「ねーねー隼人ー、見てくれたー?俺、一日中かかって頑張ったのー!」
クリスマス・イブの前々日、帰宅した俺に向かって志摩はデレデレと笑っていた。
俺は玄関に入る前から、そうなっていることはある程度予想が出来ていた。
「見たけど…。」
「えへへー、明後日はクリスマス・イブだもんねー?」
俺が見たのは、家の中にある巨大クリスマスツリーと同様に飾られた、マンションの庭の木だった。
どうやら志摩はツリーとは別にそれ用に電飾を注文していたらしい。
どう考えても一日がかりの量とは思えないし、ところどころ絆創膏が貼られていることからも、何度も脚立から落ちたのだろう。
またしても志摩の鈍くささが窺えて可笑しくなった。
おまけに顔から落ちたのか、鼻が少しだけ赤くなってしまっている。
「まさかあの格好でやったんじゃないだろうな…?」
「へ?あの格好?」
「え…だから……あの、サンタクロースの…。」
「ううん、着てないよ?普通の格好だよー?」
身体と同様、心の方も鈍い志摩は、俺の思いには気付いていない。
女装みたいなことをして、俺が嫉妬に狂っていることを、鈍い上に頭が悪い志摩は、何度言ってもわからない。
それどころかあれを女装だとも思っていないようだ。
もちろん、あんな格好で外に出られたら恥ずかしいというのもある。
だけど俺の場合はそれよりも志摩への独占欲の方が勝っているのだ。
「その…ちゃんと温かくしてやったんだろうな…?」
「うんっ!コートも着たよ?あの…、隼人どうしたの?」
「いや…風邪なんかひいたりしたら…。」
「えー?大丈夫だよー!だってマフラーもしたもん。クリスマスに風邪なんてやだもんね?」
「それならいいけど…。」
「えへへー、でも隼人心配してくれたの嬉しいですっ!明後日楽しみだねー?」
…と言っていた志摩が、見事に風邪で寝込んだのは翌日のことだった。
朝になって激しい咳の音といつも以上に高い体温で目覚めた俺が目にしたのは、半分ベソをかきながら鼻水を垂らしている志摩だった。
「うっうっ、クリスマスー…ふえぇ…明日までには治さないとー!」
仕事が休みのその日は俺が一日中家にいて、看病に専念した。
看病と言ってもただ傍にいただけで、ご飯は俺が作ると大変なことになるから適当に外で買って来て、掃除や洗濯は一日休んだからと言って困るものでもなかった。
志摩の熱もまだそこまで高くはなくて、一日寝れば治るものだと俺も思っていた。
「えっえっ、隼人ー…げほっ。クリスマスー…パーティしたいよぅ~…。プレゼントもホントは昨日買いに行くつもりだったのに~…。」
しかし俺の予想を裏切り、クリスマス・イブになっても志摩の風邪は一向に治らなかった。
それどころか前の日より熱は上がり、布団の中で志摩は泣いてしまっていた。
「仕方ないだろ…。」
「仕方なくないもんー…、隼人とパーティーしたいよぉー…げほげほっ、デートもしたいぃー…。プレゼントー…。」
志摩がこの日のために色々と計画していたのは知っていた。
そのためにあんなにバカみたいにデカいツリーまで買ったのだ。
マンションの庭まで飾ったし、張り切ってメニューを考えていたことも知っている。
それをやめるのは確かに気の毒だし可哀想だけれど、風邪で動けないのなら仕方がない。
そんなことは来年でも出来るけれど、志摩の身体がダメになったら元も子もない。
もし志摩が望むなら、来年と言わず一日でも二日でも、遅くなったパーティーとやらをやってあげてもいい。
「もういいから寝て…あ…、腹減ったか…。ちょっと外に行って…。」
「や…やだぁ~…。」
クリスマスのために志摩が色々と食材を買い込んでいたけれど、何せ俺は料理が出来ない。
せっかくの食材を無駄にするよりなら、レトルトだろうが出来合いの物だろうが、買って来た方が志摩の身のためでもある。
前の日もそうしたからその日もそうしようと、昼時になって出掛けようと立ち上がったところで、俺は志摩に引き止められた。
「やだってな…。」
「うっうっ…げほごほっ、隼人やだぁー…行っちゃやだー…。」
志摩は俺の服をぎゅっと掴んで、涙を零している。
ただちょっと出掛けるだけなのに、まるで永遠の別れのような大袈裟さだ。
普段から寂しがりやの志摩だったけれど、風邪をひくと寂しくなったり人恋しくなったりするというのは案外本当なのかもしれない。
俺は元々誰も家にいなかったから、風邪をひいてもそう感じることはなかったけれど…。
「でも食べないと薬も効かないし…。」
「あの…プリンが…可愛いプリンちゃんがあるのです…。」
しかし寂しくなると言うのはわかるが、幼児化するというのは聞いたことがない。
可愛いプリンって言うのは一体どんなんだ…。
食べ物にちゃん付けなんかして、幼稚園児じゃないんだから…。
さすがの志摩もキッチンへ行くことは納得してくれたから、俺はそのプリンを取りに冷蔵庫へ向かった。
「ほら、起きれるか?後ろに枕置くから…。」
「はい…ありがとうございます…げほっ、んしょ…、よいしょ。」
「これでいいんだろ?ほらスプーン…な、何だよ…?」
「う~……。」
俺はプリンの蓋を開けてやり、スプーンも一緒に差し出したけれど、志摩は受け取ろうとしない。
何か言いたげにもごもごと口を動かしながら、俺の顔をじーっと見ている。
「ほら…口開けろ…。」
「あー…。」
「まったく…甘ったれだな…。」
「ん?隼人何か言った?ん~美味しい~ん、隼人これ美味しいー。」
こういう時に志摩が言いたいことはだいたいわかる。
俺がスプーンにプリンを掬って口元へ運ぶと嬉しそうに食べていたことからも、俺の予想は当たっていた。
食べさせてやるなんて、俺はそんな甘ったれたことは嫌いだったはずだ。
だけど志摩が強請るから…喜ぶからと、仕方なくやっていたことも、今では珍しくなくなった。
それだけじゃない、ブツブツと文句を言いながらも内心楽しいと思ってしまっている自分までいる。
「そんなに急いで食べなくても…。」
「だって美味しいんだも……ふぇ…ふぇっくしゅ!!」
「うわ…!」
「わぁっ!隼人ごめんなさ…げほっごほっ、はっくしゅん!!」
「志摩……。」
「わぁん!隼人の顔にプリンがぁー!隼人のカッコいい顔にー!」
急いで焦って食べるとこういうことになると言おうとしたその時、見事に俺の顔にプリンが吹き飛んで来た。
これが風邪じゃなかったら、俺は相当怒っていたに違いない。
しかし反省している志摩は泣きそうになりながらも、プリンを食べることだけはやめなかった。
「食べ終わったら薬飲んで寝てろよ…?」
「はいっ!いっぱい寝れば夜にはパーティー出来るかもしれないもんね?」
プリンですっかり機嫌が良くなった志摩は、まだ諦め切れないのか、そんなことを言っている。
それは無理だろうとわかっていても、俺はこの時の志摩の笑顔を消してしまいたくなかった。
「志摩もうちょっと…。」
「ほぇ?」
「もうちょっと詰めてくれ…。」
「あっ、あの…!あ…う…は、はい……げほっ。」
薬を飲んで寝る体勢になった志摩を、俺は何だか一人にしたくなかった。
いつも一緒に寝ないと嫌だという志摩が、一人で寝られるわけがない。
自信過剰にも程があるけれど、きっと志摩は嬉しいはずだと思った。
その証拠に志摩は、ベッドに入った俺の腕に強くしがみ付いて、すぐに眠ってしまったのだから。