「動物園…?」
「はいっ!あのね、無料の券をもらったのです!行って来てもいいー?」
秋も深まり、行楽シーズンのある日のことだった。
いつも行く商店街にあるスーパーで抽選会をしていて、俺は都内にある動物園のご招待券を当てた。
だけど小さなスーパーの抽選会と言うだけあって、期限がすぐそこまで迫っている券だったのた。
その日は週が始まったばかりの月曜日で、金曜日までは隼人は仕事がある。
平日に会社を休むわけにはいかないし、隼人はあんまりそういう、デートみたいなことが好きじゃないのは俺もわかっている。
そこで俺は、次の日仕事が休みだと言うシロを誘って出掛けることにしたのだ。
「いいけど…大丈夫なのか…?」
「え??何が?」
「いや…二人だけで出掛けて迷ったりしたら…。」
「えー?!大丈夫だよー!!俺そこまで子供じゃないよー。」
俺は思ったよりも隼人に子供扱いされているみたいだ。
俺だって来年の春にはもう17歳になるのに…。
そんなに俺って子供っぽいのかなぁ…?
それともよっぽど間抜けに見えるとか…どっちにしてもなんだか情けない。
「それならいいけど…。」
「えへへー、いっぱいお弁当持ってくのー。」
隼人のお許しも出たところで、俺は持って行くお弁当のメニューを考えながら布団に入った。
まずは今日の夕ご飯で作り置きしておいたエビフライと、玉子焼きと、それからウィンナーと…。
「…んふふー……。」
「志摩…?寝言か…?」
それからそれから、シロの好きなおかずもいっぱい持って行こう…!
あ、お菓子もいっぱい持って行かなきゃ…。
シロの好きな甘いクッキーと、俺の好きなえびせんも……。
俺はお弁当のことでいっぱいになりながら、眠りに就いていた。
そして次の日の朝になって、俺はいつも通り隼人を会社に見送った後、動物園に持って行くお弁当を詰めていた。
隼人のお弁当ももちろん同じ中身で、今日はいつもより豪華で種類も多い。
昼休みになったら喜んでくれるかな…?
「志摩ちゃーん、おはよー!」
「おー?なんかいい匂いがすんなぁ。」
「あっ、シマにゃん…!青城様も!」
俺が鼻歌を歌っていると突然部屋の窓が開いた。
すぐに振り返って見ると、そこにはシマにゃんとその恋人の青城様がいた。
「シマ~!」
「あっ、シロー!」
お弁当を持って、俺はシロとの待ち合わせの駅に向かった。
先に来ていたシロがすぐに俺に気付いて、手を振っている。
「あれ…?」
「あ、あのね!シマにゃんも一緒なの。いいかな?」
「こんにちはなのー。」
シマにゃんの恋人は猫の神様だ。
時々人間界に来てこっちに住んでいる猫達を見回りしたりするらしい。
シロのところにも時々来ているとは聞いていた。
それが今日はたまたまたくさん用事があって、シマにゃんを俺のところへ預けて行くつもりだったらしい。
いつもは桃ちゃんと紅ちゃんが見ていてくれるけれど、久し振りに俺に会いたいからというシマにゃんの希望だった。
「うんっ、いっぱいいた方が楽しいもんな!」
「やったぁ、よかったね、シマにゃん!」
「ねー。」
入場券は4人まで入れるものだった。
青城様も忙しくなかったら一緒に来れたらよかったけれど、仕事なんだから仕方がない。
シマにゃんと別れる時の青城様は物凄く悔しそうだった。
「あ、シマ!はぐれないようにしなきゃ!」
「うんっ!シマにゃん、俺とシロの間に入って。」
「はーい。」
俺はシマにゃんの手を掴んで、自分とシロの間に入れた。
もう片方の手はシロが強く握ってくれている。
シマにゃんはまだ小さいから、はぐれたりしたら大変だ。
俺達は3人並んで、動物園目指して電車に乗った。
「おお~、早い~!」
「すごーい、動いてるー!これ、動いてるねー?」
電車に乗ってはしゃいでいる二人の横で、俺は持って来た路線図と睨めっこしていた。
生まれてからほとんどあの辺りの地域を出たことがない俺にとっては、大冒険だった。
施設にいる時はどこかへ行ってもバスが多かったし、周りには皆がいた。
それに施設を出てからも俺の隣には隼人がいたから…。
昨日はあんなことを言ったけれど、本当は不安だった。
だけど俺はこの中で唯一生まれた時から人間だったんだ。
シロよりは年下だけど、人間としては俺の方がずっと長い。
だから俺がしっかりしなきゃ…そういう思いでいっぱいだった。
「おお~、ここかぁ~。」
「どこに猫がいるの?」
だからちゃんと目的の動物園に着いた時には、俺は心からホッとした。
俺だけならともかく、今は二人も一緒なんだ。
迷ったりなんかしたら亮平くんや青城様に何て言っていいかわからない。
「シマにゃん、ここに猫はいないんだよ。」
「えー?そうなの?!」
「うん、でも他にいっぱい動物がいるんだよ!パンダとかーキリンとかー。」
「パン…?なんか面白そうだねぇー。」
俺達は早速招待券を出して、入り口を通った。
平日ということもあって、動物園はそんなに混んではいなかった。
時々幼稚園の子供や、カップルの人達、それからツアーで来た人達とすれ違うぐらいで、ゆっくりと回ることが出来た。
「あれ?あれってシマのところにいる猫だ!おっきいな~。」
「シロ、あれはトラだよ!でもホントだ、虎太郎と柄が一緒だねー。」
「トラー、カッコいいー!」
「おお!あれがパンダか!可愛いな~。抱っこしたいな~。」
「うん、俺もパンダ好きー!おっきいぬいぐるみ買って帰ろうと思うのー。」
「パンダ可愛いねー。」
思っていたより園内は広くて、歩いているとすぐにお腹が減って来てしまった。
ちょうど12時を知らせる鐘が近くで鳴って、俺達は休憩所にある木で出来たテーブルを見つけた。
そこの近くには売店やご飯を売っている店もあって、俺達もそこでお昼にすることにした。
「凄い!シマ、凄い美味しそう~!」
「わぁー美味しそうだねー。」
「えへへ、頑張っちゃったー。」
俺はバッグの中から大きなお弁当箱を取り出して、蓋を開けた。
シロもシマにゃんも目を大きく輝かせている。
「いただきます!」
「いただきまーす!あ…、志摩ちゃーん…。」
「どうしたの?シマにゃん?」
シロがおにぎりやおかずに手を伸ばすと、続いて伸ばしたシマにゃんの手が止まる。
もぞもぞと動いて、それを取ろうかどうか迷っているみたいだった。
「あのね、僕…おはしっていうのわかんないの…。」
「大丈夫だよ。おにぎりは手で食べていいんだよ。おかずもほら、爪楊枝に刺して来たの。ここ持って食べれるよ。」
「そうなの?んじゃいただきます!」
「シマにゃんの好きなちくわとかまぼこも持って来たからねー。」
シマにゃんは本当につい最近この姿になった。
だからお箸なんか使えないのは当たり前だった。
いつも猫神様に食べさせてもらっている、なんて羨ましいことも言っていたっけ…。
元々こういうところに来た時は手軽に食べられる方がいいと思っていたから、俺は全部のおかずを爪楊枝にした。
それが思わぬところでシマにゃんの役に立てて、なんだか嬉しい。
「シマ、美味しい!全部美味しいぞ!」
「うんっ、おじぎり?もちくわも美味しいよ!」
「ホント?よかった~。」
「ミズシマはいっつもこんなの食べてるんだな~。幸せ者ってやつだ!」
「幸せ~幸せ~♪」
「えー、そんな…て、照れるよー!!」
隼人…、隼人も今、そう思ってくれてる…?
いつも思っていて、なんて贅沢は言わない。
それに隼人はそういうことを口に出すことはないってわかっているから。
お弁当だって俺が無理矢理始めたことだったし。
だけど時々でいい…時々心の中だけでも感じてくれたなら。
俺といて幸せだって、思ってくれたらいいな…。
「シマ~、なんか顔赤い?」
「あー、わかった!隼人くんのこと考えてたんだ!そうでしょ?志摩ちゃん!」
「えぇっ!な、なんでわかったのー?!」
シロとシマにゃんは、俺の作ったお弁当を残さず食べてくれた。
きっと隼人も残さずに食べて、美味しかったって思ってくれているよね…?
俺、そう思っても、自惚れてもいいかな…。