「あの…じゃあ隼人も一緒に飾り付けしよー…?」
そんな俺の悪さに全く気付くことなく、すぐに志摩は笑顔を見せてくれた。
俺が許したり褒めたりすると、いつもこうだ。
つい今さっきまで泣いていたことなんか忘れて、目の前のことにまた夢中になる。
年が明けて春になったら17歳になるというのに、本当の子供みたいだ…。
「うん…。」
「あのね、飾りもいっぱい付いて来たのー。見て見てこれ、可愛いのー。」
志摩は付属のオーナメントを両手に持って、得意気になって俺に見せる。
プレゼントや丸いボール、靴下やサンタクロースの形のものまで、この大きさのツリーにに全部飾るにはどれぐらいの時間がかかるかわからないぐらいの数だ。
「これはここでいいのか?」
「はいっ!お任せですっ!」
それから数分後、気が付くと志摩だけでなく、俺まで夢中になって飾り付けをしていた。
仕事から帰って着替えることもしないで、鞄を床に置いたまま、夕ご飯を食べるのも忘れて。
思えば今まで家にツリーがあったことなんてなかったのだ。
街にある大きなツリーを見上げては、俺にはクリスマスなんて無縁だと思っていた。
寂しいなんて思ったこともないし、憧れていたわけでもない。
ただそれらを眺めるだけで、何事もなく、何も感じずに俺の目の前を通り過ぎて行くだけだった。
だけど志摩が来てからは、こういうことも普通になっていた。
志摩がやれクリスマスだお正月だバレンタインだと騒ぐ度に、俺はちゃんと季節を感じられるようになっていたのだ。
「俺、こういうの憧れだったの…お家におっきいツリーがあるの。施設にもあったんだけど、もっとちっちゃくて、皆の物だったから…。」
「そうか…。」
志摩は生まれた時から一人ぼっちで、ずっと家族が欲しかった。
口にしたことはなかったかもしれないけれど、ずっと心の奥底で憧れていたのだ。
俺が寂しかったのと同じように…いや、それ以上に志摩は寂しかったに違いない。
そう思うとこのツリーがその寂しさの大きさを語っているようで、何だかせつなくなってしまった。
「隼人、早く早くー!あーどうしよう、緊張するー!」
それから一時間以上かけて飾り付けがすべて終わり、最後にツリー全体に電飾を巻き付けた。
とてもじゃないけれど志摩の身長では踏み台無しには出来ないし、踏み台に乗って倒れたりしたら大変だから、それだけは俺が全部やった。
自分よりも随分と高いツリーが綺麗に飾られたところを見ると、俺まで何だか嬉しくなってしまった。
「わあぁー…!!すごーい!!すごいねー!隼人、すっごい綺麗だねぇー…。」
俺は志摩が深呼吸したのを見計らって、暗くした部屋で電飾のスイッチを押した。
そこには街で見たような煌びやかな光景が広がっていた。
赤や青、黄色や緑…たくさんの色の電飾が、眩いばかりに輝いている。
それを見て志摩が感嘆の声を上げて、ツリーの周りを走り回っている。
そんなに走ったら危ない、また転ぶぞ、そう言おうとしてもどうしてなのか、なかなか声が出ない。
「えへへ、隼人、綺麗だねー?」
キラキラキラキラ…、輝いているのは電飾だけではなかった。
目の前にいる志摩の大きな目が、電飾以上に輝いていて眩しい。
眩しくて、目を細めてもまともに見れない…。
「はや……んうっ?!」
俺は走り回る志摩に手を伸ばし、ぎゅっと抱き締めた。
何だか知らないけれど胸がいっぱいで、どうしていいかわからなくなってしまっていたのだ。
突然抱き締められてキスまでされた志摩は、驚いて目を丸くしたまま、真っ赤になっている。
「あっ、あの…!あの俺…っ。どどどうしたの隼人…っ?」
「いきなりごめん…。」
「び、びっくりしちゃうよー!!」
「うん…でも志摩…。」
どうしよう…止まらない…。
志摩が可愛くて、志摩が好きで、志摩が愛しくて止まらない。
こんなことでいちいち感動するだなんて、俺らしくもないのに、止まらないんだ…。
腕の中で熱くなっていく志摩の身体を今すぐに抱きたくて仕方がない。
キスのその先がしたくて、我慢が出来ない。
「隼人…ひゃ…っ!」
「こんな格好して…風邪ひくぞ…?」
「あの…っ、ひゃあぁっ、隼人どこ触って…っ?」
「どこって…。志摩のお尻が風邪ひくと思って…。」
俺は志摩のサンタクロースの衣装の中に手を突っ込み、柔らかな肌に触れた。
去年もそうだったけれど、少しは自覚をしてもらいたいものだ。
そんな女みたいな可愛い格好をして、俺が興奮しないはずなんかないのに…。
「…あっ!くくく靴下っ!!俺おっきい靴下作ったの!」
「……え?」
「サンタさんっ!去年はパーティーに持っていかなかったから来なかったんだよね?だから今年は絶対作ろうって俺決めてて…!」
「サンタさんってな…。」
そんなものがこの世にいるわけがない。
それは童話だとか夢だとかの世界で、実在なんかしないんだ。
その歳になってそんなことも知らない志摩に、俺は現実を教えてやらなければいけない。
だけどどうしてなのか、この時は出来なかった。
志摩の夢を壊したくなかったからだ。
もしかしたら、自分の夢や願いも壊したくなかったのかもしれない。
「見て見て、お揃いなのー!一緒に吊るそうねー?」
「お揃いって…。」
キスの先に走ろうとしていた俺の腕から、志摩は見事にすり抜けて、大きな靴下を見せてくれた。
このところコソコソ何かしていたのは、どうやらそれを作っていたらしい。
毛糸で出来た大きな靴下はピンク色と薄いブルーで、おまけにハートマークまで入っている。
クリスマスなのにその配色はないだろうと可笑しくなってしまったのと、せっかくの甘い雰囲気がぶち壊しになったのとで、俺はまた吹き出してしまいそうになった。
「それでツリーに欲しいものお願いするのー。そしたらサンタさん来るよね?」
「お願いって…。」
それじゃあ七夕か神社の参拝だろうが…。
俺は吹き出すのを堪えながら、再び腕の中に収まった志摩を強く抱き締める。
もしもサンタクロースが本当にいるのなら、欲しいものはこの腕の中にある。
志摩と一緒にいるこの時間がずっと続くように。
志摩の寂しさを抱えたこの大きなツリーが、この先は幸せでいっぱいになりますように。
そんな俺の願いに気付くこともなくはしゃぐ志摩を、俺はずっと抱き締めていた気分だった。
END.