「亮平~!」
「おぅ、シロ!」
クリスマス・イブの日、早めにアルバイトを終えた俺は、シロの働くケーキ屋の前にいた。
中は客が列を作って並んではケーキを選び、いつもよりもだいぶ混雑していた。
「へへっ、早く帰ろう?」
「つぅか大丈夫なのか…?店、すげぇ忙しそうじゃねぇ?」
「うんっ!今日はシバサキのところからも手伝いが来てて、あとヨシフミさんの奥さんもいるから。」
「へぇ…そうなのか…。」
シロが働いているケーキ屋の店長は、俺の知り合いだ。
元々知り合いだったのはその弟で、俺の前のバイト先の仲間だった。
その弟は俺の元彼女と結婚するという一見複雑な関係にも思えるのだが、今でも何のわだかまりもなく付き合いを続けている。
おまけに兄の方はシロが元猫だということも、同じ男の俺と恋人同士だということもわかって、シロを採用してくれた。
俺達は周りのそういう奴らのお陰で、何事もなく幸せに暮らしていられる。
「それに亮平は今日誕生日だもんな!オレ、ケーキ作って持って帰って来たんだ!」
「シロ…。」
店の紙袋を片手に、満面の笑みで俺の腕を掴むシロを今すぐに抱き締めたかった。
しかしそこは俺も常識というものぐらい備えている。
往来でそんなことをするわけにはいかなくて、泣く泣く我慢をした。
家に帰ってから俺達は、二人で過ごすイブの準備を始めた。
食事はある程度昨晩と今朝に下準備を済ませ、あとは最後の仕上げをするだけだった。
俺の好きな鶏の唐揚げは、時間がなくて出来ない代わりに、フライパンで焼くだけのものにした。
それから野菜サラダにコーンスープ、昨日の残りの和え物なんかを添える。
それにシロが持って帰って来てくれたケーキを合わせれば、俺達にとっては十分過ぎるディナーだった。
「へへっ、メリークリスマ……あ…。」
「どうした?」
「メール来てた…。あっ、シマからだ~!クリスマスのメールかな?」
「本当に仲がいいなぁお前ら…。」
携帯のカメラで乾杯の写真を撮ろうとした時、シャッターを押すシロの手が止まった。
それを見た俺はわかったようなことを言っているけれど、シマに対する嫉妬が自分の中で完全に消えたわけではない。
別に疑っているわけではないけれど、何かにつけてシマシマと言うのが悔しいことだってある。
だけどそれを言うとシロが悲しむから言わないだけだ。
シロはただ純粋に、初めて出来た同年代の友達を大事に思っているだけだ。
猫だった時に一人ぼっちだったから、それが嬉しいだけなんだ。
だったら俺が大人になるべきだと思って、何とか言わないように努めている。
それでもやっぱり時々言ってしまうことはあるけれど、シロに対して不信な気持ちはない。
ただ俺の嫉妬という我儘な感情、それだけのことだ。
「えぇっ!」
「何だ?どうしたんだよ?」
「シマ、風邪ひいてるんだって!今日の午前中に来てた…。」
「風邪?そりゃ大変だな…。」
「亮平、どうしよう!シマが…!」
「おいおい、風邪ぐらい大丈夫だって…。それに水島がいんだろ?」
シロはシマのことになると、いつもこうだ。
たかが風邪だろうが何だろうが、大騒ぎをするほど、シロはかなりの心配性だ。
それがシロのいいところでもあり、ちょっと困ったところでもある。
「あっ、そっか…。そうだった!ミズシマがいるんだもんな!」
「シロは本当に優しいんだな…。」
「えっ?そんな…ただオレはシマが心配で…。」
「いや、お前はすっげぇ優しいと思うぜ…?でもな、シロ…。」
俺は椅子から立ち上がり、シロの柔らかい頬に触れた。
俺に少しでも触れられると熱くなって真っ赤になるのが、可愛くて堪らない。
「りょ、亮平…?」
「あんまりシマシマーって言うと俺が寂しいだろ?」
「う…ごめん…。」
「ふ…、謝られるのも困っちゃうけどな。」
「りょうへ……んっ!」
「お前はホントに可愛いな…シロ…。すげぇ可愛いしすげぇ好きだ…。」
ご飯を食べるその前に、俺はシロの唇を頂いてしまった。
前は普通になっていたこういうキスも、お互い忙しくなってしまってから回数が減った。
せめてこういう時ぐらい、たくさんしたいと思ってしまうのは当然だ。
「ふぅ…っ、亮平……んっ、ん…っ。」
「やべ…。」
「りょうへ…?ど…したんだ……?」
「いやー…、ヤりたくなっちまうなーと思ってな…。」
たった一度のキスだけでも、俺の中の性欲はハッキリと目を覚ましてしまう。
シロがそんなに可愛い顔をするから…。
いつまで経っても純情で純粋な反応をしてくれるから、困ったものだ。
「あの…オレ…。」
「明日も仕事だもんな?朝から…。」
「亮平…?」
「そんな無理なんかさせねぇから安心しろよ。」
歳のせいなのか付き合いの年月を重ねたせいなのか、俺は前よりも暴走をしなくなった。
まったくしないと言えば嘘になるけれど、俺にはシロの恋人で保護者という役目がある。
一人の人間として仕事をしているシロに、その周りに迷惑をかけられないことはわかっているつもりだ。
「亮平の方が優しいと思う…。」
「そうか?そうでもねぇよ。」
「ううん、優しい…。オレもそういう亮平が大好きなんだ…。」
「そっか…。」
シロは俺の腕の中に滑り混み、胸に顔を押し付ける。
ゴロゴロと猫みたいに甘えて、その感触と体温で俺を安心させてくれる。
やっぱり俺は、シロのことが大好きだ。
どんなところも好きで、これからももっと好きになっていくだろう。
「あっ、そうだ!オレ、プレゼントがあるんだ!」
「プレゼント?ケーキじゃなくてか?」
「うんっ、シマに教えてもらって……あ…でも…。」
「ん?どうした?」
シロはどこからか小さな包みを持って来て、俺の前で迷っている。
ピンク色のリボンや包み紙は、シマの趣味だろうか。
とてもじゃないけれど俺にはまったく似合わないのが可笑しい。
「でもオレ下手で…。」
「え?つぅか何だよ?何か作ったのか?」
「う、うん…。亮平、寒いかと思って…。」
「??見てもいいか?これ…。」
シロはもごもごと口をどもらせ、もじもじしている。
自信がない時のその仕草までもが可愛くて、俺のベタ惚れも相当なものだ。
シロから受け取った包みのリボンを外し、紙を開くと、そこには妙な塊がある。