その後は銀華も俺もいつものように戻っていた。
俺が今日あったことを話して、銀華がそれに頷くように聞いている。
さっきのことなんて何もなかったことのように、それは普段と変わらない食卓だった。
「私は片付けをして来る…。」
「え…?もう?ちょっと待って、急いで食べるから…。あっ、こっちは食べ終わってるから今運ぶ…。」
「よ、良いのだ…お前はゆっくりしていろ…。食器はそのままで良いから…。」
「え…でもほら、それだと面倒かなーって…。まとめてやった方が…。」
「良いから私のことなど気にするな…。」
「あー…そ、そうか…?」
俺がベラベラと喋っていたせいか、銀華はとっくに自分の食事を済ませていた。
それでもいつもなら俺が食べ終わるのを待ってから片付けを始めるのが当たり前だった。
それも食べ終わった食器を持って行くのが決まりになっていたのに、今日に限って「持って来なくてもいい」というのはどういうことだろう…?
それじゃああからさまに「こっちに来るな」と言っているみたいじゃないか…。
人間気にするなと言われれば気になるし、来るなと言われれば行きたくなるものだ。
「そうだ…ゆっくりしていろ…。」
さっさと立って台所に行ってしまった銀華を、俺は不審な目で追いかけた。
わざと俺の視界に入らないようにしている銀華の動きが何だかおかしい。
これは絶対何かある…と踏んだ俺は、こっそり銀華を覗こうと足音を立てずに台所へ向かった。
「何捨ててんだ…?」
「え……!あ…、そ、そこで何をしている…っ!」
「それ…俺がもらって来たやつ…?やっぱり嫉妬して…。」
「こっ、これは……!何でもないのだ…!」
台所にあるゴミ箱に銀華が何かを捨てようとしていたところを見てしまった俺は、迷うことなく声を掛けてしまっていた。
さっきのはやっぱり嫉妬をしていて、俺に黙ってチョコレートを捨てようとしたんじゃないかと思ったのだ。
だけどいくら何でもそんなことは絶対にしなさそうなのに…。
そんなに嫉妬するなら、最初からハッキリ文句を言えばいいのに…。
一体銀華に何が起きているんだ…?
「あれ…?これ…。」
「は…離せ…っ!何でもないと言っているだろう…!」
「えっと…確かこんなのなかったよな…?」
「だからそれは何でもないのだ…っ、ただのごみだ…!」
銀華の手から無理矢理奪ったそれを見ると、俺がもらったチョコレートの中には入っていなかったものだった。
いかにも店ではなくて自分でやりました、というような皺の寄ったハート柄の包装紙と言い、義理とは思えないようなこの大きさと言い…。
もしかして…俺が想像もしていなかったことが起きているんじゃないだろうか…。
「あのさ…これって俺に…?銀華からってことか…?」
「ち、違う…っ、それは志摩が…!」
「マジ?うっそ…すげーびっくり!すげー嬉しいんだけど!」
「ち、違うと言っているだろうっ!それは志摩が無理矢理持って行けと言うから…!」
「ふぅーん志摩が…。」
「そ、そうだっ!私は要らぬと言ったのだ…それを志摩が五月蝿く言うからだ…!そのようなつまらぬことで泣かれても困るからな…面倒になって仕方なく持って帰って来てやっただけだ…!」
それなら何で隠れて捨てようとしたんだ?
最初から志摩からの物だと言って渡せば何の疑いも持たなかったかもしれないのに…。
わざわざあんなにすぐバレそうな行動までして隠すことなんかなかったはずだ。
銀華は頭がいいのか悪いのか、よくわからない。
何をどう言っても誤魔化せない状況なのに、意地だけで自分の意見を通そうとするんだから。
それが可愛いって言うと怒るしで…もうどうしようもなく好きで堪らなくなるじゃないか…。
「んじゃあさ…はい。」
「な、何だ…?」
俺はたちまち嬉しくなってしまい、思い切って自分も素直になろうと思った。
義理でもらったチョコレートの中から一つの包みを出して、それを銀華に渡す。
「何って…チョコだけど…。」
「こ…これはお前がもらって来た物だろう?そのような物は要らぬ…!」
「違うよ。銀華にあげようと思って注文してたんだ。」
「そ、そのような言い訳などしても…。私の機嫌など取ることを考える前にもっとやることが…。」
「ホントだって!じゃあ見てみろよ、チョコにメッセージも書いてあるから。」
「い…要らぬと言っている…!何がメッセージだ…恥ずかしいことをするな…!」
俺は銀華の前で包み紙を剥がし、証拠となるチョコレート本体を目の前に突き付けた。
これだったらもっと早くに出せばよかったかもしれない。
どうせ銀華はこういうことが嫌いだから受け取ってくれない、それならもらった物の振りをして隠れて自分で食べるしかないのか…なんて色々考えて遠慮していた自分がバカみたいだ…。
「な?ホントだろ?シロの店に注文しておいたんだ。」
「────……!」
「あれ?どうした…?」
「は……恥ずかしいことを書くな……!!」
褐色のキャンバスに白い文字で書かれたメッセージを見て、銀華は耳まで真っ赤になっていた。
普段声に出して言っても恥ずかしがる銀華だったけれど、こういうことをすると余計に恥ずかしいらしい。
また一つ銀華の弱いところを知ってしまった俺は、今後も調子に乗ってしまいそうだ。
「じゃあ俺はこの愛情たっぷりのチョコを頂くとするかな…。」
「わ、私が作ったのではない…!それは志摩からだ…!仮に私からだとしたら…あくまで仮だが、私はそのような下手くそな包み方などしない…っ!」
「んじゃあ志摩に電話して聞いていいか?志摩が全部作ったのか?って。銀華は何もしなかったのか?これは志摩から俺にくれたのか?って。」
「そ…れは…っ。」
「それに志摩なら絶対カードとか付けると思うんだよな…。ついでに言わせてもらうと、これは上手い奴がわざと下手に見せようとして包んだ風に見えるんだけど…?」
「…………っ。」
「ほら、やっぱり銀華からなんじゃないか…。」
「う…うるさ……ん…んんっ!」
俺はメッセージの書かれたチョコレートを割って自分の口に含み、銀華の口に押し付けた。
突然のことに驚いた銀華が目を丸くして、呆然と俺を見つめている。
そのまま舌を使って口内へ押し込むと、チョコレートが銀華の体温で溶けて、甘いのはチョコレートなのかキスなのか…一瞬わからなくなってしまった。