だけどそんなに世の中は甘くないというものだった。
歩いても歩いても、駅どころか来た時に見たものが全然見当たらない。
自分達がどっちの方向から来たのか、それすらもわからなくなってしまっていた。
「シロ、俺代わるよ。」
「ううん、大丈夫!シマも疲れちゃうから。」
シロはあれから、ずっとシマにゃんを負ぶったまま歩いていた。
いくらシマにゃんが小さいからと言っても、今は猫の姿じゃない。
それなりに重さがあることは誰だってわかる。
俺が責任を感じないように、と気遣ってくれるシロの優しさが痛い程胸に滲みる。
「ごめんなの…僕のせいでごめんなの…。」
「違うよ!シマにゃんのせいじゃないよ!」
「でも…僕がいなかったらシロは…えっ、えっ、志摩ちゃんが僕の分までぬいぐるみ買ったから…ふえぇ…。」
「シ、シマにゃん、泣かないで…ね?大丈夫だよ、帰れるから!」
そうは言ったものの、俺の中に自信なんか残っているわけがなかった。
もう迷ってからどれだけの時間が経ったのかわからない。
シマにゃんをおんぶするシロの体力だって限界を超えているに違いない。
もしこのまま帰れなかったら…。
シロがもう亮平くんに会えなくなったら…シマにゃんがもう青城様に会えなくなったら…。
もう隼人に会えなくなったら……?
「大丈夫だよ…シマにゃ…うっ、だいじょ…っ。」
「シマぁ~…。泣くなよ~…っ、オ、オレ…うっ…うぅ~…。」
「ふえぇーん…ごめんなのー…!アオギーアオギー…!」
俺達は道の途中で揃って泣き出してしまった。
シマにゃんが青城様の名前を呼んでいるのがなんとも悲しい。
一番の「ごめんなさい」は俺だ。
もし二度と帰れなくなったら、俺はどう責任を取ればいいの…?
「あれ…?シマにゃん、なんか鳴ってるよ…?バッグの中じゃない…?」
「うぇ…?」
3人で道の脇に座り込んで泣き続けていると、どこからかピーピーという音が聞こえた。
よく耳を傾けると、それはシマにゃんが肩から掛けていたバッグの辺りで鳴っていた。
「あ…!そうだった!」
「え?何?どうしたの?!」
シマにゃんは何かを思い出したように、シロの背中から下りてバッグの中身を出し始めた。
玩具のお金が入っていたお財布や、他にも色んな玩具が入っていた中に、携帯電話のような形をした機械を見つけた。
『おーい、シマにゃんこー、ちょっと遅くないか?』
「アオギ…!」
『今志摩ちゃんちにいるんだけど、いねぇからよ。どっか寄ってんのかー?』
「アオギー助けてー!迷子なのーアオギー!!うええぇーん…アオギー…っ!!」
俺達はギリギリのところで青城様に助けられた。
それは青城様がシマにゃんに渡していた通信機で、何かあったら…と言われていたのをシマにゃんはすっかり忘れていたのだ。
それだけシマにゃんも余裕がなかったんだろう。
「うーん、この辺にしとくか…。」
青城様はすぐに俺達のところまで掛け付けてくれた。
急いでいたせいか、お仕事の時に着る服のままだ。
いつもは人間界用だと言って人間が着るような服を着ているから、この時はなんだか別人みたいだった。
シマにゃんのことをどれだけ心配だったのかがよくわかる。
「よいせっと。」
「わぁ…!凄い!穴が開いたー!」
「この格好じゃ電車は無理だからな。さ、入った入った。俺は穴を戻さなきゃなんねぇから一番最後に行く。」
「おお~、凄い…!」
青城様が軽く掛け声を掛けると、そこに人一人が通れるぐらいの穴が開いた。
それはシマにゃん達が住む世界へ続く空間で、一旦そこへ行った後俺とシロは自分達の家に向かうことにした。
「本当はこんなことはしちゃいけないんだけどな」と青城様は笑い飛ばしていたけれど、俺は本当に申し訳がなかった。
結局俺が自宅に戻ったのはすっかり日も落ちた頃だった。
いつもなら俺が迎えるはずなのに、仕事を終えて真っ直ぐに帰って来ていた隼人に出迎えられてしまった。
「志摩、随分遅くないか?」
「う…隼人…。も、もう会えないと思…っ…!」
「は…?何?どうした?」
「う…うぅ…俺…っ、俺…うえぇーん…!」
俺は隼人の顔を見るなり、泣き崩れてしまった。
足も痛いし手も痛いし、全身が痛い。
でも痛くて泣いたんじゃないんだ。
隼人にまた会えてよかったって、二度と会えなくならなくてよかったって思ったら…。
安心したら一気に泣きたくなってしまったんだ…。
「まったく…、だから言っただろ…。」
「う…、ごめんなさい…。」
暫くして泣き止んだ俺が今日のことを話すと、隼人は呆れてしまっていた。
こればかりは俺が悪いから、反論のしようがない。
「電話でも何でもすればよかっただろ。」
「でも…隼人お仕事だと思って…。」
「バカっ!そういう問題じゃないだろっ!」
「ひゃあぁっ!ご、ごごごごめんなさいっ!!」
やっぱり俺はいつものように怒られてしまった。
だけどこればかりは俺が心から反省するしかない。
隼人に嫌われないようにしないと…嫌われるのだけは嫌だもん…。
俺はぎゅっと目を瞑って、隼人の次の言葉を待っていた。
「…なくてどれだけ……たと…っ。」
「…え?あ、あの…隼人…?」
再び目を開いた時には、俺は隼人の腕の中にいた。
温かくて大きくて広い、俺の大好きな場所だ。
「だから…いなくてどれだけ心配したと思ってるんだ…っ!家に帰って誰もいなかったらびっくりするだろ!」
「は、はいっ!ごめんなさいっ!隼人、ごめんなさい!あ…あれ…?」
怒っている隼人の横顔が、少しだけ赤い。
怒っているはずなのに、俺を抱き締める腕の力がだんだん強くなる。
こういう時の隼人が考えていることは、はっきり言わなくてもわかる。
いくらバカな俺でもわかるよ…?
「えへへー…。」
俺がいない家の中で、隼人がどれぐらい心配していたのか。
それだけ俺がいることが普通になっていたことも。
俺が傍にいるのが自然なことだと思っていてくれたことも。
「何を笑ってるんだ」と怒った顔で言われても俺は笑顔が止まらなくて、その後暫くの間隼人にしがみ付いていた。
END.