今年もあともう少し、いよいよクリスマスがやって来る。
去年まではほとんど縁もなかったこの冬の一大イベントが特別になったのは、一也と出会ってからだ。
元々冬なんて大嫌いだった俺が、いつの間にかこんなにも冬を楽しみにしているなんていうのも、一也のことを好きになって、一也と恋人同士になったから。
職業、サンタクロース。
仮の職業は運送屋。
歳は俺よりも7つ上で、今年24歳。
俺の家の隣に住む一也は、一見普通のお兄さんだけど、実は普通ではない。
だってサンタクロースなんて実在するわけがないと思っていたから。
今時の子供達だって、それぐらいは知っている。
それを一也は嬉しそうに語って、本当だということを証明して見せてくれた。
夜空を飛ぶトナカイマシーンも、一也が窓からやって来たことも、鍵のかかった窓を開けてしまったことも、昨日のことのように思いだせる程俺にとっては驚きの事実だった。
そんな一也と身体という点で結ばれたのは今年のホワイトデーの日だった。
人生初のそういうことに、俺はほとんど何が何だかわからないまま終わっていたような気がする。
何か変じゃなかったかな…間違っていたりしなかったかな…後から思ってもそんなことは聞けずに終わってしまった。
それから半年以上、一也とは何もなかった。
いや、何もないと言えば嘘になるかもしれない。
キスぐらいはしたし、そういうことになりそうな時もあった。
だけど一也は俺がまだ恐怖感を拭えないことをわかっていて、それ以上進もうとはしなかった。
男同士でそういうことをするっていうことは、恐怖感が伴うのは仕方のないことだと。
もちろん好きな相手を前にして、嫌だなんて思ったことはない。
だけど俺はどうしても二度目に踏み切れずに、時間は過ぎて行くだけだった。
「一也…?忙しい…?」
クリスマスまで一週間を切ったある日のことだった。
俺はいつものように学校から帰ると、普段着に着替えて一也の家に行く。
秋が深まった頃に一度一也の手伝いをしてから、これが日課になっていた。
一也は邪魔だと言うこともなかったし、俺としても手伝うことで一也にもっと近付けるような気がした。
「おぉ、柊~。」
「うわ…。」
「え?何だ…?」
「いや…あの…ごめん、なんかよれよれだから…。」
確か昨日も帰る時、今日も徹夜だーなんて言ってたっけ…。
目の下のクマの濃さやぼさぼさになった髪からして、本当に徹夜をしたことは間違いない。
普段は笑顔の似合う爽やか青年、なんて言葉が合うのに、悪いけれど今はその欠片さえない。
「はは、ひでぇよな…。格好悪いだろ、俺。」
「え…そ、そんなこと…。」
「普通幻滅しちゃうよなぁ~。」
「そ、そんなことないよっ!俺は幻滅なんかしないよっ、一也はカッコいいよっ!」
「しゅ、柊…?」
「サンタクロースの仕事してる時の一也は誰にも負けないぐらいカッコいいよっ?!」
俺の言っていることは本心で、大真面目だ。
サンタクロースなんてそれこそ格好だけの仕事だと思っていたけれど、実は物凄く大変だということを、俺は一也に出会ってから知った。
しかもまだサンタクロースの中ではひよっこだと言う一也が皆の見ていないところで苦労ばっかりしていることを、俺は知っている。
それを苦労とも思わずに、楽しいと言って頑張っている一也は世界一カッコいいと思うんだ。
「ごめんごめん、ありがとうな?」
「一也…。ちょっとは寝ないとダメだよ…?」
「うん…、ごめんな?心配かけて。でも今日でほとんど終わったよ。」
「え…?そうなんだ…?」
いくらよれよれになっても、食事とお風呂だけはちゃんとしてるんだね…。
食事は俺が家から運んで、空になった皿を見て知っていたけれど、お風呂まではわからなかった。
微かに香る石鹸とシャンプーの匂いは、一也の家にいつもあるやつだ。
そう言えばよく眠気覚ましだーなんて言ってシャワーを浴びに行ってたっけ…。
俺は一也の腕の中に包まれて、その匂いに安心してしまった。
一也が生活することまで忘れて夢中になって、倒れてしまわなくてよかったって…。
「うん。今日は柊のとこに食べに行くからさ。」
「ホント…?母さんも喜ぶと思うよ。いっつも言ってるもん、一也くんは忙しいのかしらーって。」
「はは…そうなんだ?まぁたまには顔見せないと…ほら、信用が第一って言うしな?」
「か…一也ってば…。」
母さんはもちろん、俺達の関係を知らない。
世話好きな母さんが毎食一也の分まで用意するようになったのは、一也が越して来てわりとすぐの時からずっとだ。
母さんは若くていい男に弱いらしく、ウキウキしながらご飯を作っている。
一也の食べたい物なんかリクエストを聞いたりして、まるでどっちが本当の息子がわからないぐらいだ。
俺はそんな母さんに黙って、今もこうしてキスなんかしてしまっているんだ。
「柊…あのさ……。」
「…ん……っ、ん……?」
一也の熱い息と唾液が、俺の口内に溢れんばかりに注がれる。
こんな激しいキスも、最近ではなんとか応えられるようになって来た。
決して慣れたというわけではないけれど、少しは一也に近付けているのかな…。
「いや…なんでもない…。今日の夕ご飯楽しみだなーってな。」
「一也…。」
だんだん激しさを増すキスに、俺は溺れかけていた。
このまま先に進んでも…そう思ったのと同時に一瞬だけ服に掛けられた一也の手は、すぐに引っ込んでしまった。
何か言いたそうにしているのにやめてしまったのは、普段の一也にはないことだった。
もしかして……。
その時俺の中で、物凄く嫌な予感が過ぎった。
もしかして、いつまでも俺が先に進むのを躊躇っているから、呆れてしまった…?
もう俺とはそういうこと…したくなくなっちゃった…?
どうしよう…俺…。
俺がいつまでも恐いなんて思っていたから…。
このまま一也と恋人同士じゃなくなったらどうしよう…?!
「柊?どうした?」
「ううん…。今日はトンカツだってさっき母さんが言ってたよ…。」
「おっ、スタミナつきそうだな~、うん、楽しみだ。」
「うん…、そうだね…。」
でも一也、スタミナなんかつけても俺の為にはもう使ってくれないんじゃないの…?
なんて、それじゃあまるで俺がそういうことをしたくて堪らないみたいだ。
でもしたくないわけではないし…もしかしたらどちらかと言うとしたいのかもしれない。
そういうことを俺が言ってしまったら、一也はもっと呆れてしまうのかな…。
「柊、悪いな、これ手伝ってくれるか?」
「あ…うん…。」
俺は大きな不安を抱えながら、一也に言われるがまま動いた。
何もなかったような振りでもしなければ、今にも泣き出してしまいそうだったんだ。
呆れているかもしれないのに、信頼して仕事を手伝わせるという一也の矛盾した心がわからなくて…。