それからクリスマス・イブの当日になるまで、一也とはほとんど会うことが出来なかった。
あの時「だいたい終わった」なんて言っていたけれど、本当は終わってなんかいなかったんだ。
その証拠に一也はご飯を食べにも来なかったし、ご飯を持って行っても作業に没頭して気付かないことが多かった。
俺に心配をかけたくないから、あの時はそう言ったんだ…。
そんな一也の優しさを感じれば感じるほど、俺は自分が恥ずかしくて堪らなくなる。
あんなことばかり考えて、一也の優しさに気付かなかったなんて…。
だけどそれ以上にもっと一也が好きで堪らなくなって、余計そういうことばかり考えてしまった。
イブの日は毎年同じように、母さんとご飯を食べて終わった。
それも普段とほとんど変わらない、クリスマスとは無縁のような食事だ。
母さんも父さんが本当はサンタクロースだということを俺に隠したいのか、特別なことをしない。
もしかしたら父さんがいない寂しさを隠したいのかもしれない。
お情け程度にケーキがあったのが、なんとかクリスマスだということを実感出来る唯一の物だった。
「柊ー?」
自分の部屋に戻った途端、窓の向こうでノックする音と一也の声がする。
さっきご飯を持って行った時も一也は気付かなくて、トナカイマシーンの調整をしているみたいだった。
「ありがとなご飯。美味かったよ。っていうか声掛けてくれればよかったのに。」
「でも忙しそうだったし…。」
「柊に会えるならそんなのいいんだけど。」
「あ…あの…っ、そ、それ、トナカイマシーンウルトラデラックスっ?」
どうして一也は、そういうことを平気な顔をして言うんだろう…。
言われた俺がどれだけ恥ずかしくて嬉しいかなんてわからないのかな…。
俺はそれを誤魔化すかのように、一也の傍に浮いているトナカイマシーンを指差した。
「違うよ、スーパーデラックスだって。ウルトラはもっと上。」
「あっ、そ、そっか!なんかいっぱいあるんだねっ、すごいなぁ~。」
「ぷ…、柊真っ赤だな。」
「だ、だって…あの…っ。」
今のはさすがにわざとらしかったと、自分でもわかった。
どうしよう…一也にまた子供だって思われる…。
「帰って来たらデートしような?」
「あ…あの…っ。わ……!」
「行って来ます。」
「か、一也……。い、行ってらっしゃい…。」
一也は俺を宥めてくれるような優しいキスを頬にくれた。
男同士でそんなこと…余計恥ずかしくて堪らなくなる。
一度だけのキスの後、一也はトナカイマシーンに乗って、夜空に消えて行った。
それから数時間が経って、俺はいつの間にか寝てしまっていた。
いつも一也が戻って来るのは夜中で、こうして我慢が出来なくなってしまう。
起こしに来た母さんに急かされてお風呂に入ってもう一度部屋に戻ると、窓の向こうでは雪がちらつき始めていた。
「寒……。」
暖房はこまめに切るようにと母さんにうるさく言われていたから、部屋は冷え切っていた。
一也はもっと寒い中仕事をしているのかと思うと、風邪をひいたりしないか心配になる。
温かくしているから大丈夫、なんて言うんだろうけど…。
「一也……。」
俺はベッドに横になって、一也の名前を呟く。
今頃子供達にプレゼントを配ってるんだよね…。
それで気付かれたりして、握手なんかしちゃってるのかな…。
雪が舞う夜空で、一也は頑張ってるんだね…。
俺はそんな一也に、何をあげられるんだろう。
一也へのプレゼントを毎日考えていたけれど、結局何も買うことが出来なかった。
それにあの時の…あの言葉がやっぱり忘れられなかった。
もし一也がまだ俺を欲しいと思っていてくれるなら、俺をあげるなんて…ダメなのかな…。
「お、俺何考えて…っ!」
そんなことを考えてしまうなんて、どうかしている。
男のくせに、何が「俺をあげる」だよ…。
まるで女の子みたいなことを言ったら一也はもっと呆れるに決まっている。
「どうしよう…。」
今の時間にやっている店なんかあったっけ…。
大きなスーパーはあるけれど、この雪の中自転車で行くのは危険だ。
歩いて行くには遠いし、かと言ってもう寝てしまった母さんに車を出してもらうわけにはいかない。
それに何しに行くなんて聞かれたら、答えようがない。
「はぁ…。」
コンビニエンスストアなら24時間営業をしているし、家からも遠くはない。
だけどそんなことろで何を買うって言うんだ。
プレゼントになりそうな物なんか売っているとは思えない。
どう考えても今からでは間に合わないことに、今頃になって気が付いて深い溜め息が漏れる。
こんなことになるならもっと早く何か買えばよかった…。
何でもよかったじゃないか…小物でも雑貨でも…。
自分の小遣いでも買えるものが、世の中にはたくさんあったじゃないか。
どうして俺はあんなことにこだわってしまったんだ。
バカみたいだ…こんなの…。
「柊…、柊…?」
俺は暫くの間落ち込んで、布団に潜っていた。
時計を見るともう12時をとっくに回っていて、仕事を終えた一也が窓を叩いている。
「一也…。」
「柊が手伝ってくれたお陰で今日はスムーズに行ったんだ。予定より早く終わったんだぜ?」
「か、一也ぁ……。」
「え…?何?どうした…?」
なんだか一也の顔を見たらホッとして、俺は泣きそうな声を出して抱き付いてしまった。
普段そんなことをしない俺に、驚いた一也は目を丸くしている。
「一也…、ごめん…俺…っ、何もなくて…。プレゼント用意してなくて…。」
「え?何?突然どうしたんだよ?」
「だって…、一也はデートしようって…なのに俺は何もなくて…。」
「柊…、ちょっと落ち着けって…な?」
一也は俺の頭をポンポンと軽く叩いて、背中を撫でてくれた。
目の前のサンタクロースの衣装の赤色が、だんだん滲んで行く。
「俺…、一也に呆れられてると思って…っ。」
「呆れるって…何が…?」
「だ、だからその…、キス…以上に進まないから…。」
「え…!な、何?そんなこと気にしてたのか…?」
俺は半分泣きながら、一也の腕の中ですべてを打ち明けた。
一也の服は雪の匂いがして、冷たさが火照った頬を冷ますにはちょうどいい。
「だってこの間もやめたし…。何か言いたい顔して言わなかったじゃん…っ。」
「あれは……。」
「ほらっ、やっぱりそうなんだ!俺に呆れてたんだ!」
「違うんだって…!柊、それは絶対違う…!」
こんなのは八つ当たりもいいところだ。
一也に責任転嫁をして、自分を正当化しようとしている。
そういうところが俺は子供だって言われるんだ。
こんなことをしていたら、本当に嫌われるかもしれない。
「だって……ん……っ!」
「こういう風になりそうだったから…。」
「か、一也……んっ、んん…っ!」
「無理矢理でも柊を抱きたくて…でも我慢しなきゃって思って…。」
一也のキスは、多分今までで一番激しかったに違いない。
俺を見つめる一也の表情も今まで見たことがなくて、情熱的な目をしていた。
「一也…。」
「そんなことして柊に嫌われたら嫌だからな…。でもごめん、誤解させちゃったみたいだな。」
「う、ううん…。俺が勝手にそう思ってただけで…。やっぱり俺の方がごめんだよ…。」
「ごめんな、柊…」
「も、もういいんだってば…。だって俺…本当は俺は一也に…。」
「うん……。」
だって俺が変にもったいぶっていたせいなんだから。
そのせいで一也を我慢させてしまったし、あんな誤解を生んでしまった。
俺は今なら、一也に抱かれても絶対に抵抗なんかしない。
恐怖も痛みも、全部一也が溶かしてくれそうな気がするんだ。
「な、何やってるの…?」
「ん?」
一也は一度俺を離して、サンタクロースの袋からリボンを取り出した。
それを髪に結び付けられて、俺は何とも間抜けな格好になってしまった。