!」
「ちょ…、ちょっとっ!な、何その掛け声っ!!僕が鬼ってどういことっ?!」
虎太郎は志摩にもらって来たと言う豆を手に持って、僕にぶつけていたのだ。
しかもその掛け声…何が「鬼は志季」だよ…!
いくら僕が嫌な奴だからって、鬼は失礼じゃないか!
「えー?何か違うのか?」
「違うよっ!全然違うっ!!」
「えー?でも隼人がそう教えてくれたぞ?こうやって豆ぶつければ志季のやなとこ直るって!」
「な、何それ…!!」
「そしたら俺達ラブラブになれるっていうお祭りだろ?せつぶんって。」
「な…何なのそれ!!全っっっ然違うよっ!!」
またやられた───…!!
隼人の奴…まだ志摩を襲おうとしたことを恨んでるんだ…!
あれだけ違うって言って謝ったのに…!
何も知らない虎太郎を利用して仕返しをしようなんて…僕じゃなくて隼人の方がよっぽど鬼じゃないか!!
涼しい顔して恋人のことになるとこうだから嫌なんだよね…バカップルって!!