「隼人、隼人ー。」
「ん……。」
気が付いた時には、俺まで志摩と一緒になって眠ってしまっていた。
それも志摩に起こされるまで一度も目が覚めることもなくて、既に窓の外は暗くなり始めていた。
「あのね、熱…下がったみたいなの!喉もだいぶいいみたい!」
「え…?あぁ…。」
隣にはいつもとほとんど変わらない元気な様子の志摩がいて、俺は額に手を当てた。
この時も俺の予想は外れてしまったようで、志摩の熱はすっかりひいていたのだ。
もちろんそれは嬉しい「外れ」だった。
「ふー…汗かいたー…、お風呂入っても大丈夫かなぁ…?」
「でもまた熱が上がったら…。」
「えー?ダメなの?でもなんか気持ち悪いんだもんー…。」
「ちょっと待ってろ、拭いてやるから…。」
初めはそんなつもりはなかった。
ただ本当にまた熱が上がったりしたら大変だと思っただけだ。
それなら熱いタオルで拭いてやればいい、純粋にそう思っただけだった。
「え…!あ、あのっ、ふ、拭くってあの…。えっと…うんと…。」
「いいから待ってろよ…。」
それなのに志摩がそんな顔をするからだ。
真っ赤になって恥ずかしそうに俯いたりなんかするから。
だから俺はすぐにあらぬ方向に考えが行ってしまうんだ。
これを利用して志摩の身体に触れてやろうだなんて汚らわしい欲望に走ってしまうんだ…。
バスルームに向かう前に、俺は一度リビングへ寄った。
パソコンが置いてある机の引き出しは、志摩が触れることのない場所だ。
仕事で使うものが置いてあると言っているから、自分で見てもわからない物は志摩は見ない。
その奥から小さなボトルを持ち出して、お湯を張った洗面器に数滴垂らした。
「うわ…甘……。」
鼻を突くような程の甘い匂いが、バスルームに立ち込める。
果実のような、バニラのような…暫くこんな密室で嗅いでいたら酔ってしまいそうな匂いだった。
さすがの志摩もこれには気付くだろうか。
何かおかしいと思ってしまうだろうか。
いや、俺が何もないと言えば信じるはずだ…。
そんな志摩を利用して色々とやってしまうのには、もちろん罪悪感はある。
だけどそれ以上に志摩の快感で歪むあの顔を見たくて…俺はいつもその誘惑に負けてしまう。
「あの…隼人…。」
「服…。」
「えっ!あっ、あの俺…。」
「服、脱がなきゃ拭けないから…。」
志摩はまだ気付いていない。
あくまで俺は、身体を拭くだけだと思っている。
そして過剰に反応しているのは自分だけだと思っているのだ。
いそいそと服を脱ぎ出した志摩の背中に、緩く絞ったタオルで触れた。
「ふぅー…気持ちいいー…。」
「そうか…。」
程よい強さで背中を擦ると、志摩は気持ちよさそうに目を閉じている。
それは最初は誰でもそうだろう。
ただ拭いているだけなら、これが普通の反応だ。
「あれー?なんかいい匂いがするー…。いちご?桃?フルーツの匂い~…お菓子かな~?」
「あぁ…喉にいいアロマなんとかっていうの混ぜたから…。」
「えー?そうなの?隼人優しいです!えへへ、嬉しいー。」
「そうか…。」
喉にいいだなんてよくもそんな嘘が咄嗟に出て来るものだ。
だけど今なら引き返せるかもしれない。
まだ効き目が現れていない今ならやめることが出来る。
何も知らない志摩を汚さなくても済むかもしれない。
「あ…っ!」
「え…?」
「あ…、な、なんでもないですっ!…ん……!」
「………。」
しかし俺はどこまでも卑怯で、意思の弱い奴だった。
何気なく拭いていた手が志摩の胸の辺りに触れて、その瞬間の高い声を聞いてしまったら、もう引き返すことなんて出来なくなっていた。
「あの隼人…っ、ふ…ぅん…っ。」
「どうした…?」
「あ…だってあの……んっ、あ…っ!」
「志摩…感じてるのか…?」
嘘の次は白々しいことを言って、俺はそこを強く擦った。
タオルを外すとその突起が膨らんでいるのがわかって、思わず心の中で笑いを浮かべてしまった。
「ち、違いま……ひゃあっ!」
「志摩は嘘吐きだな…。」
「違いま……っん!あ…隼人…?なんか俺…。」
「興奮…しちゃったんだろ…?」
俺はなんて意地悪で性悪な奴なんだ。
興奮しているのは自分で、感じるようにさせたのも自分なのに。
志摩のせいにして、丸め込もうとしているだなんて…。
「う…、違うもん…っ。」
「じゃあそれは?なんで隠してるんだ?そこ…。」
「あっ!ダ、ダメです…っ!隼人ダメぇ…っ!」
「志摩はえっちだよな…。」
布団に隠れていた志摩の下半身を露にすると、そこはしっかりと形を変えていた。
いくら違うなんて言っても、それが興奮しているいい証拠だ。
それも俺が仕掛けたことだけれど…。
「えっ、エッチはダメです…っ、隼人に風邪うつっちゃう…っ!」
「いいよ…。」
「そんな……あっ、んん…っ、んふぅ…んっ。」
「うつってもいいから…。」
俺は裸の志摩を抱き締めて、セックスへの合図のようなキスをした。
こうなるともう志摩は反抗も拒否も出来なくて、俺に身を委ねるだけだ。
ごめん…そこまでして自分の欲望を貫いて…。
嘘まで吐いて、いやらしいことをしてしまって…。
「あ…っ、あぁ…んっ!隼人…っ、俺変だよ…っ、また熱が…っ!」
顔を見られるのが恥ずかしいという志摩をベッドにうつ伏せにさせて、後ろから下半身を弄った。
俺に言わせればこの体勢の方が恥ずかしいのだが、布団に顔を伏せることで、志摩にとっては恥ずかしさが軽減されたのだろう。
「ひゃう…っ?!隼人何…っ?」
「熱あるんだろ…?」
「ふぇ…っ?熱の薬…っ?」
「そうだよ…これで熱が下がるから…。」
多分志摩はこの時、何が何だかわからなくなっていた。
後ろに塗られたものが、ベッドの下に隠しておいたあの「魔法のくすり」だということも、わかっていない。
そんなところに塗るのが解熱剤だなんて、普通は考えない。
それもわからなくなるほど、志摩はおかしくなってしまっていた。
「隼人…っ、俺…っ、俺ダメぇ…っ、ダメだよおぉ………っ!!」
「え……?」
「あ…っ!お、俺どうしよ…っ!」
「え…?嘘だろ…。」
そこに指を入れて間もなく、志摩はシーツの上に白濁を放ってしまった。
普段から志摩はそこが弱くて、達してしまうことはよくあった。
だけどまさかこんなに早くだなんて、俺は思ってもいなかった。
「ふえぇ…うえぇ…っ、やだよぉ…、俺…っ、恥ずかしいよー…!」
「志摩…。」
「どうしようー…隼人ごめんなさいー…。お、俺えっちで…前よりえっちになっちゃったよー…!」
「志摩……。」
ごめんなさい、を言うのは俺なのに。
前よりだなんて言っているけれどそれは今だけで、しかも俺のせいなのに。
後ろで達してしまうことが志摩にとってどんなに恥ずかしいことなのか、俺は今までのセックスで知っていた。
知っていて、わざとそこを責めるようなことばかりしていた。
そして多分これからも俺はやめることが出来ないだろう。
そうやって泣く志摩の顔が可愛くて、好きで堪らないんだ…。