季節は本格的な冬を迎え、朝晩の気温もぐっと冷え込むようになった。
街はもうすぐやって来るクリスマスのために、大きなツリーやら何やらで溢れていた。
ネオンが輝くその中を歩く人々も、浮き足立っているように見える。
「ただいま…。」
そして浮き足立っているのは、街の中だけではなかった。
俺はその日もいつものように仕事を定時で終え、真っ直ぐに帰宅した。
俺が帰って来ただけで玄関まで走って迎えに来る志摩が、この時は来る気配もなかった。
たいていこういう時は何かに夢中な時か、俺を驚かそうと何かを企てている時だ。
そう言えばこのところも、俺のいないところで隠れてコソコソしていたような気がする。
俺はそんな志摩が何かをしそうなことをわかっていたから、何も言わずに明かりの点いたリビングへ向かった。
「志摩………な、なんだそれは…!」
「あっ、隼人おかえりなさーい!あっ!お迎え行けなくてごめんなさいっ!!」
「いや…迎えはいいけど…。」
「ねーねー、見て見てー!!カッコいいでしょー?えへへー。」
リビングへ入った途端、俺はゴクリと唾を飲んで目を丸くした。
そこには志摩と、志摩よりも遥かに大きなクリスマスツリーがあったのだ。
つまり志摩は、このツリーの飾り付けに夢中になっていたということだ。
しかも頭や身体に飾りを巻き付けて、雪代わりの綿をくっ付けて、何ともおめでたい姿になっていた。
おまけに服まで着替えて、去年と同じような女物のサンタクロースの格好までして…。
「カッコいいって…どうしたんだこれ…。」
「あのね、今日届いたのー。2メートル以上あるんだよ、隼人よりおっきいねー?」
ツリーに対して「カッコいい」なんて、どういう感覚をしているんだろう…。
そんな頭の悪い奴が言うような言葉でも、志摩が言うと不思議と可愛く思えてしまう。
俺なんかは決して思いつかないような言葉が、よくそんなにスルスルと出て来るのかと思うと、感心すら覚えてしまう時がある。
「届いたって…。また通販で注文したのか…。」
「あっ、ご、ごめんなさい…!勝手なことして…。」
志摩は今も一日中家にいる。
仕事をした方がいいのか、学校へもう一度行った方がいいのか、志摩なりに悩んだことは悩んだ。
だけど志摩が行きたくないのなら学校なんて行かなくてもいいし、俺の給料で食っていけるなら別に働かなくてもいい、俺はそう言った。
俺としては家にいて、俺の帰りを待っていて欲しい…、傍にいるだけでいいと思っていた。
それは俺の独占欲や我儘かもしれない。
だけど志摩は喜んで俺の考えを受け入れてくれた。
そんな志摩が家にいてやることと言えば、家事とマンションの管理人の仕事だ。
いくら鈍くさい志摩でも、それらの仕事に一日を要するわけではない。
テレビを見たり漫画を読んだり…結構自由な時間を過ごしているらしい。
そして最近覚えたインターネットでは、お取り寄せだ何だと言ってはしょっちゅうお菓子や何かを注文していた。
多分ツリーもどこかの通販サイトか何かで見て、注文したものだろう。
「いや、別に怒ってないけど…。」
「ホント?よかったー。」
「それにしても随分デカいの買ったな…。」
「うんっ!あのね、このシリーズ?で一番おっきいのなのー!あっ、あの…結構高かったんだけど…ごめんなさい…。」
今頃になって謝っても、注文してしまった物は仕方がないのに。
しかもそこまで飾り付けをしておいて盛り上がっておいて、今更にも程がある。
そういうところが単純で、面白いんだ。
注文する時はそれしか考えられなくて、後になって俺に怒られてしゅんとする。
俺はそれが楽しくて、すぐに意地悪なことをしたくなってしまう。
本当は怒ってなんかいないのに、わざと志摩を落ち込ませるようなことを言ってしまうんだ。
「高かったって…いくらしたんだ?」
「あっ、あの…隼人やっぱり…、ふぇ…あの…うっうっ、ごめんなさい…っ。」
「え…?!な、なんで泣くんだ…?!」
「お、俺っ、隼人も欲しいと思ってて…、ふ、二人でクリスマスしようと思って…でも隼人はそういうの嫌いなの忘れてて…俺…っ、本当にバカでごめんなさいっ、これ返して来ます…っ!」
志摩は前よりも泣き虫になった。
前から男のくせによく泣く奴だったけれど、俺と恋人同士になってからは余計酷くなった。
だけど俺はそんな志摩の、泣き虫なところを卒業して欲しくないと思っている。
もっと泣いて、もっと甘えて欲しいなんて…やっぱり俺はどこかおかしいのだろうか。
「どこに返しに行くんだよ…。」
「あっ、そ、そっか…。あっ、えっとこれ!領収書……えぇっ!!愛知県…って遠いよね…?!」
「まぁ…そこまで近くはないだろうな…。」
「ど、どうしよう隼人ー!!俺飛行機なんか一人で乗れないよー!!」
志摩は大慌てて領収書を引っ張りだし、それを見て更に慌てている。
日本地図もよくわからないのか、東京以外はどこでも遠くて、遠いところは飛行機で行くものだと思っているらしい。
しかも返品するにしたって、直接持っていくなんて普通は考えない。
これが俺以外の人間だったら、いくらなんでもバカ過ぎるだろう、そう言って呆れているところかもしれない。
だけど俺はそれが可笑しくて堪らなくて、志摩が愛しくて堪らないと思ってしまう。
惚れた弱味なんてよく言うけれど、俺の場合それを超えてしまっているような気がする。
「ぷ……。」
「うっうっ、隼人どうして笑うの…っ?」
「ごめん…。でも…さっきも怒ってないって言っただろ…?」
「ホ、ホントですか…っ?うぅ…えっえっ、俺のこと嫌いにならないですか…っ?」
それは俺が言いたい台詞だ。
何だって俺にこんなに意地悪されて、そんな風に言えるんだ。
その意地悪にも気付いていないなんて、俺はどうしたらいいんだ。
嫌いになるどころかもっと好きになってしまうだろう…?
「なるわけないだろ…。」
「ホント…?よかったです…うっうっ、よかったー。」
「ほら、もう泣くな…、あぁ鼻水が…。」
「うっうっ、ごめんなさいです……ブビー。」
鼻水まで垂らして目を真っ赤にしている志摩に、さすがに罪悪感でいっぱいになった。
なのに俺が差し出したティッシュで、思い切り音をたてて鼻なんかかんで間抜けな顔をしているもんだから、また可笑しくなってしまう。
俺のこの性格もここまで来ると、どうにかならないものかと思うところだが、志摩がそんなだから一向に直らない。
そうやって志摩のせいにするところまで、ひねくれているとしか言い様がない。